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井戸

 リピディールの森の一区画。森全体からすると一割どころか、その十分の一にも満たないような広さだが、それでも十分な広さの土地。

 そこにあるのは村とも呼べない十程度の小屋だけ。それも、突貫で作ったから雨や風はしのげるが、生活するには手狭なもの。家族で暮らすにはこの倍は広さが欲しいだろう。六畳一間、廊下も何も無し程度の広さでは一人でも狭いと言いたくなる。


 それでも、完全な手つかずの地から、たった二ヶ月程度で人が住んでいると思えるような姿へと変貌した目の前の光景に、少し感慨深いものがある。


 「……ようやくか」


 「ここからが始まりですからね」


 俺の呟きにソフィアが続ける。

 そうだよな。まだここまでは土台を作っていただけだ。ここから、ここがどう変わっていくのかが問題なのであって、今はまだ満足するような時ではない。


 全員の視線が井戸の方へと向けられている。イコア達を先頭に、スタインが連れてきてくれた職人と村人候補の十名程が支えるロープの先は、井戸の中へと続いていてゆっくりと下へと降りていく。


 「ここで大丈夫です! 合図したら引っ張って下さい!」


 井戸の底から響く声。ロープを強く握りしめながら、皆が合図を今か今かと聞き逃さないように息を殺して待っている。

 ぐいっと魔力が吸い取られる感覚。

 イコア達の見立てでは五分もかからないということだが、緊張して待っていると一秒一秒がかなり長く感じてしまう。


 ガリガリと削るような音だけが聞こえてくる。心配そうにフェノが井戸の中を覗いているが、下の方は暗くて見えないだろう。


 「あ!」


 誰かの息を飲み込む音が聞こえたのと同時にクロードが何かを発見したような声を出した。



 しばらく静寂が辺りを包む。クロードの次の声をまだかまだかと皆が息を殺して待つ。

 それ程時間は経っていないが、長く感じるその時間をクロードの声が打ち破る。


 「引き上げて下さい!」


 クロードの声とともにロープを思いっきり引っ張っていく。思いっきり引っ張られたせいで、井戸の石壁にぶつかる音を何度か立てながらロープに括り付けられたクロードが姿を見せる。


 慌ててクロードのもとへと駆け寄れば、クロードは抱えていた筒を俺へと差し出して笑う。

 筒を受け取って、わしゃわしゃとクロードの頭を少し乱暴に撫でてやる。


 「よくやったな、クロード」


 俺の後ろで様子を窺う皆へと振り返って筒を掲げ、ゆっくりと中に入った土混じりの水を地面へと垂らす。


 ただの水。

 何も目新しいことなんて無いが、これが全ての始まりと言ってもいいだろう。


 「まだ水質はしばらく悪いだろうが、何はともあれ井戸が完成した。皆のおかげで雨風の凌げる家も、生きていくために必要な水の確保もできた。まだまだ不便なことだらけだが、ここに村ができたことを宣言する!」


 どっと湧く皆を見てほっと息を吐く。

 ここにいる皆がしばらくこの村に住むことになる。どれくらいの人がこのまま残ってくれるかも分からないし、どれくらいの人がこれから増えていくのかも分からない。

 ただ、水が手に入るようになったとは言え、まだまだ足りないものが多いこの場所で、村をしっかりとしたものにしていくのは大変だ。


 「異世界に来てまで、こんな村づくりの初歩の初歩からやっていくことになるとはな」


 俺が一人で空を見上げていると、周りで皆が何かを始めようと準備をしている。

 誰がいつから用意していたのか分からないが、いつの間にか用意されていた料理とお酒が運ばれてくる。ソフィアが酒と食事を俺のもとまで持ってくると、視線が俺の方に集まってきたのでコップを持ち上げて一言告げれば少しばかりのお祝いが始まった。


 井戸に水が出てきたが、使えるようになるまではしばらくかかるだろう。水が綺麗になるまでは飲食には使えないから、ソフィアには引き続き頑張ってもらわないとな。

 食料に関しても、狩りと俺が買ってきた食材で余裕はあるが、農作物も少しはこちらで作らないといけない。職人ではなく、村人候補としてこっちに来てくれた人達には農業をしてもらうか。


 皆が楽しそうに騒いでいるのを見ながら次の計画を考える。

 頼れる場所も沢山あって、皆のやる気もある。普通ならできないことも、俺のスキルと周りの力でなんとかなるというこの状況だと、こうして計画を考えたりするのも楽しいもんだな。


 ソフィアが持って来てくれたお酒に少し口を付け、アルコールと臭いのきつさに苦笑いしてしまう。



 息を吐き出して、空を見上げようとした時に、視界に見たく無いものが映ったので、そのまま無視して空を見る。


 ああ、今日も良い天気だ。

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