謁見
広い廊下。案内してくれている使用人の後ろを歩く俺の足は、どれだけ抑えようとしていても震えが止まらない。
響く足音が前に進んでいると教えてくれるが、自分ではしっかり歩けているかも分からないほど、緊張で心ここに在らずといった感じだ。
小さく。音にならないほど小さく息を吐き出す。溜め息とも呼べないそれによって、一瞬体の緊張が緩むが、すぐに緊張はまたやってくる。
思っていた以上に緊張がやばい。
まさか、一人で──案内の使用人はいるが、仲間を誰も連れずに謁見室に行くとは思わなかった。アイリーンとクロードは奴隷だからってのは分かるが、ソフィアは当事者の一人だし、エステルは教会のトップの娘。どちらかは連れて行けるだろうと思っていたが、まさか一人で来いと言われるとは。
それに、案内人もフーレかへレナートがしてくれるかと思っていたのに、朝早く来てほんの少し話をして帰っていった。
無駄に広い廊下に対して、俺と使用人しかいないって俯瞰で見たらちっぽけだななんて思っていれば、少し気が楽になる。
どうせ一人じゃ何もできないちっぽけな人間なんだから、反感とかくらったらリーシアに助けてもらおう。少しくらいの反感なら逃げ込めば匿うくらいはしてくれるだろう。
「よし! ちょっとだけ頑張ろう」
俺が小さく気合を入れようとした時に、ちょうど案内役の使用人が足を止める。
ぶつかりそうになって避けるために少しよろけた俺を不思議そうに見つめる。
「着きましたよ? この扉の先になります。私は中には入れませんので、案内はここまでになります」
もういいですか?と尋ねてくるので大丈夫だと返事する。ここで立ち止まってたら、せっかく切り替えた気持ちがぶれそうだから早く進みたい。
使用人が扉の端の方に寄り軽く扉を押せば、ゆっくりと扉が開いていく。
まずは何も言わずに待っていれば良いんだよな?
フーレの言葉を思い出しながら立っていれば、騎士が二人こちらへ寄ってくる。
俺のことを観察するような視線を一瞬感じる。武器や暗器の携帯が無いか見たのだろうか。俺から二メートルくらい離れた左右。僅かに後方なせいで、真っ直ぐ前を見ていれば視界に入らなくて何をしているのか不安になる位置に着くと、どうぞお進みくださいと告げられた。
国王の前に野蛮な冒険者が立つとなれば、警戒されるのは普通か。むしろ、このくらいで済んでいるだけましなのかもしれない。
前へと進めば、視線が俺に集まる。気圧されないように心の中で悪態を吐く。前を見たまま視線だけ少し動かせば、すぐにフーレとジャディンスを見つけた。
王から三番目くらいの位置にいるフーレは俺の視線に気づいたのか少し笑みを浮かべる。ジャディンスは面倒だと言わんばかりにぼーっとしているので、この中でもSランク冒険者というのは上の立場なんだろう。
意外と若い。
しっかりと見えた王の顔に、最初に頭に浮かんだのはそんな考えだった。
まだ三十代だろう。威厳というよりは威圧感のある見た目なのは若さのせいもあるだろうが、その服装や態度にもある。
こういう時の王の服装と言えば、煌びやかなマントや豪勢な飾り物など、相手を圧倒するような何かを身に付けているイメージだったが、目の前にいるのは質こそかなりのものだろうがスーツのような正装にマントかローブか分からないものを羽織っただけだ。
じっくりと見たせいか、髪の色と同じ金の瞳が俺を捉える。じっと視線が重なりどうすれば良いか分からないので、とりあえず次の段階に移るためにも膝をついて頭を下げる。
「名を」
下を向いているせいで誰の声かは分からないが、王の声ではなさそうだ。フーレに教えてもらったように、頭を下げたまま簡単に応える。
「Cランク冒険者のケーマです」
「良くぞ参った。これより、迷宮都市におけるスタンピードの沈静に対する特別報酬を王より進呈する」
僅かだが謁見室内が騒つく。スタンピードの英雄がこんなしょぼい奴であったことへの驚きだろうか。
今ここにいるのが俺一人であるということから、一人でそれを成し遂げたということを改めて理解したということだろう。
「面をあげよ」
「はっ!」
フーレに言われた通りにすれば、何かを指摘されることもなく、謁見は進んでいく。
今回の功績がもう一度王の口より告げられ、それの裏付けやギルドからの報告なども付け足されているが、どうすれば良いのか内心焦っている俺にはその内容まで考える余裕は無い。
「今回は更に、イアクト付近に現れた盗賊団討伐に対する報酬も追加となる。これはイアクト領主であるモックスとフリージア教会からの証言により、Bランク盗賊団のリーダー及び参謀の討伐を行なったことに対する報酬だ」
そういや、正式な報酬なんて貰ってなかったな。リーダーの斧を貰ったのとエステルに骨折を治してもらったので満足してた。
追加でとなると報酬のグレードが上がったりするのかな?変なものにならなければ良いが。
「報酬は二つ。先に教会につばをつけられていたのが痛いが、王国の為にこれからも頑張ってくれるか?」
「はい。我が力はこの国のために」
この国に尽くすつもりなんて無いが、結果として国のためになることはこれからもあるかもしれない。
まあ、返事なんかは全部フーレに教えてもらったのを言ってるだけだが。




