屋敷
村の始まりを宣言してから一週間。やる事は何も変わらず、整地と家づくりを皆でやりながら、次に何をやるか考える。
「君の仲間は凄いね。これがあればこれだけ早く作業が進むのも分かるよ」
休む事なく地を均し岩を退けるクロード。草や細い木を切りながら、片手間で水を作り続けるソフィア。森を駆け、剣だけで獲物を狩ってくるアイリーン。
三人とも一つ一つの行動は目立つことではないが、それを続けるのだからフーレが怪しむのも仕方ないか。
これだけ休まずに働き続けようとすれば、本来ならどれだけの魔力が必要なのか。膨大な魔力を持つならできない事はないだろうが、三人が三人ともそれだけの魔力を持っているなんて有り得ないよな。
「働き者で助かります。ポーションの消費は痛いですが、それ以上の成果が出ているので」
カモフラージュ用のポーションと空き瓶が置かれた場所に視線をやる。あの中の半分以上はポーションではなく、ただのジュースであり、定期的に水分補給として飲むように三人には言いつけてある。
それにどれだけの意味があるかは分からないが、少なくともフーレやへレナート達以外には効果はあると思う。
たまに、魔力切れになった奴がポーションを貰って良いか聞いてくるので、その時は本物のポーションを選んで渡しているからな。
「君もそんなに隠さなくて良いのに。別に上に報告する義務も義理も僕にはないからね。僕としてはここをしっかり発展させてくれれば良いだけだから」
何処まで気づいている?
本心だろうが、疑ってしまう笑みをちらっと見て、すぐに視線を外す。
「あれだけの力を持った三人が何の不満もなく君一人の奴隷で居続ける理由があるはずだ。少し見ていればわかるよ」
「ただ、俺を慕っていてくれているだけだ。それに、俺はあいつらを奴隷として扱ったりはしていない」
能力まではバレていないようだ。ただ、疑われた状態が続けば、次第にバレてしまうのは時間の問題だ。
「そうだったね。君達は良い仲間だと思うよ。一方的な関係ではないのは見て分かる」
「そりゃどーも」
「まあ、言いたくなったら言ってくれれば良いよ。僕も隠し事は好きだからね。手の内の全てを明かせとは言わない」
へレナートのもとへと向かう背を見つめ、さっさと帰れと念を送る。いつまでこっちにいるつもりだよ。お前の仕事はないのかと問いたくなる。
フーレの姿が見えなくなってから、ようやく俺も動き出す。
簡易で作られた小屋へと戻り、大雑把に描かれた村の開発予定地図を見る。
整地は八割以上終わっているが、整地だけが進んでいる状況だ。
小屋の数は最低限用意できている。先に東の農業予定地を完成させるか、西の街道を整備するか。
「目先の利益を考えるなら街道だよな」
人の行き来を楽にしないと行商人も来てくれない。買い出しも売りに行くのも俺が転移でするとなると、その間の作業が遅れる。魔力供給源である俺がいなくなればポーションでの回復だけでは効率は落ちるだろう。
それに、あまりに行き来しすぎると、それだけ怪しまれる可能性もあがる。
バラすにしても、転移はあまり簡単には使えないということにしておかないと、便利な道具として使われても困るからな。
地図の北側はクロード達が何やら手の空いた時間に作っているようだから、何かを作るなら南側が良い。
リーシアに頼んでいた物が完成すれば、南側にも手を出さないとな。
北側に何を作るのかにもよるが、東が農作物で西が街道、北側に住居を建てて、南側は商売や息抜きといったところか。
「今、大丈夫ですか?」
小屋の外からクロードの声が聞こえてきた。ふと、視界の中の時計を見れば、小屋に入ってから一時間以上経っていた。
地図を引き出しに仕舞って小屋の外に出れば、クロード以外にも十人程が、俺が出てくるのを待っていた。
「どうした?」
内心バクバクとしながらも動揺を見せないように尋ねる。
待ってましたと言わんばかりに、こちらに来てくださいと弾むような声で言うので、苦笑いしつつ後ろについていく。
クロードの歩いていく方向的に北側の何やら作業をしていた場所のようだ。
出来るまでは秘密と言われ、近づくどころか、遠くから見えないように壁まで作って作業していたので黙って待っていたが、ついに完成したのだろうか。
村の中にそびえ立つ壁の前に皆が待機しており、俺が来るのを待っていたようだ。
何故かフーレまで皆と話しながら待っている。行きたくないと思いつつも、嬉しそうなクロードの後姿を見れば、ここで足を止めるのもどうかと思い、小さく溜息を吐いてそのまま進む。
「お待たせしました。ようやく、中以外は完成しました。せっかく村が出来たので、領主であるご主人様に必要な物を造らせてもらったので、どうぞお使いください」
クロードが手を振れば、土の壁が崩れる。ソフィアが風で土埃を抑え、周りの被害を無くすという無駄に凝った技で壁は取り払われた。
「僕たちからのプレゼントは領主邸です。ここが大きくなっても良いように造ったので、まだ内装は不十分ですが、住むには問題ないようにはしてあるので、今日からこちらにどうぞ」
どこの貴族の屋敷だと言いたくなる出来栄えの領主邸に言葉も出ない。
確かに石や飾りの材料が凄い速度で無くなっていくなとは思っていたが、それにしても用意していないようなものまで使われているのが窓越しに見える部屋の中に確認できる。
「へレナートから連絡を受けてね。貴族の家に見えるように色々持って来たんだよ。余っていた物だから、お返しも要らないし、自由に使ってくれたら良いよ」
やっぱりお前の仕業か。
フーレに連絡をしたというへレナートを睨めば、逆にウインクをされてこっちが視線を逸らす。
周りの善意が辛い。良かれと思ってやってくれているんだろうが、俺の望みはそうじゃ無いんだよな。
だが、屋敷が出来たのは有難い。そろそろエステルもこっちに連れてこないといけないと思っていたから、ちょうど住む場所ができて良かった。
「皆、ありがとう。こんな立派な屋敷を建ててくれていたとは思わなかった。大切に使わせてもらう。だが、これで終わりでは無い。この屋敷に見合った、むしろこの屋敷が霞むような景色をこの場所に作り上げることが、目標だ。皆でこれからも力を合わせて頑張ろう」
ここに俺の屋敷があるから、やっぱり北側を住宅地にすることで問題ないだろう。
エステルに連絡を取ってこっちに来てもらわないといけないな。リーシアにも頼んでいたことの進捗を確認するついでに報告もしないと。
「君は周りの士気を上げるのが上手いね。それが、信頼にも繋がっているのかな」
「このくらいの気遣いしかできないんでね」
「それすらまともにできない奴が多いのが現状だよ。いざ、自分が上に立つと、細かいあらに目がいって小言を挟んでしまうものさ」
俺だって小言の一つや二つ言うことだってあるさ。自分の思い通りにいかないことの方が多いのだから、自然と漏れてしまうものだろう。
「深く考えずに、君は君のまま今まで通りにやると良いよ。それが、周りの為にもなる」
そうしにくくさせているのがお前らだろうがと突っ込みたいが、愛想笑いで返して屋敷の中を見ようと言ってくるクロードに誘われて屋敷へと向かう。




