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決着

 迫る剣を躱して、ほんの少し距離を取る。一瞬で詰め寄られる距離なので油断は出来ないが、ビクスも空気を読んだのか少し待ってくれる。


 有効な手段はない。一人での戦闘は、突出したところも無ければ、能力が高いわけでも無い俺には厳しい。

 だが、ビクスとのこの能力差なら、ぎりぎりまで力を引き出せば埋められる。


 ほんの僅かでも集中力を高めるために、魔力譲渡のスキルを切る。


 「まだ身体強化を高められるとはね。面白い。僕も装備の力は使わずに戦ってあげよう」


 それは有難い。これ以上強くなられたら、どう足掻いたって勝てやしない。


 全てを目の前にのみ集中させる。


――魔闘術のスキルが発動しました。


 「「勝つのは俺(僕)だ!」」


 同時に距離を詰める。どれだけ身体強化しようと俺のスピードがビクスを上回ることは無く、互いの中心点よりも遥かに俺側で剣がぶつかり合う。


 今まで戦ってきたオークロードや盗賊のボスとは違う。ビクスの筋力には、魔闘術まで使った俺ならば同等か少し勝っている。

 守りに入って受け流すだけで無く、この戦いは俺からも攻められる!


 剣と剣がぶつかり合い、剣を握る手にかかる衝撃で手が痺れてくる。剣技と呼ぶには拙い俺の剣がビクスを捉えることは無く、攻めても守りを崩すことはできない。


 「軽いよ」


 俺が振り下ろす剣を、下から思いっきり弾き上げるビクスの剣。手にかかる衝撃に剣を握っていられなくなり、剣が弾き飛ばされた。


 「なっ――」


 一瞬の出来事で俺も見学人も驚きに包まれる。僅かな静寂の時間。その中でビクスだけが動きを止めない。


 「僕の勝ちだ」


 固まってしまった思考が再び動き出した時にはもう避けるのは不可能な位置まで剣が迫る。


 完全に無意識だった。

 気が付けば、振り下ろされる剣を魔力をふんだんに込めた拳で弾こうと体が動いていた。


 「っ! まさか、そんな方法で防がれるとはね」


 剣と拳はぶつかり合い、剣の軌道は逸らされた。


 「無事とは言えないがな。それでも、まだ戦える!」


 魔闘術が発動していなければ手ごと切られていただろう。

 だが、魔闘術のおかげか剣は俺の手に切り傷はつけたが、切り落とすことはできずに軌道を逸らした。


 逸れた先が脇腹だったため、右の脇腹からは血が溢れているが。


 「アイテムは使わせてもらうぞ」


 ストレージからポーションを取り出しぶっかける。止血もしたいが、そこまでさせてもらえる余裕は無いだろうから、止まらない血は諦める。


 どうせ、すぐに勝敗は決まる。出血死する前に終わり、教会の誰かが、治療してくれるだろう。


 「冒険者……いや、戦時において回復剤の使用を禁止するなんてできないからね。でも、使っている間に攻撃するななんて言わないでね」


 剣と拳の戦い。間合いでは完全に負けているため戦い辛いが、それでも戦えないことはない。

 むしろ、体の動きがさっきまでよりも良くなっている。やはり、俺の魔闘術は無手での戦いでなければ、その力を発揮できないというわけか。スキルの取得条件を思い出せば、それも仕方のないことだ。


 「くっ……」


 互いに引かない戦い。それを続けていたかった気もするが、体が限界だ。


 「良い戦いだったよ。でも、それもこれで終わらせる」


 振り下ろされる剣を受け流す。すかさず切り返してくるビクスから半歩下がり避ける。踏み出し、突いてくるビクスの剣を半身で躱そうとするが、左腕を浅く切られる。


 痛みに、僅かに気が逸れる。その隙を逃さずにビクスは次の攻撃へと身を移す。

 反撃する間も無く、ビクスの蹴りを腹に喰らい吹き飛ばされた。


 「げほっ……くそっ!」


 立ち上がろうと手を着くが、力が入らず立ち上がれない。震える腕でなんとか体を支えながら顔を上げれば、ビクスが剣を構えて詠唱をしていた。


 「最後に見せてあげよう。与えられた力の一つを!」


 振り下ろされた剣から斬撃のような何かが飛んでくる。


 「げほっ……げほっ」


 目の前の地面を抉り、砂埃が舞う。次に目を開けた時には、ビクスが剣を突きつけた状態で立っていた。


 「そこまで!」


 リーシアの声が聞こえたと同時に誰かが駆け寄ってきた。


 「すぐ回復しますから安静にしていて下さい!」


 ポーションをかけられた痛みに呻く。気を抜いていたから、傷口に染みる痛さに暴れそうになった。

 一番傷の深い脇腹に手を当て、詠唱を始めたエステルより少し遅れてソフィア達も俺のもとに駆け寄ってくる。


 「傷はそこまで深くないから焦らなくて大丈夫だよ。全力で戦ったから少し疲れがあるだけだ」


 心配そうに見てくるので落ち着かせる。脇腹は、まあ、痛いし放っておくとやばいけど、洗って止血しておけば死ぬことはない。


 俺の様子にほっと胸をなで下ろす皆に、心配かけたなと心の中で謝っておく。

 負けてもいいやと考えていたけど、戦い始めると勝ちたくなってしまった。戦闘狂ではないと信じたいが、本気の勝負ではやっぱり勝ちたくなってしまう。


 遅れてやってきた救護班らしき人達がこちらを見てどうするか戸惑っている。

 治療しようとやってきたはいいが、エステルが本気で治癒魔法を使っているせいで、手伝おうにも邪魔になるかもしれないので何もできないといった感じか。


 「勝負には勝ったけど、一番勝ちたかった所では元から負けていたってことか」


 小さく息を吐き出して呟くビクスの顔は、勝ったというには悲しげで、でもどこかスッキリしたように見える。


 「見てくれただろう。これが神託の英雄の力だ。私はまだ剣の力を最後に見せただけ。これでも、まだ異論があるのならば、直接私に言いに来い。その時は相手してやろう」


 ビクスの勝利宣言で会場が一気に騒がしくなる。

 少なくとも、ビクスが神託を得ただけの雑魚だと考える奴はこれを見た中にはいないだろう。神託により力を増したことは事実だが、それでもそれだけなら装備の力や特殊なスキルを制限した今回の戦いなら、俺にも勝機はあった。

 それが、ここまで差をつけられたのは、ビクス自身の努力。もともとの地力の差だ。体格差は殆どない。筋肉の差はあるが、それは俺が努力せず、ビクスが努力していたからだ。

 僅かな足運び、振りの正確さ、動きの洗練の差。積み上げてきたものの差が、俺とビクスの勝敗を決定付けた。使ったスキルの強さだけならば、俺の方が上だっただろう。装備では確かに負けていたが、装備の力が影響するような戦い方はしていない。


 やっぱり、スキルだけで勝てるほど甘くはないか。


 「傷口は一応塞がりましたが、安静にしておいて下さいね」


 せっかくの白い礼装が、血の赤で染まってしまったのを、全く気にせずにエステルが心配そうに俺を見る。


 「ありがとう。これだけ治れば日常生活なら問題なさそうだ」


 笑顔で返せば、良かったとエステルも笑顔を見せてくれる。

 心配してもらえるのは嬉しいが、自分のせいで心配させているのは申し訳なく思ってしまう。



 「エステリーナのことは諦めるよ。最初からこうなると思ってたんですね」


 「私はちゃんとエステルに確認してから婚約させたからね」


 リーシアとビクスの会話で、これがビクスにエステルを諦めさせるための茶番のようなものだと理解した。

 それだけの為に、俺はこんな怪我してまで見世物の戦いをしなければいけなかったのか?じとっとリーシアを見つめるが、それに返事が返ってくることはない。


 「君のことは気に入ったよ。今度はゆっくり話したいものだ」


 去っていくビクスの背を見つめる。

 あいつは、この運命をどう思っているのだろうか。

 貴族としての先は狭かったかもしれない。だが、あいつの実力なら、騎士や冒険者になって生きていくだけなら困らなかったはずだ。


 俺に巻き込まれた形で神託を得て、あいつは良かったと思えているのだろうか。

ビクスがただのイケメン枠に……

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