65.高校2年生・秋(その1)
「代表? アジアカップ? 私たちがですか?」
立浪監督もやや興奮しているみたいた。
「そうだ。この夏、女子はオリンピックで成果が出なかったから監督が変わった。そして二十歳そこそこの選手はもちろん、お前たちのような10代の高校生も候補に何人か選ばれている。強引に世代交代を図ろうとしているみたいだな」
流石の監督も少し興奮しているようだ。聞いたところによると、卒業後の選手も含め、自分の教え子が代表候補に選ばれたのは初めてのことらしい。監督程のキャリアがある人でもそうなのか。
「へー。よーわからんけどウチらに目をつけたんはええのとちゃう?」
早苗はポジティブだな。私は、これは呼ばれるだけ呼ばれて、形だけ世代交代の意図を見せ、後で時期尚早だった、とかバッサリ切るっていう、一般のファン&マスコミ向けの作戦だと思っている。
「そんなメンドいことやらんやろ。まあ仮にそうやとしても、力があればまた呼んでもらえるし。あかんかったとしても『元代表候補』いうだけで箔が付くやんか」
私にもその楽天的なところをを分けて欲しい。
「そういうことでふたりは来週末から代表候補合宿だ。日本で4日間合宿をして12人に絞って。ひと月後に日本で2日間、そのままカザフスタンに移動して現地4日間合宿、そしてアジア大会に備えるという日程になっている。ふたりともパスポートは持ってないだろう? 今から手続きしておけよ」
はーい。私と早苗はそれぞれ異なるテンションの声を上げて部屋を出た。最初の合宿と決定後の合宿までに時間があるのは、その間に開催される国体への配慮だろうか?
私と早苗は相部屋だから同じ部屋に戻り、そして協会から送られてきた書類を何枚か見る。
「あー。パスポートって親にいろいろ書類書いてもらわんとあかんねんな。手紙書くのめんどくさ。お金もいるやん」
「それで落選して必要ありませんでした、だったら恰好悪いよね」
まあこの程度のお金なら出してくれるとは思う。
「せやけど『代表候補』っていうのは、気分ええな。『候補』が邪魔やけど」
早苗はいいなあ。
「私はなんか落とされに行く気がするから嫌だけどね」
早苗は少し声を落とした。
「なあ、ウチら以外に誰が呼ばれると思う。高校生で」
「わかんない」
私は即答した。
「だって去年は群星が三冠、今年もインターハイはうちらやん。そのうちらから、このふたりしか呼ばれてへんねんで? 正直そんなにすげーっ、って人おった?」
だからわからないって。
「まあ、解散式からこっち、部長副部長はうちらやん。まだ残ってる先輩もいてはるけど、これで格付けもできたから、これでもう、うちらの天下やな」
早苗は、解散式の直後も似たようなことを言ってたな。大半の3年生は受験に備えてインターハイ後に退部する。通学可能区域に実家のある人は退寮もする。残っているのはバレーボールで大学や実業団などへ進む人たちだけだ。つまりすごい先輩達だけが残っている。
だが、その先輩たちの誰も代表に呼ばれていない。それより強い人、あるいは必要な人が呼ばれているわけだから、レベルも相当に高いのだろう。
「早苗は気楽でいいよね。多分私はリベロ要員なんだろうな」
私が群星で1年の夏から試合で使ってもらえたのは守備が上手いからだ。だからリベロが嫌いなわけじゃない。でも1年の途中からローテーションに入るようになると、リベロと違っていろんなことができるのでそれが楽しい。
あと、内心イヤイヤ早苗に引きずられて参加したところはあるけど、マドンナカップも楽しかった。まさか予選突破どころか全国優勝できるとは思っていなかったけれど。今までインドアが王道でビーチは邪道だ、などと思っていたけど、そんな考えをいい意味でぶち壊してもらえた。ビーチにはインドアとは別の楽しさがある。
「かもしれんけど、まあええやん。メンドいこともあるけどやっぱり楽しみやなあ。カザフってどんな所なんやろ? うちのイメージでは砂漠なんやけどな。代表やから移動も多分ビジネスクラスやろ。優勝でもしたら帰りはファーストクラスかもしれへん。それに高級ホテルで美味しいもの食べ放題なんかなあ」
早苗はそう言うと二段ベッドの下、つまり私のベッドで横になった。私もこいつみたいに生きられたら楽なのにな。




