28.女子バレーボール日本代表キャプテン
決勝戦が終わってから、私たちは各放送局や各社のインタビューに追われた。ここ3年、世界バレーボール選手権、ワールドカップを勝ってきたけど、やはりオリンピックはそれらの大会より格上だ。一番重要なのは勝つことだけれど、その後も重要だ。オリンピックで金メダルという極上の素材を、日本のバレーボール界のために最高に料理してもらって、普通の人たちに伝えてもらわないといけないからだ。
キャプテンである私は、選手の代表として、マスコミ対応にあたる義務がある。テレビを見ている普通の人たちにわかりやすく感動を伝えてもらうようにしなければならない。難しい技術のことは話さない。チームワークとか、日本からの応援を受け取ったとか、「東洋の魔女」たちへの尊敬とか、そう言ったマスコミ受けする言葉、一般の人たちに好印象を与える言葉を選んで話す。それが私の仕事だ。
実際になぜ金メダルが取れたかの理由ははっきりしている。鳥羽と長崎がいたからだ。2年前の世バレの時から感じていた。去年のワールドカップの時点ではもうはっきりしていた。テレビの向こう側で見た人たちはともかく、私たちにはよくわかっている。
鳥羽は一言で言うとフィジカルお化けだ。身長とジャンプ力とパワーに注目されるが、決してそれだけではない。ビーチであれだけ飛び続けていたのに、インドアでもそんな疲れなどなにも見せずに飛ぶ。飛び続ける。技術も高い。苦し紛れに上げたトスでも普通に打ち切ってくれるし、レシーブもトスも上手い。多分世界で一番強い女子選手だと思う。
対比すると長崎は世界で一番巧い選手だ。なんといっても守備範囲が広い。私たちが飛びつかないと取れないボールをなんでもないように上げる。そして私たちが諦めるしかないと見切るボールにも飛びついて拾い、そして正確に返す。相手からしたらとにかくいやな選手だろう。
そして今日の試合では前衛でもその巧さを発揮していた。例えば、スパイクを打つとき、どちらの手で打つか。コートのどこに叩きつけるのか、ブロックアウトを狙うのか。ブロックでは誰に付くべきなのか。どのコースを防ぐのか。そういった判断が極めて正確でミスがない。
それに、多分私よりもトスが巧い。
鳥羽の強さと長崎の巧さはわかっていたこと。だから彼女たちがビーチに出ると言った時、監督を始め私たちはみな反対した。この最年少の二人が今のチームの生命線だと誰もが知っていたからだ。だが彼女たちは、何事もなかったかのようにオリンピックに出る資格を取ってきた。
「予選を突破してきたので出場します」
と鳥羽は当たり前のように監督に告げた。長崎は少しすまなさそうにしていた。
だが、はっきり言ってしまうと、終わりよければすべて良しなのが、スポーツである。私たちは次から次へと来る取材陣の攻勢になんとか耐えて眠りについた。翌朝、起きてから枕元に置いた金メダルを見るまで、あれが本当に現実だったのか、とても不安だった。
そして私たちは帰り支度を始めた。今日の昼過ぎには選手村を出て、日本への帰路に着くことになっている。暑くてもスポンサーから代表選手に支給されたグレーのスーツに身を包み、かなり早めに集合場所のホールへに向かったが、途中で取材陣に捕まったので、思ったより時間に余裕がなくなった。
ホールに足を踏み入れると、そこはリサイタル会場になっていた。誰かが、私も聞き覚えのある曲をピアノで弾きこなしていた。音楽なんて全然縁のない私でも、それが素晴らしいものであることがすぐにわかった。曲が終わると拍手がホールに溢れ、私は我に返った。周囲を見渡すとチームメイトたちをすぐに見つけたのでそちらに向かう。
その最中に拍手がやむと、拙い英語が人混みの中から聞こえてきた。長崎の声だ。先ほどのピアノも彼女の弾いたものだ。
『では次が最後の曲になります。この曲は誰も知らないと思います。私のオリジナルで「帰り道」という曲です』
先ほどよりもシンプルなピアノがホールに流れる。そして日本語の歌が流れ始めた。高く低く彼女の声とピアノが響く。そういえば昨日、決勝戦が始まる前に初めて彼女の歌を聞いたことを思い出した。
そして今歌っているのは彼女のオリジナルだと言っていた。今の流行りのタイプの歌ではないけれど、しんみりとした歌詞とメロディーを、日本語なんかわからないであろう観客が熱心に聞いていた。
日本への飛行機の中で、当然日本語のわかる私の耳から、あのホールで聞いた曲が離れなかった。あのどこか寂しげな曲が脳裏から離れない。これはオリンピックで優勝を決めた、世界の頂点を獲った凱旋の帰り道だというのに。




