こんな報酬
「うむ。では、報酬を告げる。一つ目は、スタンピードを止めた功績を称え、二等勲章を授与する」
詳細を聞かされていなかったのであろう、端の方にいる貴族達が再び騒つく。王の近くにいる奴らは聞いていたのか、反応を示すことは無く、むしろ他の貴族や俺の反応を観察しているようだ。
二等勲章。それが何を意味するのかはこの国の知識に疎い俺には分からないが、なかなか破格な報酬であるようだ。
「王よ! 二等勲章など、簡単に冒険者なんかに与えて良いものではありませんぞ!」
一人の肥えた貴族が我慢できずに飛び出す。すかさず、騎士に押さえつけられるが、一応貴族ともあって、騎士も軽く押さえているだけのようだ。
「何が不満かね?」
「二等勲章を与えるということは、権力的には貴族の末席に名を連ねるのと同じこと。簡単に冒険者なんかに与えて良いものではありません」
はいはーい。俺もそんなもの要らないです。
そんなの貰ったら無駄に注目されるし、何かとかこつけて面倒なことをさせられそうだし。
「スタンピードを止めることが、どれだけ大変か分かるかね? 規模的に小さく、場所が迷宮都市という冒険者の多い場所だったから放っておいても他の者が止められたかもしれないが、刻一刻と進化していくスタンピードをあのタイミングで止めていなければ、少なくとも十倍の被害は出ていただろう」
それは言いすぎじゃね?とも思うが、皆そう言うからそうなんだろうな。スタンピードの成長速度なんて知りやしないが、相当なものなんだろう。
「迷宮都市で産出される魔石や迷宮産のアイテムがどれだけこの国に影響を与えているかは、貴族ならば分かっているだろう。そこに甚大な被害が出るのを未然に防いだとなれば、二等勲章は妥当な報酬だとは思わんかね?」
「くっ……そう思います」
反論もできずに戻っていく貴族の背中に、もっと粘れよと視線を送る。
今のやり取りを見て、他に反論する奴は出てこない。
「では、二等勲章を授与させてもらう」
「有難き幸せ」
何やら書状のようなものを読み上げ、俺のもとまでやってくる。大臣らしき人物が横から渡した黒の下地に銀色の刺繍のされたような勲章が、俺の左胸へと差し出される。
「ゼスフォード・クロイツの名において、ケーマに二等勲章を授ける」
何が起こったか分からず、呆然と立ち尽くす俺をおいて王は戻っていく。
勲章自体が魔道具なのか?俺の左胸に付けられた勲章は確かにあの瞬間、俺の魔力を少し奪った。
「勲章は他者に奪われぬように魔法陣が刻まれている。王の名のもとにおいて以外、人に奪われることも譲ることもできない」
どういうことか分かっていなかった俺に対して、大臣らしき人物が説明してくれた。
魔力による認証ね。こんなの奪われたら悪用され放題だし、そこらへんの対策がされているのは有難い。
「次に二つ目の報酬を」
今度はフーレが何やら丸めた紙のようなものを王に渡す。
「二つ目の報酬はリピディールの森だ。これは報酬でもあり、依頼でもある。リピディールの森の権利を譲渡する代わりに、リピディールの森の開拓を行うことを命ずる」
森?森を丸ごと貰うということなのか?
開拓をするということは森をもらって、そこに村や町を作る。もしくは、その土地を有効利用できる何かを作るか見つけるということだろう。
……いや、無理だろ。人手が足りなさすぎる。それに、そんなことできるほどの力を俺は持っちゃいない。
「また、開発予定地の警護の為に、騎士団三番隊より人員の派遣を行う。人選に関しては隊長であるフーレドリヒの判断に任せる」
「はっ! 開拓の力になれるよう、しっかりと選ばせていただきます」
フーレが頭を下げる前にこちらを見た気がした。
このために、へレナートに合わせて、へレナートを俺につけると言っていたのか。お目付役程度にあんな優秀そうな奴をつける気がしれなかったがこういうことだったのね。
俺がひっそりとフーレに隠していたことに対する恨みの視線を送っていれば、王がもう一つ爆弾を落とす。
「リピディールの森の領主として開拓に励んで欲しい。その働きに応じて追加で報酬を与えよう」
騒がしくなる謁見室内を無視して王はその場を後にする。
どうなっているのか、どうすれば良いのか分からず立ち尽くしていると、退室するように告げられたので、早足で逃げるように謁見室から出て行く。
「少しここでお待ちください」
俺についていた騎士にそう言われて、謁見室を出た所で立ち止まる。壁にもたれかかり、深く息を吐きだして力を抜く。
……いや、まじで意味わからん。
とりあえず、リピディールの森とかいう所を開拓すれば良いんだろ?で、その開拓はフーレが手伝ってくれるから、アドバイス貰いつつ適当に頑張れば良い。
開拓が終わればまた報酬が貰えるそうだけど、それに関してはどうでも良い。
フーレが冒険者として活動はしなくなると言ってたのは開拓とかをするからだろう。そうなると、開拓を終わった後は俺がその場所を管理するのだろうか?
もしかして次の報酬って──
「待たせたね。疑問に思っていることもあるだろう。今後の話もあるから、ゆっくり話せる場所……君の仲間にも聞いておいてもらった方が良いから君達が泊まっている部屋に行こうか」
フーレがやってきて、何やら部下に指示を出す。歩き出そうとするので、このまま部屋に行くつもりなんだろう。部下には荷物でも取りに行かせたのだろうか。
「……ちゃんと話せよ」
「はは。もう隠す必要も無いからね。はぐらかすつもりも無いよ」
「さて、どこから説明しようかな。気になるところがあるなら先に質問してくるかい?」
俺達の泊まっている部屋に椅子やテーブルが運び込まれ、フーレとへレナート、さらに知らない三人がやってきている。
先にそいつらの紹介でもしろよと思わなくも無いが、どうせこの後で紹介してくるだろうし、今後しばらく一緒にいることになるんだろう。
「まず、リピディールの森って何処で、どんな所だ?」
「リピディールの森ね。場所でいうとこの辺り。王都から北西に行った所にある本当に手付かずの森だよ。戦争で手に入れたのは良いけど、立地の悪さと手が空いている人材がいなかったから放っておかれた感じだね」
テーブルの上に広げられた地図。フーレが指し示す場所を見れば、王都からは山を越えないといけなく、山を迂回して行くにはかなり遠回りをする必要がありそうだ。隣の領地との境には大きな川が流れていて、そこを通るのも大変だろう。
手付かずになったのも納得できる。だが、それを報酬として押し付けてくるなよな。
「なんで、こんな扱い辛い場所を戦争までして取ったんだよ……」
「ここは川を上手く越えられると相手に陣取られる可能性があったからね。確保したけれど、警備に割く人員で手一杯だったというわけさ」
地図を見る限りはかなり広そうだもんな。侵入できるのが川からだけだったとしても数キロくらいは警備しておかないといけないだろう。
「こんな所、俺みたいな冒険者にポンとあげて良いものじゃないだろ」
「そうだね。でも、その為に僕が君に会いに行って問題ないか確認したんだよ。それに、リピディールの森は少なからず魔物なんかもいるから、自衛できる人じゃないと現場で指揮は出せないから、冒険者に与えるのは悪くない選択肢だと思うよ」
Sランク冒険者には声をかけたけど、彼らは命令されるのも、一ヶ所縛り付けられるのも嫌だと言ってね。と溜息まじりにフーレが言う。
Sランク冒険者なんて実力もあるし、仕事には困ってないだろう。そんな奴らに言っても断られるのは目に見えてる。
それなりに功績があって、実力はそこまで高いわけじゃない冒険者……完全に当てはまるな。だから、俺が選ばれたというわけか。
「リピディールの森については分かった。仕方ないと思って諦めよう。冒険者として命がけでやっていくのは辛いと思っていたから、やってやろうじゃないか」
「やる気になってくれるのは有り難いね。僕も手伝うけれど、他にやることもあるから君に指揮はとってもらいたいと思っていたから」
「で、開拓に成功した時の追加報酬ってなんだ? 開拓が成功したら金なんかも手に入るだろうから、もう報酬なんて要らないんだけど」
もし開拓が成功したとすれば、ある程度遊んで暮らせるお金は手に入るはずだ。そうなったとしたら、その時の俺に与える報酬なんて貴重な物──それこそ、金に換えられない何かになる。そんなものを与えるなんて思えないし、与えれば反発が起こることも確実だろう。
「もう与えるものは決まっているんだけれど……何か分からないのかい?」
この国で何が貴重なのか。この国でこういったときに一般的に与えられる可能性が高いものは何か。そんなことすら知らない俺にはピンとくるものなんてありやしない。
「二等勲章まで与えられているのだから、すぐに分かると思ったんだが」
「二等勲章? ということは、開拓が成功すれば、ご主人様は貴族の位を得られるということですか!?」
「その通り。こういったことについては、君の仲間の方が聡いようだね」
テーブルに乗り出したクロードが興奮冷めやらないまま席に着くのを見て、ようやく理解できた。
えっ……貴族に?いや、そんなの要らないんだけど。
「ご主人様、頑張りましょう!」
「あ、ああ」
ぐいっと寄ってくるクロードに押されて、断るに断れない。いや、まず断れるような立場にいないんだろうな。
「どういった開拓をするにしても、ある程度の形ができれば君は貴族の仲間入りだ。最初から貴族にしようかと思ってたんだけど、さすがにスタンピードを止めたという功績だけでは反発が起こるだろうからね」
今の報酬でも十分反発が起こりそうだけどな。むしろ、反発が起こって取り消しにでもなってくれないかな。
「俺を貴族にして何がしたいんだよ」
そこまでして、貴族にしようとする意味が分からない。別に、何かやらせたいなら依頼や命令でもすれば良いだけだろうに。
スッと二本の指を立ててフーレがこちらに見せる。
「一つは、単純に優秀な人材に相応の地位や権力を与えたいということ」
「俺はそれ程優秀では無いけどな」
お前らが勝手に勘違いして持ち上げているだけで。
俺の取り柄なんて、この世界に来る時にもらった無駄にある魔力と、鑑定くらいだ。それ以外は良くて中の上と言ったところだろう。
「二つ目は、ペネムの町から王都まで来た君なら分かるかな?」
ここに来る途中で気づくようなこと?
別に何か異変があったわけでは無い。むしろ、スタンピードと盗賊に一回ずつあった以外は普通だったような……
思いつかない。力を抜いて天井を見上げ、部屋の中を軽く見渡す。
「ああ……王都とフリージア以外の発展の遅さか」
「そう! まさにそれなんだよ。自分の地位が安泰だと思っている貴族のせいで、研究や発展なんかがかなり遅れているんだ。だからこそ、実力で貴族の座を勝ち取れるとなれば、今までその地位に満足して怠慢していた貴族達には少なからず焦りが生まれる」
おいおい、そんなことに無関係な俺を使うなよ。絶対に一部の貴族からはヘイトが集まるのが目に見えているじゃないか。
フーレは味方についてくれるとしても、他にどれだけ味方になる貴族がいるのやら。
この国の貴族がそれほど腐ってなければいいんだが。
「せめて、俺の身の安全くらいはどうにかしろよ」
ここまで来たら逃げられないのも良く分かってる。だったら他人任せでもいいから、少しでも楽になりたい。
「そのためにも、僕の隊をつけたっていうのもあるから、直接何かをやられることはそうそうないと思うよ」
「ああ、そう。それなら良いんだけど」
フーレの周りで頑張りますと視線を向けて来るへレナートと名前も知らない三人。本当に頑張ってくれよ。俺のために。
横を見れば、クロードは言わずもがな、エステルもソフィアもアイリーンもやる気に満ちている。
これだけいれば、何とかなるのかな?
開拓なんてしたことがないから何をすれば良いかも分からない。長い挑戦になりそうだ。
……どうして、こう何度も面倒なことが降りかかってくるのだろうか。




