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音楽室と体育館  作者: 多手ててと


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67.高校2年生・秋(その3)

大会が始まった。大会2日目の試合を終えてバスを降り、ホテルのロビーで部屋のキーが渡されるのを待っていると、どうしてもあのピアノに目がいってしまう。


私は高校に上がってからほとんどピアノに向かっていない。たまに気分を変えたい時に、学校の第二音楽室で自分が好きだった曲を弾く程度だ。今ここでロビーの人たちに聴いてもらえるようなパフォーマンスは出せないだろう。そう思って私はピアノから目をそむけた


ロビーで渡されたいつもの部屋のカードキーを使って、私と早苗は割り当てられた部屋に戻ってきた。


「外からは綺麗に見えても、中からみたら案外つまらんもんやな」


遠い異国までやってきたというのに早苗は変わらない。早速ベッドに寝転んでいる。私も隣のベッドでそうする。


「なんなんやろな? テレビ通してみたら、みんな上手く見えるんやろうか?」


早苗は今日はずっとベンチだったけど、私は今日は3セットともリベロで使い倒された。試合時間も長かった。試合開始時刻は日本の夜に合わせるのでここでは夕方。随分遠くまで来た気がするけど、時差はたった3時間しかない。試合後、会場で配られた夕食を食べ終わっているから、私はさっさとシャワーを浴びてベッドに入りたい。


レセプションやディグはいいけど、今日はリカバリーでかなり走らされる羽目になった。せっかく繋いでも味方がうまく決めてくれないのか、相手の守備が固いのか長いラリーが続く。大急ぎでコートに戻ってまたディグに備えるということが続いた。ラリーが長く続くのは結構好きなんだけど、程度ってものがあるだろう。もうディグした回数もリカバリーに走った回数も覚えていない。気分はうんざり。おそらく相手のリベロも同じことを考えているだろう。


なお、昨日の試合は逆だった。早苗はフル出場で私はずっとベンチだった。早苗がフル代表の国際試合でも通用するのが分かったから、次に私にテストの順番が回ってきたのかもしれない。早苗は合格だと思うけど私は当落線上かな?


「日当はたったの5千円だし、飛行機は地獄そのものだし。メシも朝食はホテルだけど、他は弁当やん。あとはホテルと会場を往復するだけで、なんも楽しないやん」


そう?


「いや、私ら結構先輩たちに可愛がってもらってる方じゃない?」


最年少の私たちは代表経験者の5人の先輩たちに特に気を使われていると思う。いや心配されているのか。朝ご飯に誘ってもらったりして、そこでいろんなことを教えてもらった。国際試合のマナーとか観客への接しかたなどの気を付けるべきこと等をね。


12人中7人が初代表で、さらにそのうち5人が10代。そういえば、その初代表の7人全員が昨日か今日の試合のどちらかでフル出場している。監督は1試合通してのパフォーマンスを見たいのかもしれない。明日の試合はどうだろう。今日はさっさとお風呂に入って寝たい。



大会3日目の試合、相手は地元のカザフスタン。監督はいろいろと選手を入れ替えてきた。早苗は試合開始から出ずっぱり。そして私の出番はないかなと思ったら、最終第3セットの途中で呼ばれた。13-12 今のサーバーのサーブが終わったら、代わりに入れとの指示だ。サーブは一回で切られたので、私が代わりに入った。代表で早苗と同じコートに立つのは初めてだ。


相手のサーブはほぼ真ん中。ボールが予想以上に大きく変化するが、私は取ります、と声を上げてボールを拾ってセッターに返す。セッターはなぜかバックアタックを選択。まじか。私はオポジットがバックアタックを打つためのスペースを開ける。相手はボールに触ったが、リカバリーできずにサイドアウト。速攻の方が簡単に点が取れたと思うけど、結果良ければすべて良し。私はローテーションして後衛の中央に陣取る。


その後私も早苗もそこそこボールに触り、私もリベロの特権で出たり入ったりしながら、22-19 まで試合が進んだ。サーブ権がこちらに移り、ローテーションに従って、私は再びベンチに戻った。3点差とは言え、5点取られる前に3点取ればいい。だからサイドアウトを繰り返せば勝てる。監督にサーブが終わったらまた入るように指示された。こういう大事な場面で使われるのは信頼を得ることができたからなのか、それともこれも土壇場で使えるかどうかのテストなのかはわからない。


その時私に歌が聞こえた。観客席の片隅で何人かの男性が歌い始めた。私は目を閉じてその歌を聴くことに集中する。ダンスミュージックやブルースの要素の入ったポップス? 歌詞はまったく聞き取れないが、国歌という感じはしない。カザフスタン、この国で今、流行はやっている音楽だろうか? 私にとって幸いなことに歌声がどんどん客席に広がっていく。私は目を開けてスタンドを見渡す。多分この国のみんなが知っているような有名な曲なのだろう。そして選手を鼓舞するための歌詞なのだろう。


「長崎!」


名前が呼ばれた。私は合唱にいざなわれるように、打ち終えたサーバーと交代してコートに入る。22-20 歌はますます大きくなって、今や会場中へと広がっていた。この曲いいな。私は音楽を聴きながら小刻みに体を動かす。相手のサーブは私の逆サイドを狙われた。早苗がシンプルにセッターに上げる。私は下がって、一人でコートの後ろ半分の守りを担当する。セッターは今回はシンプルなAクイック、だがそれは読まれていたようで拾われてしまう。


相手の攻撃に私は備える。ここでツーアタック? ブロックは付いていないが、大丈夫。私の守備範囲内だ。会場に広がった合唱はカザフスタンの選手を鼓舞しているかもしれないが、私のテンションとリズムも上げてくれる。私は危なげなくセッターに上げる。こちらはまた速攻。BがおとりでA、これは結構難しい。時系列的にAが先だから、事前にBを相手に強く警戒させないと決まらない。それを決めて 23-20。


そこからは互いにサイドアウトして、24-21。 マッチポイントだ。合唱のボリュームが大きくなる。ローテーションで守備位置が変わる。私のところにボールが飛んでこないかな。しかし最後は相手の速攻を、前衛に上がったばかりの早苗がワンブロックでシャットアウトした。


悲鳴とため息が会場に満ち、歌が終わってしまった。もっとこの合唱に浸っていたかったのに。ああ、なんてもったいない。

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