37.大学1年生・春(その1)
入学式を終え、いよいよ私のキャンパスライフが始まった。今年のピアノ専攻の合格者は27人。26人が私の同級生ということになる。みんなどんなピアノを弾くんだろう。今から楽しみだ。
器楽科のピアノ専攻だけで一つの教室に集められ、そこで自己紹介をする。あいうえお順なので私は真ん中ぐらい。こうしてみると男女比は女子がちょっと多いぐらいかな? 藝大は女子が多いのが当たり前なのだけど、今年のピアノ科はそんなに変わらないようだ。
見ていると、出身高校はどこか、何回浪人したか、いつからピアノを始めたか、これまでにどんなコンクールで入賞したか、どんな作曲家が好きか、などの内容が多い。たまに変わった経歴や嗜好の持ち主がいて、そういった子は他の同級生に質問されたりしている。
例えば高校までアメリカにいた子もいて、その子はどうして日本に帰ってきたのかと聞かれていた。答えは、やっぱり母国だから、というシンプルなものだった。
まあほとんどの子はクラシック一辺倒だけど、ずっとロックバンドも続けてきたという子もいるし、ジャズピアニストを目指しているという子もいる。私もいろいろ弾いてみたいな。そんなことを考えている間に私の番が回ってきた。
私が立ち上がると、みんなが注目する。でけぇ、という声はあがらなかったが、誰もがそう思っているのが表情でわかる。
「東京、群星高校出身の長崎吹雪です。現役です。ピアノを始めたのは4歳ぐらいで、小学生の時に朝コンを受賞したこともあります。中学・高校ではこの身長なんで、バレーボール部に入っていました。好きな作曲家をひとり挙げろと言われると、ベタですがショパンです。これからは色んな曲を弾いてみたいと思いますし、声楽や他の楽器にも興味があります。将来は音楽教師を目指しているので教職を取るつもりです。よろしくお願いします」
無難極まりない自己紹介を終えると突っ込みが入った。
「どうして先生になりたいの?」
「小さい頃からの夢だったからです」
それ以上突っ込まれると話が長くなってしまう。
「バレーボールっていつまで続けてたの?」
えっと、インターハイで退部するはずだったのに、結局春高まで試合に出たからなあ。
「えっと受験直前の1月まで続けていました」
ここでえーっ、と声が上がる。ピアニストのくせにスポーツも続けていた、それはやはり奇抜なのだろう。当たり前だけど、ピアノを弾く時間が削られるし、それにもし1月に指先をケガしたら受験は終わりだからね。
「それなりに戦力だと思われていたので、引き止められて辞めるに辞められませんでした。大学でも続けるつもりなので、応援しに来てくれると嬉しいです」
ここで質問タイムも終了。私は次の人に変わった。
その後は受講可能な講義、の一覧を確認しながら、出会ったばかりの同級生女子たちとピアノの話で盛り上がった。こうやって好きな作曲家や音楽の話で盛り上がることができるのは、本当に素晴らしいよね。みんなの奏でるピアノも是非聞いてみたい。
一通り盛り上がった後、その流れで大学の生協で一緒にご飯を食べて、そしてみんなと別れた。ピアノの後はバレーボールの時間だ。
今日はキャンパスのいたるところに、新入生を捕まえようとする部活やサークルが小さなブースを出していて、お祭りみたいになっている。もらったパンフにどういった部活やサークルがあるかは書いてあったので、それを見ながら、体育会バレー部のブースを探した。
私はでかいから歩いているだけで目立つ。スポーツ系のサークルから声がかかるが、すいませんと言って交わす。断ってもしつこくされることはない。目的のブースに近づくとあちらから笑顔で声をかけてくれた。バレーのユニフォーム姿だ。
「あなた大きいわね。ねえ、バレーボールやってみない。それだけ大きな体なら初心者でも大丈夫だから」
優しそうな先輩だ。
「経験者です。よろしくお願いします」
「おおっ、経験者なのね。いいわね。こっちへ来てくれる」
もちろん、私はその先輩について行った。
「経験者が来てくれたわよ」
予想以上に多くの先輩達がいたが、半分は男子。男女で一つのブースなのね。私は机の前に用意された椅子に座らされた。普通のパイプ椅子だ。
「えっとまずは名前と、学科と、あとどれくらいバレーボールをやっていたかを教えてくれるかな?」
私はちょっと恥ずかし気に答えた。
「器楽科ピアノ専攻で……」
「ピアノ! 音楽学部なの?」
えっ。この人たちは音楽してないの?
「えっと……皆さんは音楽学部じゃないんですか?」
先輩たちが顔を見合わせる。
「私たちは美術学部がほとんどね。もちろん音楽学部も大歓迎だから気にしないで」
そうか。美術学部もあるもんね。油絵を描いたり彫刻とかするのかな。私は絵は下手っぴだけど、教職を取るのだから、いずれはイラストとかも描けるようになりたい。
「はい。えっとピアノ専攻、1年、長崎吹雪です。長崎県の長崎に、雪混じりの風の吹雪です。バレーは中高と6年間やっていました」
私が昼食後すぐにここに来たからか、他の1年生はまだいないのだろう。周りを先輩に囲まれてしまった。
「6年間やってたんだ。すごい。前の夏までやってたの?」
すっごく新鮮だ。
普通のバレー関係者だと、私の名前を聞くと、あの高校生で代表に入った!、とか、高校9冠パーフェクトでしょ!、とかの話が始まる。名乗らなくても向こうから声をかけられて、握手してください、とか言われたりする。
「3ヶ月前、1月までやってました」
えーっ。
教室と同じ反応だ。ここでも、なんでそんな受験直前まで続けてたのかを聞かれる。頼まれると断れなくて、という返事も一緒だ。
「もしかして春高出てたの?」
高校生でバレー部で1月と言えば春高バレー。昔は3月だったけど今は1月開催、でも春高バレー。冬高バレーだろ、と誰もが言う。
「はい」
おおーっ。
みんな感心してくれる。この後私のキャリアを言えばどうなるのだろう。
「もしかして、高校生で代表に入った長崎選手じゃないよね?」
ようやく気が付かれたようだ。さすがにバレーをやっていて、私のことをまったく知らないはずはないよね。私はうなずいた。
おおおおっ。
これまでで一番大きな声がした。




