王城―3
考えながら手を進めていれば、いつの間にか食事は終わってしまった。
すっきりせず、堂々巡りの思考を振り払うように頭を少し振って、考えるのはやめる。
「へレナートはなかなか優秀でね。君に紹介しようと思って、今日は呼んだんだ」
食事が終わったからか本題に入るようだ。
仲間は欲しいけれど、騎士なんか入ったら自由に行動できなくなるだろうし、ちょっと困るんだけど。
「はは。仲間に入れろとは言わないよ。必要なら貸し出すし、私への伝言役として使ってくれても構わない」
俺の表情を見てフーレが俺の懸念を否定する。
王城の中に、専用の執務室と応接室をもらえるような奴だもんな。忙しくないわけがない。何を気に入ったのかは分からないが俺との繋がりを維持するために仲介役を付けるということか。
「私も仕事があるからね。困った時はへレナートに言ってくれれば、私も力を貸すよ」
力を貸してくれるためなのか、監視のためなのか。まあどちらでも良いか。どうせ、監視のためだったら断ったところで隠れて監視されるだろう。
「へレナートさんは仕事大丈夫なんですか?」
「私は大丈夫ですよ。隊長のもとでは仕事なんて殆どありませんから」
「一人で殆どは処理できるからね。人手がいるときは助かるが、手に負えない仕事は他に回せば良いだけだからね」
使えるものは使わないとな。他にまだまだ余力があるのに、仕事を引き受けまくって自滅するようじゃ上に立つ者としては失格と言って良いだろう。
「へレナートさんはそれで良いんですか?」
「ええ。貴方と共に行く方が楽しそうですから」
本人がいいと言っていて、仲間に入れる必要もないなら、有難く使わせてもらおうか。
へレナートが本当に使えるのか、俺に必要になるのかも、先が分からない現状だと判断のしようがないのだけれども。
この当事者である自分が何も分からず、周りの奴らは知っていて、俺がどうなるか楽しんでいる状況ってのは、こっちの立場だと嫌だな。見ている分には楽しいのに。
「よろしくお願いします。へレナートさん」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
頭を下げるへレナート。
仕事終わりだったのか騎士の服ではなく、ラフな服装に着替えていたせいで、へレナートの首元から外見とは違い引き締まった胸元が覗く。
……引き締まった胸元?
「くくっ……」
笑いを堪えるような声が聞こえてきたので、その声の元であるフーレを見れば、バレたとでも言いたげな顔で笑いをこらえていた。
「悪い悪い。そう言えば言ってなかったな。へレナートは男だよ」
「えっ?」
わざと言ってなかったんだろうが。
クロードが目を見開いてへレナートを見る。エステルとソフィアは驚いてどっちかが紅茶を零したのだろう、慌ててテーブルの上に置かれていた布巾でテーブルを拭いている。
「能力はしっかりしてるから、見た目さえ気にしなければ問題ないさ。むしろ、これ以上の能力を持っている奴を探すのが大変だよ」
「それなら問題ない。使える人材を貸してくれるなら、断る必要はこちらにはないので」
優秀ならそれでいい。
むしろ、筋骨隆々な奴とかよりは、見た目的には忌避感が無くて良かった。
いや。一番良いのは普通の奴なんだけどね。
改めて、へレナートを見るが、普通にしているだけで女性にしか見えない。服装もスカートやフリルの付いているようや女性らしいものというわけでは無く、男物にしては少し細身かなという程度だ。
さらには声。よくよく思い返せば、見た目の割には女性らしい声ではないとは思う。だが、騎士として訓練をした後ならば声が少し掠れているのかなと違和感など無く受け入れてしまった。
「一応、潜入したりするためにこの容姿を保たせているのはあるが、元々騎士になるために入団試験を受けに来た時から、髪の長さ以外は殆ど変わりないよ」
「そのせいで、訓練なんかは筋肉が付きすぎないように軽めにさせられています」
それでも、騎士の訓練なんて相当なものだろう。もともと筋肉が付きにくい細身の体型に、整った少し女性寄りの顔。高すぎない身長に中性的な声。偶然が重なりあえば、こんなことも起こりうるのかと感心してしまうほどだ。
「では、改めてよろしくお願いします。へレナートさん」
元からこういう容姿だったのなら、俺がどうこう言えるものでもない。もしかしたら、何かに役立つかもしれない。欠点とすれば、へレナートも含め俺の仲間達は強くは見えないから、舐めて見られる可能性があるくらいか。
それは、へレナートが居なくても同じことだから、戦力が上がる分やられてもやり返せる。
いやいや。俺はこれから荒事は避けて安全に生きるんだから、そんなこと気にしなくて良いじゃん。
仲間というよりは協力関係に近い。そう思って手を差し出すが、へレナートはその手を取らずに椅子から立ち上がる。
「私の力の及ぶ限り、貴方の為に働きましょう」
片膝をついて俺の手を取る。
あれ?どういうこと?なんか話が飛躍しすぎてついていけないんだけども。
「あ、ああ。よろしくお願いします」
「はは。気に入られたようだね。へレナートに気に入られるなんて大したものだよ」
気に入られようなんて思ってなかったんだけど。この世界の奴らは俺のことをすぐに気に入りすぎじゃないか?
もしかして、これも神がくれた特典だとでも言うのか?嫌われて邪魔されるのも嫌だが、気に入られて勝手に祭り上げられるのも嫌なんだが。
気に入られているだけましってことにしとくか。そのお陰で助かって来たこともたくさんあるから。
「さて。へレナートの紹介も終わったから、聞きたいことが無いならもう部屋に戻るかい?」
「そうですね。今日はありがとうございました」
意外と長く話していたのか、アイリーンが暇そうにしている。放っておいたらそのまま寝そうなので、話したいことも無いからさっさと退散しよう。
「謁見の時は私もいるから安心してくれ」
知り合いがいるというのは助かる。フーレなら、俺が少しくらい粗相をしても助けてくれそうな気がする。あくまで俺の希望だが。
「あー……もう何も考えたくない」
部屋に戻るなりベッドに飛び込む。
早く自由にさしてくれ。向こうは楽しんでるのかもしれないけれど、俺にとっては毎回毎回精神的にしんどいんだよ。
「とう」
「ぐふっ!」
俺の真似をしたのかアイリーンが横に飛び込んできた。肘が俺の腹に直撃して、息と声が漏れる。
「あ、ごめん」
「お、おう。大丈夫だ。こういうことがあるから、人がいる所には飛び込まないようにな」
食べた料理が出てくるかと思ったが、何とか耐えられたので問題ない。
「主。難しいこと考えるのは主の役目だけど、考えても分からなかったら私達に任せたら良い。邪魔してくる奴を倒すくらいなら、いつでもやってあげる」
「ははっ。力づくで乗り切っちゃうのかよ」
「駄目だった?」
「いや、ありがとう。疲れたら頼らせてもらうよ」
これを素でやっちゃうのがアイリーンの凄いところだよな。ただ真っ直ぐと自分の道を進んでいるような考え方。
俺みたいな弱虫にはできそうにはないけど、こういう奴が一緒にいてくれるとぶれないから助かる。迷った時に道をもう一度思い出させてくれる。
これで、アイリーンが「シュッシュッ」っと言いながら布団をぼふぼふと叩いていなければ、惚れてしまいそうなくらいだ。




