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もう少し

 森に慣れてしまったのか、人混みに酔いそうになりながらも目的の場所へと向かう。歩く距離はほんの僅かでしかも安全だというのに、疲れた気がする。

 商店街の中でも目立つライナー商会と書かれた大きな看板を目印に店まで来れば、すでにスタインが店の前に立っていた。

 予定の時間には、まだ三十分はあるというのに随分早くから待っていたようだ。店に入ってくる客の相手もしているようだから、俺を待つためだけというわけではないようおしwだが。

 スタインが話をしていた客らしき女性が店の中に入っていったのを確認してスタインのもとへと行く。


 「悪いな急に呼び出して」


 「金になる話ならどんとこいってとこよ。で? 今回はどんな話を持って来たんだ?」


 「すぐに言うから、せめて場所を移動しないか? ここじゃ人が多すぎておちおちと会話もしてられない」


 さすがにこれだけの大きさを誇る商会だけあって、客の出入りも半端じゃない。こんな場所で突っ立って話していたら、邪魔だと怒られても文句は言えない。


 「じゃあ、ついて来い。中の部屋を借りよう」


 ずかずかと中に入っていくスタインについて行く。

 関係者以外立ち入り禁止と書かれた扉を躊躇なく通り、階段を上る。


 目的の部屋らしき場所に着いたスタインがきょろきょろと辺りを見渡す。

 何かを探しているのかと思えば、通りかかった職員らしき女性にしばらく部屋を使うとだけ言って中へと入っていった。


 どういう立場なんだと問いたくもなるが、早く話せとばかりに椅子に座ってメモを用意しているので、仕方なく先に用件を伝える。


 「石とそれを加工できる人材。木材の加工と簡単なものでも良いから建築ができる人材。少なくても良いから早めに探したいんだがアテはないか?」


 「石ならここで用意できる。職人に関してはアテはあるがリピディールまで行ってくれる奴がすぐに見つかるかは分からん」


 それは仕方ないだろう。数ヶ月は今の場所を離れないと行けないから、着いて来てくれる奴がいるだけでもラッキーだ。人を探すあてなんて、スタインかリーシアかフーレしかいないが、リーシアとフーレは見返りが面倒だ。


 「とりあえず、声をかけてみるから一週間後にまた来てくれ。石はすぐに渡せる分は渡しておこうか?」


 「頼む」


 他にも必要な物を伝えて、それらを集めて来てもらう。ストレージと転移が無ければ、これも数週間かけてリピディールまで運ばないと行けないんだから本当に便利だな。



 「リーシアに頼んでおいたやつは出来そうだった?」


 「そうですね……まだ進展は無さそうですね。ただ、お母さんがあれだけやる気になっているのは珍しいので、何かしらの成果は上げてくれるはずです」


 やっぱり、すぐには見つからないか。

 あれば嬉しいだけだから、最悪見つからなくても問題はない。宝くじを買った気分で待つことにしよう。


 スタインが帰ってくるまではただ待つだけなので、互いに最近の出来事を話し合いながら時間を潰す。

 三十分程待っていれば、スタインが紙の束を抱えて先程廊下で見た女性とやってきた。


 「これが言われた物の一覧と取引用の契約書だ。目を通して必要ない物は省いていってくれ」


 目の前に置かれた紙の束は、中を見る気も起きない。ちらっと目を通して問題なさそうなことだけ確認して、スタインにこれで良いから全部もらうと伝える。交渉すればもう少し安くなったりはするだろうが、スタインが俺に吹っかけてくることはないだろう。長期的に付き合いができると分かっているのだから、わざわざ関係を悪くするような下手な手は打たないはずだ。


 「じゃあ、物は倉庫の方に用意させているから、この後見に行こう」


 やる事が早いなと思いつつも、商人としてやっていくなら機を逃さないためにもこのくらい必要なのかなと考えてしまう。

 俺には商人は向いてないな。ゆったりとやりたいことをやっていたい。そう考えると冒険者って良かったなと思ってしまう。



 命はかけたくないけれど。


 「それで、そちらの女性は誰ですか?」


 何の説明も無しに連れてきて、何も説明せずにその場にいるだけの女性についてエステルが尋ねれば、忘れてた言わんばかりに後ろを見て納得する。


 「こいつはリール。普通の買い物なんかの用はこいつに言ってくれれば対応してくれるから」


 「リールです。よろしくお願いします。スタイン様のお得意様ということなので、できる限り色をつけさせてはもらいます」


 大人しめで髪が目を殆ど隠してしまっているせいで表情はわからない。ピンクの髪というのにも慣れてしまっているのが、この世界に馴染んできた証のようにも思える。

 黒髪って少ないからな。と横をみれば、エステルもたまたまこちらを見たようで視線がちょうど合わさる。なんだかんだ言って黒髪が落ち着くのは、俺の趣味なのか、それとも日本人だからなのか。


 「こいつは接客なんかは苦手だけれど、処理能力は高くて優秀だから、どんどん注文つけても大丈夫だ」


 わざわざ連れてくるくらいなのだから、能力に文句をつけるつもりはない。

 これだけ力のある商会と繋がりを持てたのは、本当に運が良かった。俺としては商人にほんの少しだけでも繋がりを持てればと思っただけだったのだが、使えるものは使わしてもらおう。


 スタインの案内で倉庫へとやってきた。

 さすがに、これだけの規模の商会となると、倉庫の大きさも半端ではない。地下に二フロアと地上に三回建て分の系五フロア。

 全てが倉庫としてだけ利用されている訳ではないが、それでも広い。


 倉庫の一角に、他とは分けられて置かれている大量の荷物。

 あれが、俺のために用意してくれたものだろうな。石やら何やら頼んだせいで量が半端じゃない。


 「どうする? 金さえ出してくれるなら人を集めてリピディールまで運ぶが」


 持って帰るなんて言える量じゃない。石なんて入ってるせいで重さとしては1トンなんて優に超える。

 普通なら持って帰ることなんて出来ない。


 だが、ストレージがあれば話は別だ。


 「あれだけ入るかは分からないが、マジックバックで入れられるだけ入れて帰るよ」


 そう言って、ダミーのカバンを腰から外して見せる。

 ストレージには大量に物を入れられる。今まで限界に到達したことは無いが、もしかしたら限界があるかもしれない。


 少し緊張しながら荷物をカバンに押し込んでいく。石は重くて持ち上げられないのでカバンを押し付けて入れたように見せながら、どんどん中に入れていく。


 荷物の山がその姿を殆ど失い、残りは台車一台分程になった時に異変が起こる。

 ストレージの中に入れようとした瓶が手から滑り落ちてそのまま地面にぶつかり割れた。


 「え?」


 「怪我はないか?」


 心配してくれているスタインの声に生返事で応えることしかできない。突然の出来事に動揺して立ち尽くしていると、リールが掃除道具を持ってきて瓶の破片を片付けてくれる。


 「大丈夫ですか?」


 片付けてリールを見ながら、頭の中では原因を考えていれば、エステルも心配になったのか覗き込んできた。


 「ああ、大丈夫だ。多分ストレージがいっぱいになって、中に入らずに落ちてしまったんだろう」


 そうとしか考えられない。ストレージへの荷物の出し入れには魔力を使うが、俺の魔力は全く問題ない。

 ストレージを上手く開けなかったからということも考えられるが、あの時は落ちていく瓶を見て、慌ててもう一度開こうとした。


 実質、二回連続で失敗しているのだ。それが、単なるミスとは思えない。


 試しにストレージを開くが、問題なく開けた。エステルが持っていたハンカチを借りてストレージに入れようとしたが、入らずにひらひらと地面へと落ちていく。


 やはりストレージにも限界というものはあるか。

 ゲームでもアイテムが無制限に持てるものなんてない。システム上で手に入る全てのアイテムを持てたとしても、バグやチートで増殖させれば限界が来るかエラーが起こるのが普通だ。

 本来持てないはずの量を持てるというだけでも十分凄いのだから、むしろ限界があってくれてほっとしたくらいだ。


 「残りは台車にでも積んで教会に持って行っておいてくれ」


 リピディールに戻って荷物を取り出してから、エステルに残った分をストレージに入れてもらえば良い。

 それが無理そうだったら台車毎転移するか、俺がもう一往復すれば良いだけなんだし。


 スタイン達に礼を言って商会を後にする。急いで帰っても残りの荷物を取りに戻ってこないといけないので、時間潰しも兼ねて広場のベンチに座って果実ジュースを飲む。


 「私はいつまでこっちにいればいいんですか?」


 ぽつりと呟くように言ったエステルの言葉が胸に刺さる。

 ラポールがあるから王都に残ってもらっているが、一人で待っているのは寂しいだろう。俺達としても開拓であれこれやったり考えたりしているから、エステルにこまめに連絡を取ることはできていない。


 ラポールの使える数が決まっているのが辛い。もっと使えるのならエステルを残す必要も無いのに。


 ラポールは一つ分だけ余裕がある。それを使ってエステルを連れて行くか?

 だが、せっかく目をつけておいた一つだ。手放すのはおしい。

 エステルと比べるのなら手放すべきだろうが、今すぐにエステルを連れて行くよりはもう少し残ってもらっていた方が動きやすいのも確かだ。

 スタインとリーシアに転移について話せば、別に残っていようが関係無いが、手札を無駄に切ってしまえば付け入る隙を与えてしまうようなものだ。あの二人がどこまで味方でいてくれるのか分からないから、もう少し残しておきたい。


 「もう少し待っていてくれ。スタインに頼んだ職人と国や教会が寄越してくれる人達でリピディールに家を建てれたら、その時は向こうで一緒に住もう」


 今のテント暮らしの状況にエステルを連れて行くのは気がひける。

 家ができるまでにどれくらい時間がかかるかは分からないが、掘っ建て小屋程度なら一ヶ月あればできるだろう。


 そのための材料はスタインに頼んだし、後は建築の知識がある奴が来てくれれば良いだけだ。

 簡単な小屋くらいならイコア達が作れそうな気もするが。


 「約束ですからね」


 「ああ。出来るだけ急ぐよ」


 ラポールの効果とエステルが王都にいることでの利点はすぐに手放すのは惜しいが、エステルと一緒に住むのが嫌なわけでは無い。

 むしろ、遠くにいる方がいろいろと心配になるから、一緒に住むのは賛成だ。


 意外と今の環境が気に入っているのかもしれない。エステルといる時間、ソフィアやアイリーン、クロードといる時間というのは俺の中で楽しみになっている。


 「でも、無理はしないでくださいね」


 心配そうに覗き込んで来るエステルの頭を優しく撫でる。


 「大丈夫だよ。嫌になったら逃げて来るから」


 「そうですね。辛くなったらいつでも来てください」

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