王都―3
人混みに入るのは疲れる。今は買いたいものがあるわけではないので、ゆっくりと見れる方がいい。
商業区の中でも外壁に近い方から、冒険者や観光で来たような人向けのお店。一般の買い物やちょっとした食事のお店。少し高めだったりしっかりしたお店。そして高級店。と内側に向かって大体の流れができている。
流石に高級店で買い物なんかすれば、俺の手持ちの金なんてすぐに飛んでいくので、少し高めのお店辺りを見て回る。
「次はあそこのお店見てもいいですか?」
綺麗な装飾品なんかが置かれたお店へと入る。エステルが見て回るのに着いて行きながら、俺も気になったものを手にとって見れば、値札を見てそっと戻す。
高すぎる。
あまり装飾のない銀色のブレスレット。たったこれだけなのに3万コル。自分の目を疑ってもう一度確認するが、桁が変わることは無い。
「そちらが気になりますか?」
背後から声をかけられて慌てて振り向けば、店員らしき男がいつの間にか俺をロックオンしていた。
「い、いや。ちょっと気になっただけなんで」
「そちらは魔力を貯めておける魔法具です。魔法を使われる方にはお勧めの品です」
魔法を貯めておけるね。
どの程度貯めれるか、どの程度の速度で貯めた魔力を吸収できるかにもよるが、戦闘中に魔力回復のアイテムを何度も使うのは大変だから有用だな。
俺には必要ないけれど。
俺が興味を無くしたのが分かったのか、店員は離れて行く。
あまりしつこく無くて良かった。説明は有り難かったけど、横に居られるとゆっくり見れない。
店内をぐるっと一周して、次の店に向かおうかなとエステルの様子を見れば、何やら気になったものがあったようでじっと商品を見つめていた。
「あれが気になったの?」
「い、いえ! 綺麗だなーって見てただけです」
それを気になったと言うんじゃないかなと苦笑いをこぼす。
見ていたのはペアリングらしき指輪。他の物よりも落ち着いたように見えるのは、装飾のせいか、中央を彩る濃い赤の宝石のせいか。
ペアリングか。
見た目は俺も気に入ったけれど、着けて歩くのは少し恥ずかしいな。
「こちらの商品をお気に召されましたのでしょうか?」
また、いつの間にか湧いて出てきた店員に驚きながらも頷く。
「こちらの指輪は二つで一つの効果を持ちます。とても貴重な指輪で、ダンジョン産であり複製ができないものになっています」
ダンジョン産か。こんな物まで見つかることがあるのか。複製ができないってことは、運良くダンジョンで見つからない限り、ここにある一式以外に存在しないということ。
つまり、値段もそれなりにするってことだろうな。
「値段はそこまで高くありません。ペアで35万コルです」
35万コルね。高いわ。
魔法具ってのと、世界で一つと言われれば、そのくらいきてもおかしくないが、ぽんと払える値段じゃない。
エステルも一歩下がる。35万コルはちょっとした買い物で買えるような値段じゃないからな。
少し店員の言い方で気になることがあったので、確認だけして帰るか。
「貴重な物なのに値段がそこまで高くないって、どういうことだ?」
頑張って抑えています。っていうのなら、安くしてありますとか言えばいい。高くないということは、何か高くできない理由があったりするわけだ。
「えー……些か、効果の方が使えないものでして」
使えない効果の魔法具とか、もう魔法具じゃなくていいじゃん。
それなら、同じデザインの安い指輪を買った方が得だ。
「ただ、ペアリングとしてはこれ以上ない効果なのです。二つを結ぶ。繋がりを作る効果となってます」
必死に取り繕うように説明を始める店員。できれば、さっさと売りたいんだろうな。この指輪を。
「鑑定でも、実際に使用しても、どういう効果かはっきりは分かりませんでしたが、効果名はラポールと言う二つの指輪を繋ぐものです」
「20万だ」
唐突な俺の値段交渉に店員は固まり、エステルは俺を見上げる。
普通の人なら買わないだろう。もし、ラポールの効果が分かっていても買わない。
だが、俺にとってラポールの効果は喉から手が出るほど欲しい。それこそ、35万くらいなら払っても良いが、安くできるなら安くしてやる。
「流石にその値段は赤字です。33万コルにしましょう」
「誰も買わずに置いておくよりは赤字覚悟の方が良いんじゃないか? 22万」
「それもそうですね。では、赤字覚悟で30万で」
「まだかなりマージン取ってるだろ。23万だ」
店員と俺の貼り付けた笑顔での見つめ合いが続く。エステルは横でアワアワとどうすれば良いのか混乱しているが、終わってから落ち着かせればいいか。
「じゃあ、25万とこっちの髪飾りを合わせて30万でどうだ?」
「……それなら良いでしょう。お買い上げありがとうございます」
仕方ないといった表情だが、それが本心でないことくらいわかる。
売れ残りが思ったよりも高く売れて良かったと内心思っているだろうが、俺にとっては値段以上の価値がある買い物だったので、互いに満足な結果といったところか。
店員に金を渡して商品を受け取って店を出る。本当に買うとは思ってなかったのか、エステルが自分のせいで買うことになったと申し訳無さそうな表情を浮かべる。
とりあえず、広場まで戻る。ベンチに座れば、エステルが謝ろうとしてくるが、それを止める。
「俺も欲しいと思ったから買っただけだ。エステルが気に病むことはないよ」
「で、でも……」
流石に、いきなり30万も使われたらびっくりするだろうな。髪飾りはソフィア用に買ったので、実際はもっと安いのだがそれでも気になるのは仕方ない。
俺が冒険者だということもあるだろう。どこぞの貴族なんかだったら30万くらいポンと払えるかもしれないが、冒険者にとっての30万はかなり上位の装備を買えるほどだ。今の装備をより良くするのに使うのが普通の冒険者だろう。
俺は冒険者として名を上げたい訳ではないので、これ以上きつい狩りをするつもりもない。装備は今のままで十分なくらいだ。
「そ、それにさ。リーシアが勝手に決めたとはいえ、婚約したわけだからさ」
まだ互いのことも知らないことだらけで、本当に結婚するのもまだ先で、というか本当に結婚するのかどうかも分かりやしないけど。
俺はエステルのことは嫌いじゃないし、逃げる必要もないかなって思ってる。
「だから、俺からの婚約のプレゼント。どうなるかなんて分からないし、順番もぐちゃぐちゃだけど。俺と付き合ってください」
指輪を差し出してエステルの反応を待つ。
どきどきと鳴る鼓動が、自分が緊張しているということを教えてくれる。
こんな告白なんて初めてだ。返事を待つ間の沈黙が異常に長く感じて、体が震える。
ポタッと落ちていく一粒の水滴。
エステルの顔を見れば、涙の跡が見える。
「良かった……母から無理に押し付けられて、どこかでケーマさんが嫌がってるのではないかと怖かったんです。それに、このままいったとして、ケーマさんが私を見てくれるのかも分からなかったから」
もし、政略結婚だったとしても、せめて少しでも自分を見て欲しい。そう思うのは可笑しくないし、この世界では十分な年齢かもしれないが、まだ十代だ。タイミングが無かったとは言え、もう少し早く言えば良かったかなと思ってしまう。
落ち着いたのか、こちらを見て笑顔を見せるエステルを見て、買って良かったなと改めて思う。
指輪の効果を聞いた瞬間買うしかないと思ったわけだが、指輪の効果だけじゃなくて指輪そのものの価値も十分にあったようだ。
「指輪の効果もラポールだなんて丁度良いしな」
「へ?」
店員の話をしっかり聞いていなかったのか、きょとんとするエステル。
婚約指輪としても丁度良い意味合いの効果だし、俺の能力からしても丁度良い効果を持ってくれている。
「二人を結ぶラポールの効果。これから一緒にいることを考えれば丁度良いと思わない?」
「ふえっ!? そ、そうですね」
恥ずかしそうに俯くエステルを見て可愛いななんて考える。
押し付けられたにしては俺には勿体無いくらいの良い子だし、本当に役得かもしれない。
今のところ被害なんて、ビクスと戦わされたくらいだもんな。
「で、答えは?」
もう一度、指輪を差し出す。
恥ずかしそうに、顔を赤く染めてエステルがその指輪に指を通す。
「よ、よろしくお願いします」
ーー指輪の効果によりラポールレベル2が結ばれましたーー
雰囲気も何もありやしないログが表示されるが、エステルの可愛さに免じて許してやろう。




