48.インターハイ予選(その8)
結果から言うと、大前高校バレー部の快進撃はそこまでだった。
男子は5回戦でシード校の東南大付属池袋に力の差を見せつけられて終わった。20-25 18-25 接戦にも持ち込めなかった。だがよく頑張ったと思う。私は控えの選手も含めひとりひとりを抱きしめて、その労を労った。
女子はまた1週間、時間があるので、その間に合宿でもやりたいぐらいだったが、先週吹部と合唱部を放任していたので、今週、ある程度修正しなければならない。申し訳ないが今週は、インドアコートの利用は女子優先。さらに、男子には女子のネットの高さでスパーリングパートナーになってもらった。でも群星はうちの男子と同じぐらい強いんだよな。この前合同練習しただけじゃない、今の2、3年は学生時代の私が何度も教えたことがあるからよく知っている相手だ。もちろん弱点も知っているが、そこに付け込める程の力はこちらにはない。そして選択できる作戦もほとんどない。
試合当日6回戦の試合前、コート脇で立浪監督と話をした。マスコミがやたらとシャッターを叩く。師弟対決として盛り上げようとしてくれているのだろうが、指導者として私は監督に遠く及ばない存在だ。
「今日もまた胸をお借りします」
私はそうやって頭を下げる。
「そうなればいいがな。たった1ヵ月で全然違うチームを作って来たな」
いや、そんなに変わってないですよ。いや、守備力に限ってはそれなりに上手になったとは思うけど。
「私はなにもできていません」
私は群星の選手たちを知り尽くしているが、立浪監督は私を、そして群星の選手は大前の選手を知り尽くしているように思われて仕方がない。そのせいか、監督からは余裕が感じられる。群星の選手たちもリラックスしているように見える。
「吹雪先輩。今日もよろしくお願いします」
何人かはわざわざ私やこちらの選手に笑顔で挨拶に来てくれるほどだ。この時点で、いやもっと前から負けは決まっていたのかもしれない。1セット目 15-25、2セット目 14-25 本当に歯が立たないぐらいボコボコにされた。
試合が終わってから私はまた立浪監督のもとに行った。せめて今後の指針のヒントぐらいは知りたい。
「監督、今日はなにもさせてもらえませんでした。午後の準々決勝も頑張ってください」
私がかろうじてそう言うと、監督は意外そうに私を見つめていた。
「そうか。長崎から見たらそうなのか」
そう言うと少し黙った後、監督は話を続けた。
「俺は今までずっと、鳥羽とお前のことが怖かった。お前たちが私の手元にいる時からずっとそうだ。お前たちふたりはアプローチは全然違うのにふたりとも世界最強だからな。でも今日の試合……鳥羽は相変わらず怖いけど、あいつがお前にこだわる理由が少しわかったよ。長崎、お前はちょっと怖すぎるよ」
はっ? ついさっき綺麗に負けたばっかりなんですけど。
「今日は試合だから敵になった。だが、俺はこれからもずっとお前の味方だ。また一緒に練習しよう。次は春高の予選で当たるかもしれないけどな」
ありがとうございます、ただそう返すつもりだった私は混乱した。
そうか女子は都のインターハイ予選でベスト16に入ったから、春高バレーの予選参加資格があるんだ。春高バレーは、インターハイ予選が終わって数日後にエントリー期間が終わる。そういう酷い仕様になっているので危ない。立浪監督に指摘されなかったら忘れていたかもしれない。でも春高の予選って9月の終わりぐらいだよね。その時期って私、ワールドカップの真っ最中じゃないの? それに大前高校は進学校だから、3年は全員このインターハイで引退するはずだ。私は人のことを言えないけれど、結構不利だよね、これ。
「では一つ教えてください。私が指導者として何をすればよいのかを」
監督は不思議そうに私をしばらく見続けた。
「そうだな、長崎はそのままでいいんじゃないかな? お前と一緒に練習するだけで周りの選手は強くなれるよ。それに来年、いい選手が入って来るだろうからな。俺もうかうかしてられない」
軽くはぐらかされてしまったようだ。それに監督はおそらく大前高校に入るために必要な偏差値をご存じない。東京にはうちより上の私立や国立はいくつかあるけれど、今年度は都立で最難関の高校だった。
監督と別れた後、私は自分の選手たちひとりひとりを抱きしめた。みんなよく頑張った。3回勝つことが目標と言ってたけど、男子は4勝、女子は5勝もした。それでも中には泣いている子もいるし、ケロッとした顔で、群星の選手と話をしている子もいる。多分合同練習の時に仲良くなったんだと思う。とてもいいことだ。
3年が引退したらまた新しいチームを作らないといけない。まだまだ私も勉強中の身だ。みんなと一緒に考えて強くならないといけない。
選手がクールダウンした後、みんなで昼ごはんを食べて、準々決勝を見学することにした。群星は余裕を持って勝利していた。私たちはスタンドから手を叩いて彼女たちを祝福した。もう私たちにできることはなにもない。学校に帰ろう。
そして明日は3年生の引退式だと思うととても寂しい。女バレのパートナーを務めた影響で、男バレも引退式が1週間伸びた。これまでありがとう。指導経験の乏しい私を支え、後輩たちを導いてくれた頼もしい子たちだった。




