街道整備─2
戻ってきていたのがアイリーンで良かった。彼女なら俺がサボっていたとしても何も言っては来ないだろう。
「主はサボり?」
「い、いや。ちょっとやりたいことがあってな」
直接聞かれると咄嗟に否定してしまった。
ゆっくりしながら森のことでもアイリーンに聞くか。
「時間があるなら少し手伝ってくれないか? 森の中のことを教えてくれるだけで良いから」
「ん。それくらいならいいよ」
ゴロゴロとすることはできなくなったが、どうせしないといけないことだ。アイリーンとなら気を張らずにいられるから、息抜きにはなるだろう。
部屋へと移動し、机の上に大きな紙を広げる。真ん中の少し下に丸を描いて、その中にアスクトと書き入れる。
「ここから東に行けば川がある。川をどれくらい辿れば湖に着く?」
「湖までは三分くらい」
三分ね。アイリーンが単独で駆け抜けて三分だろうな。そうなると、普通に歩けば二十分くらいか。
だいたいの位置に丸をして、今度は湖と書く。そこから川を一本書き足す。
その後もアイリーンに質問しては地図に書き入れていく。測量どころか、アイリーンの感覚に頼った地図なので正確性なんてあったものじゃないが、それでも無いよりはましだ。
地図に街道の予定まで書き込んだところで一息つく。
一色だけだと見づらいな。色鉛筆だったりマジックやボールペンのような物が欲しい。今度スタインに聞いてみるか。
「すいませーん。ケーマ様はいますか?」
窓の外から聞こえてくるのは、多分サプラの声だ。クロードが街道整備に出ているから、直接俺の方を訪ねてきたのか。
クロードをメンバーから外せば作業速度が落ちる。だが、クロードが村にいないと俺の仕事が増える。
どっちもどっちだな。やはり、クロード以外にも何人か指示役が必要か。俺の仕事を極力減らさないとやってらんないし。
サプラを家の中へと呼べば、緊張でガチガチになりなが入ってくる。
外で会うときは、少し緊張しているくらいだってのに、なんで家の中に入ったらこんなにガチガチになるんだよ。
「ここがケーマ様のお屋敷ですか……凄いですね」
大半はフーレが持ってきた装飾品だけれどな。人に見られる可能性が高い玄関と食堂、客室以外には殆ど装飾品なんて置いてない。置くだけの装飾品が無いのと、置いたところで邪魔でしかないからな。
まだ外交なんてしてないから、この屋敷に人を呼んだこともない。屋敷の中に入ったことがあるのは、エステル達四人を除けば、フーレとへレナートくらいか。建築に関わっていた奴らも、装飾品が置かれたりする前の段階までしか見ていないから、未知の領域ってわけだ。
お茶を用意しようとしたら必死になって止められたので、そのまま話を聞く。
「畑のことなんですが、作物の成長が早いような気がします。まだ土壌も試行錯誤の段階なので、今回は収穫できないかもしれないと思って始めたのですが、今のところ全ての種が目を出しています」
全ての種が、ね。手付かずの土地だったから、土壌の栄養が有り余っているのかもしれないが、それにしても異常だな。
「肥料は何を使った?」
「ケーマ様が用意してくださった肥料だけです。まだ腐葉土を用いた肥料などは準備段階なので使っていません」
スタインから買った肥料だけか。それなら肥料が原因というわけではない。この土地に何かしらの原因があるということだ。
「今は割ける人員がいないから、時間があるときに調べておく。また何かあれば報告を頼む」
「はい! 精一杯頑張らせていただきます」
悪い話でなくて良かった。作物が育つのであれば、食料に関しては買い付けの量を減らすことができる。
だが、報告をいちいち直接聞くのは面倒だな。文官を用意するのはいいとして、急ぎの用件でない場合は、文書での報告にしたい。
問題としては、紙とペンにかかるコストと、この村の識字率か。
人に教えるのは得意ではないから、教員も雇う必要があるな。
問題が山積みすぎて、どれから手を出せば良いのやら。とりあえずメモとして残してはおかないと。
「ケーマ様。今大丈夫ですか?」
「大丈夫だ。食事の準備ができたか?」
息をつく暇もなく、次はソフィアがやってきた。街道整備組の食事の用意ができたのだろう。今の距離なら持っていくのも、戻ってきて食べるのもどちらでもできるだろうが、ストレージと転移がある俺が運ぶのが一番手っ取り早いのは間違いない。
ソフィアに案内してもらい調理場へと行けば、スープの入った鍋と焼かれた何かの肉が山積みになった鍋、袋に溢れんばかりに入れられたパンと山積みの皿が置かれていた。
「結構な量だな」
「力仕事をした後なので量があった方が良いかと。余った分はストレージの中に置いといてもらえれば助かります」
まあ、そうなるだろうな。しばらくは買い出しも行く予定がないから、ストレージには余裕があるし大丈夫だ。
ちゃちゃっと転移で行きたいが、転移がバレるのは面倒なのでストレージに仕舞って、皆で歩いて向かう。
料理担当の女性陣にも交代で街道整備組について行ってもらう。さすがに毎回俺が運ぶのは面倒なので、運ぶのはこの一回だけだ。
朝に見送った場所までやって来れば、もうクロード達の姿は見えない。柵を設置する組と丸太で道を固める組はまだ見える範囲で作業をしているが、それも想像以上に進んでいる。
予想はしていたが、皆相当張り切っているようだな。




