リピディール
山の中腹辺りを通り、数日かけてようやく山の反対側が視界に映る。
地面を埋め尽くす一面の木々。優に数十キロはある広大な森こそが、俺達の目的地であるリピディールの森だ。
「広いな……」
地図でも大きさは確認していたが、実際に目の当たりにすると、想像をはるかに超えていた。森を全面開拓すれば、王都やフリージアよりも大きな街を作ることすら余裕でできそうだ。
これだけの大きさの森の、何処から手をつけるか。考えるだけで頭が痛くなってくる。
「これだけの土地を放置していたなんて、勿体無いですね」
クロードの言う通り、これだけの土地があれば色々なことができるだろう。森の木を切るだけでも木材の確保はできるし、森で手に入れることのできる素材なんかも大量に放置されているのだ。
それだけ、人手が足りないということと、王国の経済には余裕があるということだろう。魔の森や迷宮から素材は手に入り続けるし、土地という点でもまだまだ有効利用できる場所は残されている。
それに、俺がこんなことをする原因にもなった発展の停滞のせいで、素材を使う機会自体が減っている。
新しい技術や道具が開発されれば、どんどんとそれを使っていくのが普通で、そうすることによって物は消費される。消費されれば素材が必要になり、供給を増やすためにも開拓が必要となる。
このサイクルが今は回っていない。新しい何かが出来ても、現状を変えたくないと貴族達がそれを一定以上は下に与えないせいで、人々は今まで通り生活している。
人々の情報網の狭さ、物流の不安定さ、そして貴族の力。
上手く悪い方に噛み合って、変化が殆どない安定した毎日が作られている。安定は良いことだが、それはこの国だけであった場合だ。他国は発達しているのにこの国だけ遅れている。そうなれば、人が離れるか、他国から侵略されてしまうだろう。
「ちょうど真ん中の辺りに湖があるね」
「本当だ! あの辺りが良さそうじゃん」
「とりあえず、湖の方へ行って見ないか?」
フーレの隊から俺について来た三人。小柄でふんわりとした性格のロコル、少しチャラい感じのフェノ、ガタイの良いまとめ役のイコアが順に俺の方を見て来る。
この三人。髪の色が青、黄、赤と信号機カラーだし、身長も順に高くなっていて、覚えやすい。そのせいで、ふいにこうやって並ばれたりすると、笑いそうになってしまうんだが。
「水場にはある程度近い方が良いから、湖に向かって進んで、開けた場所を見つけたらそこを最初の拠点にしようか」
「それが良いですね。早速行きましょうか」
へレナートが歩き出す。その後ろを俺とクロードが歩き、その後ろにソフィア。そして、一番後ろを信号機トリオが歩く。
今回、エステルは王都で待機してもらっている。ラポールによる連絡で必要な物を手に入れてもらうために誰かを残す必要があったから、一番しっかりしているエステルに残ってもらいスタインにも紹介しておいた。
物資に関してはこれで問題ない。
人に関しては、フーレが後から追加の人員を寄越してくれるので、それまでに俺達で場所の確保とある程度の整地をしておかないといけない。
こっちはそこそこ頑張るから、さっさと貴族をどうにかして住みやすい国を作って欲しいものだ。
森の中というのは、まとまって動くには行動しにくい。特にこの森は人が全く手をつけていないせいで、何があるか分からないため慎重になってしまう。
俺達だけなら突っ込んでいくが、へレナート達が警戒してくれているから先に行くこともできない。
どうせ、俺の索敵能力なんてへレナート達に比べればしょぼいので、ぼーっとしながら歩いていると急に足が止まる。
「どうした?」
俺が尋ねた言葉にへレナートが答えるよりも早く、イコアの長剣が伸びてくる。
俺のすぐ横で金属がぶつかる音が鳴り、何かがその場に現れた。
「むぅ。いきなり剣を出されたら危ない」
「おお、嬢ちゃんか。悪い悪い。凄いスピードだったからついな」
むすっとした表情でアイリーンがイコアを見る。
いやいや、お前が全速力で突っ込んで来たのが悪いんだぞ?イコアはしっかりと自分の役割を果たしただけなんだから。
「すいません。この馬鹿のせいで驚かせてしまって」
「大丈夫だ。弱い魔物ばかりで退屈していたから少し気が引き締まって良かった」
「デカイのもこう言ってる」
お前は黙ってろとアイリーンの頭を押さえつけて、頭を下げさせる。
こいつ、本当に悪いとすら思ってないな。
「それにしても早かったな」
アイリーンには山の途中から別行動して周囲を見て来てもらった。
魔力はどれだけ使っても良いと言ったからか、馬鹿みたいに疾風迅雷を連発しながら全力で駆けて行ったので、すぐに戻ってくるかと思ったが、その予想以上の早さで戻って来たな。
「見た限り雑魚ばっかりだった。真ん中くらいまでしか行ってないけど、問題なさそう」
アイリーンの言う雑魚というのがどの程度のものかは分からないが、アイリーンが軽く倒せるのならへレナート達も問題ないだろう。
これなら、魔物が出ても俺は戦いに参加しなくて良さそうだ。
「いっぱい走ったから疲れた。主、背中貸して」
「ちょっ……おい!」
許可どころか返事をする間も無くアイリーンが背中に飛び乗ってきた。
……重い。せめて剣とかは仕舞ってから乗れよな。
アイリーンの剣をストレージへと仕舞って仕方なく背負う。
魔力の消耗というのは、俺の魔力譲渡で回復しても疲労感が残る。それを連続で行ったのだから、クタクタになるのも分かるが、それならそうとペース配分を考えろよな。




