表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
音楽室と体育館  作者: 多手ててと


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

29/169

29.最初の授業(その1)

他の学校では知らないが、大前高校おおまえこうこうでは芸術の授業は最初の1週間は体験学習となっている。授業中の出入りが自由で、音楽、美術、書道の3科目を同じ時間に出たり入ったりしてもよい。それ悪用してサボる生徒がいるんじゃないかと思ったが、そのあたりも含めて生徒の自主性に任せるのだという。つまり騒がなければ教室や図書室で自習や読書をしていてもいいのだという。さすがだなあ。


そして1週目の終わりにどれを選択するかを決めさせるのだ。これは1年生だけでなく2年生もだ。ただ1年生が週に2コマ芸術があるのに対して、2年生は1コマしかない。なので授業をハシゴするのは大変だけど、たいていの子が1年で選択したものをそのまま選択するので、問題はないのだという。


普通に大変なのは教師だと思う。入退室を繰り返す生徒がいる前提でカリキュラムを組まないといけない。


「ああ、そんなの気にしなくていいですよ」


始業式自体は簡単に終わった。新任教師紹介の時に私が壇上に立つと生徒たちがざわついたけど、他に特筆すべきことは他にない。その式典が終わった後の顔合わせで、美術の先生はそうおっしゃる。


「たいていの子はもう入学前から決めてますからね。授業中に出入りする子はほとんどいません。普通に授業をすればいいんです」


書道の先生がそれを引き継ぐ。


「なるほど、そういうものですか。ありがとうございます」


ここ数年、この学校で講師を務めているというお二人が言うからにはそうなのだろう。4月8日月曜日、始業式の後、生徒たちが各教室で担任から説明を受けている時間、私はある意味一番重要な同僚二人との会話でそう聞いて安心した。


というのも入学式前に、日本バレーボール協会から、私を5月のモントルーマスターズに招聘するとの連絡があったからだ。だってモントルーかネーションズリーグに予選から出るかどちらかを選べ、と言われたら当然前者でしょう。ネーションズリーグの予選は週に3試合ある。それが飛び飛びに合計5週間もあるんだよ。モントルーなら毎日5試合の1週間で終わる。それでもセレモニーとか移動時間とか直前合宿などを入れると2週間近くの間、私は日本を離れる。


その間、音楽の授業は誰がするのか? 誰もできないんだなこれが。そうすると美術や書道も巻き込んで芸術の時間自体がなくなる。だって音楽ばかりを自習にするわけにもいかない。


だから1年生と2年生にはABCの三種類の時間割が用意されている。Aは基本の時間割、Bは私が不在の時、つまり芸術の授業の代わりに他の教科が入っている時間割、そしてCはBで割を食った芸術の授業を取り戻す、あるいは先取りするためのものだ。年間を通せばBとCの時間が同じになるようにすれば、ちょうどつり合いが取れるということだ。実際は祝日や行事、主要教科優先のため、などの理由で削られることも多いので複雑だ。


幸いバレーボールの場合代表の活動は春から秋がシーズンなので、辻褄合わせができるだろう、という目論見もくろみだ。秋以降については考慮されていない。Vリーグが始まって、ジャンパーズの試合が平日に入ったら自動的に不出場になりますね。すいません。


当然この二人、美術と書道の教師もこれに巻き込まれてしまう。教委がそれなりの配慮を示したというが、それでも私が迷惑をかけてしまっていることは間違いない。だから私はこの二人に頭が上がらない。もちろん生徒たちにも頭が上がらない。


そして今回モントルーに召集されたらそれで終わりというわけには行かない……と思う。なんやかんや若さとそれに見合わない実績というのは大きい。高3の時、練習していないのに世バレに呼ばれたしね。実際に呼ばれてそこでダメだったら見切られると思うけど、とりあえず呼んでみるリストに入るのは間違いない。


今回免除されるのはネーションズリーグの「予選」なので、当然「ファイナルズ」には呼ぶということだろうし、何と言っても秋にはワールドカップもある。これに出ないなんてありえない。ワールドカップ自体が、特に開催地である日本では、価値が高い大会なのはもちろんだけど、ファイナリストの2チームは来年のコペンハーゲンオリンピックへの出場がその時点で決まる。つまりその後にある大陸別の予選に出なくてもよくなる。これは大きい。私の状態が良ければ確実に声がかかるだろう。


逆に言えば、モントルーでチームメイトの足を引っ張れば次から呼ばれなくなるだろう。教員が本職なのだから、それでバレーボールの腕がなまるのは仕方がない。だが、わざと手を抜くなんて、教育者としても生徒に示しがつかない。もっての他だ。


美術・書道の先生と別れてから、音楽教官室に戻る。学校はまだ静かだから、各クラスではまだガイダンスをやっているだろう。副担任は資料はもらっているけど出る必要はない。終わりかけの時に顔だけ出しても仕方がない。


午後からは体育館で部活紹介があるが、そちらも生徒まかせなので顧問がすることは何もない。部活をしていない2,3年生と、興味のない1年はお昼で帰る。とは言え、自分が顧問をしている子たちが新入生にどんなアピールをするのか興味がある。合唱部が何を歌うかは知っているけど、バレー部や吹奏楽部が何をするか知らない。


それにこの学校に他にどんな部があるのかも見ておきたい。私も部活紹介を見に行くことにした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ