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回収―5

 馬車の荷台へと乗り込む。後は村から少し離れた位置まで移動し、そこにエステルを連れて来て村へと向かうだけだ。一日で転移を何度も使ったせいで頭が重いが、この程度なら問題ない。


 隣に座ったアイリーンを見れば、眠たそうに欠伸を漏らしている。


 「……おい」


 「どうしたの?」


 何故声をかけられたのか分からないと言いたげな表情でこちらを見てくる。

 いやいや、考えなくても分かるだろ。この状況を見て何も思わないのか?


 「そこに座ったら駄目だろ。誰が馬車を動かすんだよ」


 「馬車を動かすのは馬の役目。私の力じゃ無理」


 「そうじゃなくて、御者台で操縦しろって言ってるんだよ」


 誰が馬車を引けなんて言うかよ。それなら、馬車なんて使わずに、歩いて来たことにする方がましだろうが。


 「馬車の操縦なんてできない。荷台に乗った事しかない」


 言い切るアイリーン。訪れる沈黙。


 俺だって馬車の操縦なんてした事ない。あれ?詰んでる?こんなことならアイリーンじゃなくて、クロードを連れてくるべきだった。


 「主はおっちょこちょい」


 「あー、もうこんなコントみたいなことやってられっか。こうなりゃ、ぶっつけだが俺が操縦する」


 あれだろ?とりあえず鞭で叩いて前に進めば良いんだろ?


 御者台へと移動し、手綱を手にする。アイリーンが隣にやって来たので、少し窮屈な御者台に座り、一つ息を大きく吐き出す。


 「とりあえず引っ張るか」


 どうすれば良いか分からないので、手綱をとりあえず引っ張ってみる。

 ゆっくりと馬が進み出す。ほっと肩の力を抜いて、手綱を緩めて様子を見る。


 歩いた方が早いだろと言いたくなる速度だが、順調に進み続ける。よく分からないが、これで良いだろ。村から離れられたら、なんでも良い。

 難しいことをしないなら、馬車くらい動かせる。


 「……主?」


 「何も言うな。まだ問題ない」


 木に思いっきり擦っているようで、後ろからガリガリと音が聞こえるが問題ない。壊れなければ良いんだ。ちょっとくらい傷がついてた方が旅をしてきた感じがするじゃん。


 それに、手綱を引こうとも前に進むだけの馬に対して、どうすることもできないし。


 「これ、どうやって止まるの?」


 「あ……」


 止まり方が分からねえ。

 手綱を引いても緩めても変わらない馬に、焦りながら手綱を連続で引けば、右に曲がり始めた。


 「おお。曲がった」


 いやいや。今はそんなことがしたいんじゃないんだ。

 動いてくれたのは嬉しかったんで、そろそろその足を止めてください。


 「……ちょっと、手綱持ってて。止まらないから、止めてくるわ」


 一向に止まる気配が無いので、アイリーンに手綱を渡して御者台から降りる。

 少し早足で馬の前に出て、身体強化をして向かってくる馬を突き出した手で受け止める。


 ずりずりと滑るように数メートル押したところで馬も諦めたのか、ようやく足を止めてくれた。


 「よし。アイリーンはそのまま待っていてくれ」


 「うん。いいけど」


 何か言いたげなアイリーンにラポールをかけて転移の詠唱を始める。


 俺は悪く無いと心の中で繰り返していたせいで、無駄に時間をかけて転移が発動した。視界が切り替わり最初に目に入ったのは宙を舞うゴブリンの姿。


 「どういう状況?」


 「後で話すんで、とりあえず目の前のゴブリンを倒してください!」


 飛びかかってくるゴブリンを払いのけながらエトが叫ぶ。

 こいつら、ゴブリン相手に苦戦しているのか。単体だと雑魚だが、集団になると面倒だとはいえ、逃げるくらいはできただろうに。


 倒すとなれば骨が折れるな。アイリーンを置いてきたのは間違いだったか。


 ストレージから剣を取り出そうとしてやめる。とどめを刺す必要はない。動けなくすれば、カデュートとエトがとどめを刺してくれるだろうから、剣を使うよりも素手でスキルを発動した方が良い。


 狙うのは頭か足。

 胴体を狙って耐えられたら反撃をくらう可能性がある。頭を狙って敵の思考を止めるか、足を狙ってバランスを崩せ。


 動き出そうとした瞬間に、自分の中で一つギアが上がったのを感じる。こんな時に必要ないのに、本当に扱い辛いやつだ。


──魔闘術のスキルが発動しました。


 十数匹いたゴブリンを擦り傷一つ負うことなく無力化する。魔闘術ありなら、この程度余裕か。

 大きく息を吐き出せば、頭がズーンと重くなる。今日は少し頑張りすぎた。さっさと帰らないと、途中で倒れてしまいそうだ。


 「これがスタンピードの英雄……素手でもゴブリン程度なら息一つ切らさないのか」


 ゴクリと唾を飲み込む音が聞こえた。

 いやいや、カデュート君。よく見て。今の戦いが原因では無いけれど、辛そうにしてるでしょ。

 それに、"素手でも"じゃなくて素手だからこそ何だよね。俺の場合は。


 反論したいが、そんな余裕もないほどに体が言うことを聞かない。

 こんな状態で転移を使えるのか?

 いや、使えるじゃなくて使うんだ。後一回転移すれば終わりなんだから、気合いを入れろ。


 「転移するから、じっとしておいてくれ」


 だるさのせいで低くなった声にカデュートとエトがびくりと肩を震わせて俺の横に並ぶ。

 心配そうにエステルが覗き込んできたので、大丈夫だと告げて詠唱を始める。


 ふわりとした浮遊感。それと同時に体の力が抜ける。


 「あぶない」


 ほんの少しミスをしていたようで、空中に出現してしまった。そのまま力が入らずに地面に激突すると思ったところで、アイリーンに受け止められた。


 「重い」


 そりゃアイリーンからしたら重いだろう。太ってないとはいえ、61kgはあるんだ。むしろ、よく受け止めたなと言いたくなる。


 そのまま馬車の荷台へと運ばれて寝かされる。

 エステルが心配そうに治癒魔法をかけてくれたので、少し頭がスッキリする。


 「悪いな。魔力の使いすぎで頭が重いだけだ。治癒魔法で少し楽になったから、さっさと村へと行こう」


 ゆっくりと起き上がり、もたれ掛かった状態で声をかける。

 エステルが馬車に乗り込み、アイリーンは二人を連れて行く。少し待てば、ゆっくりと馬車が動き出したのを振動で感じた。


 「転移が使えるのは、一日四回までってところみたいだな。五回目は倒れるの前提になりそうだ」


 「四回も使えたら十分ですよ。本当なら一月はかかるような移動距離を一日で回れるんですよ」


 今回は距離もあったし、多人数での転移に慣れていないというのもあった。慣れればもう少し使えるだろうが、転移をするだけの日にしないとそれ以上は無理だろう。


 ゆっくりと走る馬車の中で、エステルに村の状況を話す。まだまだ何も無い村だけれど、これからどんどん増えていくだろう。計画も含めて話していれば、窓から村が見えた。


 「ようこそ、アスクトへ。これから一緒に頑張っていこう」


 「はい。よろしくお願いします」


 言ってはみたが、恥ずかしくなって二人同時に照れ笑いをして誤魔化す。


 これから一緒に住むのか。勢いで決めてしまったが、どうすりゃいいんだろう。

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