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回収―2

 「今日はどうしたの?」


 ドアをノックしようとする俺の横から聞こえた声に体がビクリと跳ねた。

 横を見れば、にこにことこちらを窺うリーシアが手に水差しのような容器を持って立っている。


 「ちょっと報告と、進捗の確認に……それは?」


 「ああ、これね。貴方が頼んでいた物の改良版よ。思ったよりも良い感じに作れたわ」


 水差しをひっくり返せば、水が重力に従って地面へと落ちる。

 十秒、二十秒と経っても落ち続けるその水が地面に水溜りを作り始めたところで水差しが元に戻された。


 「魔力の再充填もできる改良版の魔石を使った物よ。魔力の再充填時の変換率が三十パーセントと低いのが欠点だけれど、貴方の要求よりは良いわよ」


 変換率が多少悪くとも、俺の魔力ならば問題は無い。むしろ、他の人が使えると思わない程度に悪い方が、独占できるし、市場を荒らさなくて済むから良い。


 「数はどのくらい用意できる?」


 「すぐに渡せるのは三つ。必要な素材がなかなか手に入らないから、量産は時間がかかるわ」


 「三つもあれば十分だ。また作れそうなら連絡してくれれば良い」


 俺がいる間ならば、別に無くても大丈夫な物だからな。俺が出掛けている間や、俺が居なくなった後に必要になるかもしれないだけだ。


 「他の話は中で聞くわ。さあ、入って」


 促されるままに中に入り、出されたお茶を一口飲む。リーシアが椅子に座り、静寂が訪れる。


 「で、どうしたの?」


 お茶が半分ほど無くなったところで、リーシアが最初に口を開く。

 何から伝えるべきか。緊張して口の中が渇く。


 「リピディールに最初の村が出来た。主は頑張ってる」


 「へぇー。それはおめでとう。想像以上の早さだわ」


 さすが、アイリーン。この空気をものともしない精神力は尊敬する。


 「屋敷も村の皆が作ってくれたから、エステル……エステリーナと一緒にリピディールで暮らそうと思うんだけれど、良いでしょうか?」


 なんとかリーシアの目を見ながら言い切ったその言葉に、きょとんとしながらこちらを見てくる。

 ……世の中の男性って凄いな。結婚の挨拶なんてこれの比じゃないだろうに。机の下に隠れている足がそわそわと落ち着かない。


 「ふふふ。わざわざそんなことを報告に来たの? 馬車でも王都でもずっと一緒にいたのに今更でしょ」


 「それでも、今までは誰かが居たし、それに今度は簡単には帰ってこれない距離になるので」


 「貴方がこうやってここに挨拶に来れるのだから、簡単に戻って来れないなんてことはないでしょ? どういう原理で移動しているのかは探りはしないけれども、二人で来たということは、エステルを連れて来ることもできるということでしょ」


 「街道も作る予定だから、馬車でも十日もかからないかもしれないな」


 いつ完成するかは分からないけれども、出来るだけ早く街道は整備する必要がある。

 考えれば考えるほどやることが出てきて、一向に終わる気配がしないのが悲しいところだな。


 「少し時間を取れば会えるのだから問題無いわ。それに、貴方のことは信用しているから、エステルが嫌がるようなことはしないでしょうし」


 「精一杯頑張らせて頂きます」


 どうすれば良いかなんて思い浮かばないが、普通に生活していけば良いだろう。変に気を張る必要も、何かをしようとする必要もないと思う。

 気を張り続けた生活なんて、互いに疲れが溜まっていくだけで、長続きはしないだろうから。


 「どこから聞きつけたのかは知らないけれど、教会に着いた貴方に会いたいとエステルが言ってきた時はどうしようかと思ったのだけどね。貴方が良い人で良かったわ」


 エステルが、ね。リーシアの差し金で無かったとすれば、何処で俺のことを知ったのだろう。噂こそ流れていれど、それだけで会いたいと思うほど興味が湧くとも思えない。

 あの時以前にエステルと会った記憶なんて無いし……そういえば、教会でルークを待っていた時に遠くから黒髪の少女がこちらを見ていたような。

 でも、あれがエステルだったとして、会いたいと思った理由は分からないよな。


 深く考えるだけ無駄だろう。リーシアも知らないようだから聞いても意味がないし。


 「誰か魔力回路についてある程度詳しい人物を貰えないか?」


 「魔力回路ねえ。うちの研究員なら何人か紹介できるけれど、簡単にあげられる人材はいないわね。魔石や魔力に関しては専門的な知識が必要だから、育成も大変だし」


 簡単に手に入るようなら、わざわざリーシアに頼みは俺だってしないさ。

 俺も専門書を見たが、自分で覚えるのは無理そうだったし、スタインに頼んでも当てがなかったくらいだからな。


 「そっちの研究の実験をリピディールの土地を使ってしてもらってもいい」


 場所なら有り余っている。研究施設を作るくらいならしてもらってもこっちとしては問題ない。

 場所が必要な実験だって少なからずあるだろう。リーシアの眉がピクリと動いたのを見逃しはしない。


 「うちから物資を買う時は割引もさせてもらう。それと、新しく出来た村にフリージア教の教会を作りたいから、そちらも頼む」


 リーシアが考え込む。静かになった部屋の中で、自分の鼓動が聞こえてきそうなほどバクバクと心臓が脈打っているのが分かる。


 「それなら仕方ないわね。一人で良いなら、本人が承諾すれば連れて行っていいわ」


 「助かるよ。村の教会の方は建物に時間がかかりそうだが、簡易でも良ければいつでも派遣してくれて大丈夫だ」


 「別に建物なんて、小屋でも大丈夫よ。この小屋も、もともと教会だったのだから」


 何度も補修したり、リフォームしたりしているから面影は無いけれどね。とリーシアは言うが、ここが教会であったという情報が残っているだけでも、大切にされている証だろう。


 「じゃあ、今日は帰ります。また、手が空いた時にでも来ます」


 「たまにはエステルも連れて来てね。これは先に渡しておくわ」


 部屋の隅に用意されていた紙袋を受け取って中を覗くが、目的のものは紙に包まれていて何か分からない。


 「それが、改良版の魔石よ。好きに使って、役立ててね」


 「ありがとう」


 俺が来たということから、これが目的だったのは予想済みってところか。

 どこまで予想済みだったのかは知らないが、今回は俺も損は無いから良いだろう。リピディールはまだまだ土地が余っているし、割引しても取引先ができるだけ良いことだ。

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