64.いろんなところでみかける中堅俳優
その日の夜、俺は久我山監督に呼び出された。まだ巨匠と呼ばれる程では無いが、そこに片足ぐらいは突っ込んでいる映画監督だ。若い頃はテレビドラマとかも手掛けていた。監督と俳優。立場もそうだが、俺は個人的にも良くしてもらっているので、断るという選択肢は無い。
約束の時間より早めに来たが、監督は既にちびちび飲んでいた。珍しく他に連れはいないようだ。
「センパイ、ご無沙汰してます』
俺と監督は出身高校が同じなのだ。だから監督は俺からそう呼ばれるのを好む。もちろん在学期間は重なっていない。
「おう隆史、お前も忙しいだろうによく来てくれたな」
「そりゃセンパイに声掛けてもらったら当然ですよ」
もしかしたらいい役がもらえるかもしれない。俺はドラマも映画もいろんなプロデューサーに呼んでもらえてはいるが、逆に言うと、主役クラスで出れるのはショートムービーや2時間ドラマレベル。主役たちを上手く引き立てる、いわば便利な役者のひとりだ。
互いにひと通りの近況報告などをした後、少し間をおいてから、先輩が今日の本題を話し始めた。
「お前、竹山彦三センセイの『秋風のハーモニー』って小説を読んだことあるか?」
この時点で俺が呼ばれた理由がおぼろげながらあたりがついた。
「ありますよ。俺の、そしてセンパイにとっても大先輩の作家さんですからね」
そう、竹山センセイも俺たちと同じ都立大前高校出身だ。こんな軽い時代に重厚な小説を書いて、それで大きな文学賞をいくつも取っている本物の大御所だ。ウソかホントかノーベル賞候補に挙げられたこともあるという。しかしこの「秋風のハーモニー」は竹山センセイには珍しく高校の合唱部が舞台の青春小説だ。センセイの奥様、この方も俺たちの大先輩になる方、をモデルにしたと公言されている。
「俺は前からあの小説を現代にアレンジして映画化しようと考えていた。竹山センセイは最初渋っていたけど、原作の舞台と同じ大前高校で撮影しようと考えています、と言うと前向きになってくれた。あのご夫妻にとっても青春時代の思い出の場所だからな。いくつかのスポンサーからも内諾をもらっているし、後は教育委員会を上手く説得したら話が進む。ここまで言やわかっていると思うけど、お前もこの話に噛んでもらいたい。まあ配役は意地悪な教頭とかになるだろうけどな」
原作をアレンジするって話だったけど、原作に近ければ敵役だがそれなりに出番があるはずだ。
「もちろんです。俺で良ければ喜んで協力しますよ」
誰も損をしない話だ。
原作は大御所の小説家が書いた名作。
一流といっても差し支えない映画監督がそれを実写化。
そこに1.5流の俺を加える意味があるかはわからないが、少なくとも世間に名前は通っている。みんなで母校を舞台にしたいと口を揃えれば、無碍にはされないと想う。
「よし、じゃあ俺は教育委員会と調整を始める。隆史は同窓会に声をかけてくれないか? もちろん俺や竹山先輩夫妻の名前を使ってくれたらいい」
なるほどな。今の同窓会の幹事は俺らぐらいの年代が多い。さすがセンパイ。映画を撮るだけじゃなくて、撮るまで持っていくのも俺の仕事と言い放つだけはある。
「特に文化人が欲しい。次が政治家や官僚。そのあたりから教委に働きかけたいな」
俺は思いついたことがあるので口に出した。
「そうだ。今の文科相って、確か大前の出身ですよ」
「それはいいな、同窓会で意見をまとめて永田町に持って行ければ結構力になってくれそうだな」
俺たちはしばらく作戦タイムをして、その後はいつものように馬鹿話になった。




