転移
ソフィアが焚火の準備をしながら、へばっているクロードに魔法で風を送っていた。ソフィアもだいぶ器用に魔法が使えるようになってきたな。セトラに魔法を見せていたあたりから、コントロールに力を入れているようだった。それも、自身の魔力量が一般の魔法使いに比べて低いからだろうか。
コントロールが上手いのは有難い。日常で使ってもらうには、威力が必要になることなんてそうそうない。それに、魔力量も少しずつ増えてきているし、近くにいれば魔力譲渡で問題ない。
二人の近くまでやってくれば、二人とも立ち上がって俺の方へと寄ってくる。
「二人ともお疲れ様。今日はもう休んでおいていい。ただ、イコア達に井戸の作成を頼んでいるから、手伝いを頼まれたら力を貸してやってくれ」
「はい。ご主人様はどうされるんですか?」
「俺はちょっと買い物とリーシアに頼みごとをしてくるから、今日は夜まで戻って来ない」
あー……俺が離れるとなると、二人とも魔法の使用がかなり制限されるのか。井戸の方の手伝いもあまりできないな。
さっき言ったところだから、そんなにすぐに手伝いが必要になることはないか。
それに、クロードは見ての通りバテバテだ。この状態に鞭を打ってまで今日やらないといけないことはないから、今の余力で無理なことを頼まれたら明日にしてもらうか。
「ソフィアにラポールをかけておく。ソフィアはラポールで問題ない程度の手伝いなら力を貸して、無理そうなら体調が優れないから明日にしてもらうように言ってくれ。クロードは休んでおくように」
「はい。では、お気をつけて」
笑顔で俺を見送るソフィアとは裏腹に、クロードは何もせずに休んでおくことに気がひけるのか気落ちした表情を浮かべる。ここまで十分に働いただろうが。
俺はブラックな環境で働かせるつもりはないぞ。適度な休息は誰しも必要なんだから、一日くらい休んでおけ。
まあ、余裕が無いからホワイトとは行かないだろうが、仕事と休息のバランスくらいは少しは考えないと使い潰すのも勿体無い。
一人で森の奥へと進み、誰もいない川の近くで立ち止まる。
息を吐き出し、体の力を抜いてリラックスする。
今まで練習してきたことをやるだけだ。練習では成功している。距離が長くなっただけなんだから出来るはずだ。
目を閉じて集中する。自分の鼓動の高鳴りを感じながら、もう一度息を大きく吐き出す。
──共通語習得スキルをオフにしました。
思い浮かべるのはエステル。今は王都にいるエステルの姿を頭の中に浮かべれば、その周囲の景色が頭の中にぼんやりと浮かんでくる。
これがラポールの力か。今までは場所を確認してから使っていたが、今回は遠すぎて確認も出来ない。
だが、ラポールが教えてくれる景色が俺のイメージを助けてくれる。
後は、このまま間違えずに唱えるだけだ。
一言一言、ゆっくりと声にしていく。どれだけの時間が経っているのかは分からないが、俺の体感ではかなりの時間が過ぎたような気がした。
「──移るは我が身、距離の壁を超え、空間は繋がる 転移」
体が浮かぶような感覚。少し酔いそうになる揺れが襲ってくるが、すぐにそれは無くなり、体に重さが戻ってきた。
「お疲れ様です。ケーマさん」
聞こえてきた声で転移が成功したことを実感する。
ゆっくりと目を開けながら声の聞こえた方に向く。
「遅くなって悪かった。少し集中するのに時間がかかってな」
「初めての長距離転移なので仕方ないですよ。成功して良かったです」
事前に連絡をしておいたから部屋で待ってくれていたエステルを連れて先に用事を済ませにいく。
「やっぱり転移は便利ですね。馬でも数日かかる距離が一瞬で移動できるなんて」
「そうだな。これがあれば辺境での暮らしも随分楽になるだろう」
ただ、使ってみて分かったが、普通はおいそれとは使えない魔法だ。
俺のかなり多い魔力量と異常な回復速度が合わさってようやく普通に使える魔法だ。転移する時に使用する魔力量が尋常じゃ無い。近距離の転移ではここまで消費は多く無かったから、距離が影響するのか、転移する場所に影響するのか。
ある程度魔力が多い奴なら数キロ程度の転移は使うことはできるだろうが、一日に二回も発動できる奴は数えるくらいだろう。あの迷宮にあった転移陣もそうだが、転移にはかなりの魔力が必要なのは間違いない。
それでも十分に魅力的な魔法だが、こんなに消費が多いと練習もままならないから、習得はかなり厳しいだろうな。
魔力を大量に使おうが俺にとっては関係がないので別に良いんだがな。




