来訪
どんどんと近づいてくる嫌な気配が俺を逃避から連れ戻す。
近づいて来た音が止んだと思えば、周囲の宴会騒ぎも一緒に止まり、急に静けさが訪れる。
「はぁ……また何かあるのか?」
呟く俺の声に反応する者はいない。
だが、そんな俺を見つけて笑顔を見せる奴がこちらへと向かって来た。
俺への道を空けるように騒いでいた奴らが静かに左右に捌けていく。わざとなのかゆっくりと近づいてくるので、小さく溜め息を吐く。
「ぎりぎり間に合ったかな?」
「何に間に合ったのかは分からないが、これと言ったことは何も無いぞ」
「これだけ騒いでいるのに何もないなんてことはないでしょ。別に悪い話じゃないよ。そろそろかと思って来たけど、騒いでいる声が聞こえたから、皆酔い潰れてるかと心配したんだ」
悪い話じゃないなんて言われても信用できるかっての。
お前達にとって悪くなくても、俺は貴族のことに巻き込まれたりするのは嫌なんだよ。助けてくれるってのなら話は別だが。
「それで何の用だよ」
「そうだね。宴を中断させているのも悪いからささっと本題に入ろうか」
懐からガサガサと何かを探して取り出すフリをしているが、前に立つ俺の位置からは魔法か何かで作られた空間から紙を取り出す様が見えた。
フーレみたいな奴が、そういった魔法かアイテムを持っていないはずが無いから、別に隠す必要も無いと思うんだがな。隠しているようにカモフラージュし、わざと俺に見せることで、このストレージのような能力かアイテムが貴重なものだと告げているのだろうか。俺が同じ系統の何かを持っていることを知っているぞと言わんばかりの行動だ。
「では、読ませてもらうよ。リピディールの森の開拓を命じられた冒険者のケーマには、その功績を讃えてアスクトの名を授ける。さらに、リピディールの地に村が出来たあかつきには、その土地を治める証として准男爵の称号を与える」
「は?」
素っ頓狂な俺の声と同時に今まで黙っていた周囲が再び騒ぎ始める。
新たな貴族の誕生だ。初めて作った村の発展に関われるなんて相当な名誉だ。様々な声が飛び交う中、俺の思考は見事に停止していた。
え?こんなに早く貴族の仲間入りをしてしまうのか?
村もまだまだなのに、貴族としての仕事や付き合いをする余裕は俺には無いぞ。
「大丈夫だよ。王からの言葉はまだ続きがある。ただし、リピディールの森の開拓が一段落するまでは、貴族の責務を免除することとする。ちなみに一段落というのは、町と呼べるレベルのものが出来たと判断された時のことね。この免除は今日から五年が経った時が期日となるから、それまでに町が出来なければ開拓と責務の両方をしてもらわないといけなくなるよ」
……普通に厳しいじゃん。町が出来たらってのは分かる。だが、五年で完成というのはかなり厳しいだろう。
地球とは環境が違うとはいえ、安定した農作物の収穫が出来るようになるには少なくとも何年かかかる。
それに、今は開拓資金としてもらった報酬を使っているが、それもいつまでも持つものではない。何か金になるものを作り出すか見つけ出さないと、開拓をする余裕なんて無くなり中途半端な村のまま発展が止まってしまう。
それでも、受け入れるしかないのが命令ってものだろう。
俺に出来るのは、この中でどれだけの結果を残せるのか努力するだけ。
これだから、社会ってやつは嫌だよな。俺はただ楽に生きたいだけなのに。
「この調子なら問題なさそうだけれどね。土地があるからやりようはいくらでもある」
短期的に持たせるだけならやりようはあるだろうが、長期的に安定させるのが難しいんだよ。
そっちが、どういうものを望んでいて、どれくらいの期間を考えているのかが分からないから、こちらとしては中途半端なものは作れないんだよな。
「今は難しく考える必要はないよ。村がすでに出来ていただけでも予想以上の結果だ。困ったことがあれば、こちらからも人を貸すからいつでも言ってくれれば良い」
「必要になったら頼らせてもらう」
頼れば頼るほど、貸しが重くなりそうで嫌なんだよな。
だからこそ、対価として金を出せば良いスタインのような商人というのは有り難い。フーレにしろリーシアにしろ、いつ無理難題を突きつけられるか分からないのが怖い。
「さて、せっかく村が出来たのだから、村の名前を考えないとね。こういうのは先延ばしにすればするほど面倒なことになりやすいから」
「村の名前……ねぇ」
今は良いが、リピディールに村が他にも出来た時には名前がないと面倒なことになる。方角とかで呼び分けることもできるが、それはあまりにも安直過ぎるし、数が増えれば増えるほどややこしくなる。
名前と言われてもな。こちらの世界の慣習も分からないから、どうするのが良いか分からない。
ちらっと周りを見渡せば、クロードが何か言いたげな表情でこちらを見ていた。
「せっかくだし、村づくりの功労者であるクロードに付けてもらうことにするが、皆良いか?」
俺の言葉に異論はないようで、盛り上がるという形で返事をしてくれる。
後から来た人達も、クロードの頑張りというのは少なからず見ているから、この決定に反対するような奴はいない。
自分で考えるのが面倒だったから、反対する奴がいなくて良かった。クロードも嬉しそうだし、これで問題はないだろう。




