47.インターハイ予選(その7)
女子の4回戦はシーソーゲームでフルセットに入ったが、そこからはあっけなかった。 2-2 の時点で相手の選手のひとりが着地した時に足をくじいたようで、そのまま退場した。それほど突出した力を持った選手には見えなかったが、やはりチームに欠かせないプレイヤーだったのだろう。相手はずるずると崩れ、3セット目は 25-12 で5回戦進出。シード校で去年のベスト4との対戦になる。3戦目まであまり時間がない、さっさとクールダウンして休むように、できれば寝ておくように言って男子の方へと向かう。
そういえばこういった試合の合間に寝るのは、私も早苗も得意だったな。こういったことも才能なのかもしれない。
そして男子は1セット目を 28-26 でもぎ取ると、2セット目も 26-24 で勝ちきった。ほんの1ヶ月前に、群星の1年生にあしらわれていたチームとは思えない成長ぶりだ。特に接戦でことごとく力を発揮している。次はこちらもシード校との対戦になる。当然ながらこれまでとは大きく違う相手だ。こちらもクールダウンとやはり休むように指示をする。
私が女子の方に戻るともう5回戦の準備が始まっていた。こちらは今日の3戦目だけど、相手は今日の初戦。この時点でだいぶ不公平だが、それは最初からわかっていたことだ。至文学園昨年のベスト4の強豪校で、私が高校生の時も何回も試合したことがある。そう思うと相手の監督に見覚えがあるのが分かった。よろしくお願いしますの一言だけで、握手は無視された。選手も私の方をちらりとも見ない。そう指示されているのだ。彼らの中ではもう試合が始まっているのだろう。
今年も特に突出した選手がいるわけではない。守備も攻撃もこれと言った特徴はない。でもその代わりどのプレーも全員が普通に丁寧で上手い。戦術もセオリー通りのものが多く、総合力で強いチームだ。ある意味うちの上位互換と言ってもよい。私たちが勝てるようには見えない。だが、絶対に勝てない程の差ではないはずだ。
試合はサイドアウトを繰り返す静かな立ち上がりが中盤まで続いた。12-12 そろそろ何かを仕掛けたくなる時間だ。だが至文学園のベンチに動きはない。こちらも特に打つ手はない。その時こちらのミスで互いに初めてのブレイクを相手に与えると、さらに連続でブレイクされた。これはまずい。だが直後に1本ブレイクを返せたから、まだ我慢だ、22-24 でも私は動かない。23-24 でこちらのサーブ権になってから初めて選手を変えた。ピンチサーバーだ。
この子は私がスペシャリストを目指せと言った時に、サーブのスペシャリストを目指した子だ。アタッカーもできるジャンプ力を活かした、強力なスパイクサーブが、クロスに飛んで行く。相手はアウトと判断したのか身を躱したが、ジャッジはイン。サービスエースだ。これでデュース。2本目も高く飛んだサーブだが、今度はフローター。相手のリベロが足で拾うがボールは明後日の方へ飛んで行った。3本目はストレートにライン際を目指したボール。アウトになると思ったが、最初のエースがあったから相手が拾ってくれる。レセプションが乱れたが、それでもきっちりトスを上げられる。AクイックをおとりにしてのB。これで 25-25 でまたデュース。サーブ権が相手に移る。私は彼女を交代させた。よく役目を果たしてくれたと思う。
その後サイドアウトが3回続いたが、相手が先に焦れた、奇襲気味のツーアタックを仕掛けられたが、それをきっちり拾って、速攻につなぐことができた。これで 28-26。 しかも相手は至文学園だよ。女子も接戦に強くなった。
2セットも似たようなサイドアウトが多く、途中で片方がブレイクしてももう一方が取り返すという接戦が 23-22 の土壇場まで続いた。ここで私はさっきのピンチサーバの子をもう一回呼び出す。ここでブレイクできれば勝利に大きく近づく。
彼女のフローターサーブはまたしてもいいコースに飛んだが、今度は上手く拾われた。相手の速攻、ブロックは1枚だけ、なんとかこちらのリベロが触るがボールは大きくコートから離れていく。これは無理だと思ったが、ピンチサーバを務めた彼女が懸命に追いかけて味方へと返した。今、ボールから目を切って追いかけてたな、この夏が終わったら、私は間違いなく彼女をレギュラーに選ぶだろう。だが、不自然な体勢からのレシーブは味方コートまでは戻せない。だからそれを拾った子はできるだけ高く、大きく相手のコートの奥の方に返すしかない。味方がコートに戻るまでの時間を稼がないといけないからだ。だが、リベロもおいかけたサーバーもよくやったと思う。まだブレイクのチャンスは残っている。
相手はそのチャンスボールをセッターに返す。そして速攻AはおとりでBが本命。それじゃ前のセットと同じだよ。今度はリベロがきっちり上げる。ちょっとネットに近すぎるけど、トスを上げれないほどではない。こちらはそのおとりは何人か飛ぶけど、シンプルにAクイックを決めて 24-22 マッチポイントだ。
さっき素晴らしいリカバリーを決めた彼女がまた大きく飛んでサーブする。今度はスパイクサーブ、相手の選手が前に飛び込むように拾ったボールはダイレクトでこちらのコートに戻ってきそうだ。だが、ネットにあたりそのまま相手のコートに落ちた。
25-23 3回勝つのが目標のチームが、ひと月前に群星の1年に歯が立たなかったチームが、昨年ベスト4の至文学園を破った。
なんでこの子たちこんなに強くなってるの? 私は今まで、強豪高の高校生も、楽しくバレーをやっていた大学生も、2部とはいえVリーグの選手にも指導したことがある。でもここまで急に勝てるようになったチームは無い。
そりゃ守備は固くなったよ。でもそれ以外はそこまで変わらない。急に強くなったのではない、急に勝てるようになった。私にはその理由がわからない。
その時ピンチサーバーを務めた彼女が私の胸に飛び込んで来たので、私は倒れないように体のバランスを整えた。私がアスリートじゃなかったら多分倒れていたと思う。続けて他の選手も抱き着いてくる。
「ちゃんと整列しなきゃね」
私はそう言って教え子たちを諭した。夏はまだ終わらない。次の6回戦、相手はまだ決まっていない。だが、おそらくはシード校が勝つだろう。相手は私立群星高校、私の母校だ。




