30.最初の授業(その2)
午後になると体育館で部活紹介が始まった。私は一番後ろの壁際に立ってその様子を見つめる。こうしているとまるで仕事で来ているように見えるかもしれないが、実際には興味本位で来ている。
見たところ、新入生は半分も来ていない様子。部活に入るつもりがない子や、最初から入る部活を決めている子には必要ないからね。順番は体育系も文化系もバラバラでくじで決めるのだと聞いた。
「僕たち、囲碁・将棋部は毎日活動していますが、参加は自由です。初心者も大歓迎です」
「茶道は既に日本の文化として既に世界に知れ渡っています。国際交流の場で自国の文化を紹介できるようにするためにも、一緒に茶道を学びませんか。活動は毎週水曜日と金曜日におこなっています」
2つ文化部が続いた後に男女バレー部のメンバーがほぼ勢ぞろいで舞台に上がってきた。皆バラバラの私服姿だ。人数で圧倒する作戦だろうか?
「私たちバレー部は毎日放課後、体育館で練習しています」
「目標はインターハイ都の予選トーナメントで3勝すること。普通の公立高校には正直これすらも難しい目標です」
うん、目標としてはちょうどいいと思うけど正直難しい。女子、男子のキャプテンが交互に語りかける形式のようだ。
「でも今年は手ごたえを感じています。あそこにいる長崎先生が顧問になったからです」
女子キャプテンが私を指差す。新入生も在校生も私を振り向く。えっ、私?
「オリンピックで2つの金メダルを取った現役の日本代表、そんな人が顧問を務めるバレー部は世界中でこの大前高校ただ一校だけです。みなさんも一緒に世界レペルのバレーボールに触れてみませんか?」
「経験者はもちろん初心者も歓迎します。ありがとうございました」
すごい短い。それに結局私の話しかしてなくない? バレー部メンバーはそのまま舞台の袖に消えるのかと思いきや、集団で舞台からそのままアリーナに降りた。なんでこんなところで横着するのかな。
バレー部が舞台から降りる間に出てきたのは吹奏楽部だ。私が顧問を務める部が続いている。こちらもバラバラの私服で勢揃いしているが、部長がトランペットを持っているだけで、他の部員は楽器を手にしていない。
「私たち吹奏楽部は毎日音楽室で練習しています。楽器は部のものを貸し出すこともできるので、初心者でも大丈夫です。入学式の時に演奏した曲を覚えてくれていたら嬉しいです。なお、私たちの顧問も長崎先生です。動画サイトで長崎先生を検索したら多分みんな音楽が好きになると思います。それではみなさん、音楽室でお待ちしています」
そう言って頭を下げる。これまた短いくせに、顧問のアピールが長いような気がする。アピールは入学式の演奏で十分ってこと? 部長のトランペットはなんだったのだろう。
続いて入ってきたのは合唱部だ。これ絶対くじで決めてないよ。それに吹部の皆はまだ舞台にいるよね。舞台袖に消えてないもの。でも姿が見えないってことは、合唱部の後ろで座っているのかな。
「私たち合唱部は毎日視聴覚室で練習しています。楽譜が読めなくても問題ありません。なお、私たちの顧問も長崎先生です」
ここまで似たような部活紹介をしているのはわざとなんだろうけど、逆効果だと思う。
「それではみんなで楽しく歌いましょう」
合唱部の部長がそう言うと、やはり合唱部の後ろにいた吹奏楽部も全員立ち上がった。そして舞台から降りて、そのままどこかに消えていた男女バレー部も立ち上がって舞台の前に並んで立つ。それまでは床に座りこんでいたのだろう、私からは他の生徒のかげで見えなかった。それと同時にいつものキーボードの子が今日はビアノで、誰でも知ってるアニソンのイントロを奏で始めた。
そして合唱部だけでなく、吹奏楽部に男女バレー、大人数によるアニソンのユニゾンが始まった。
おおおっ。不覚ながら、自分が顧問を務める部活の生徒同士が手を組んでこんな企みを企てているなんて知らなかった。私は素直に感心した。おそらく合唱部以外は本番一発なのだろうが、それでも合唱で数は力だ。4つの部を合わせると2,3年だけで100人近くいるよね。
間奏に入るところで軽快なトランペットが響き渡る。吹部の部長が吹きながら合唱部の間を縫って、最前列に来ると、澄んだ音色が体育館の一番奥にいる私まで届く。やはり吹部ではこの子が抜きんでている。
2番も大合唱が続くが、合唱部がハモりに入り変則的な混声2部合唱に変わる。これに加えて、ピアノが低音を弾き、音を抑えたトランペットが高音で響く。アウトロに再びピアノとトランペットの音が大きく響いて合唱が終わった。
曲が終わるとちゃんと皆礼をする。1年生、にぎやかしの上級生、そして私も拍手をする。
さすがだなあ。私は生徒たちに感心した。私は男声が目立つアニソンとかがいいんじゃない、と言っただけなのに、他の部を巻き込んでここまで企画するのは素晴らしい。顧問つながりで仲良くなったのだろうか。バレー部や吹奏楽の紹介がおざなりに感じたのはこれを企んでいたから時間を節約していたのだろう。バレー部がそのまま散り散りに解散し、部長含め吹奏楽部が舞台の袖に消え、合唱部だけが残る。
そして2曲目。こちらはこれぞ合唱という混声4部合唱。女の子がテノールに入ってたりするけど、私でもあまり違和感を感じない。1曲目に比べると人数も少ないし、さすがに声量も落ちるけど、やはり私の受け持つ部活動の中では一番レベルが高いと思う。
これならMコンで予選の予選を突破するのは現実的な目標になるのではないか、そう思いながらまた拍手をして部員たちを称賛した。




