祝福の儀‐1
「――今日は、このくらいに、しますか?」
「そ、そうですね」
なんとか単語レベルでの会話は出来るようになってきた。スキルをオフからオンに切り替えた時の気持ち悪さも随分とマシになってきたので勉強も捗る。
辿々しく返事をしてスキルをオンにすれば、さっきまで必死に考えていた目の前のカードが示す言葉の意味がすぐに分かる。
慣れてきたとはいえ、スキルをオンにしたときの気持ち悪さで椅子に深く座り込む。天井を見上げて息を吐きだしながら力を抜いてリラックスする。
「今日もお疲れ様です。もう少し慣れれば、詠唱を読み上げて発動させるくらいならできそうですね」
お茶を持ってきてくれたクロードの言う通り、詠唱を読み上げるのであれば、もう少しで出来るだろう。
だが、毎回転移先や転移の対象などは変わってくる。それを全て書いておいて読み上げるのも面倒だし、そんな方法じゃ少し意識が逸れただけで失敗しそうだ。
ここまで覚えるのに半月かかった。毎日時間をかなり使ったわけではない。それに、スキルの反動のせいでまともに勉強できない日もあったりしたが、もっと簡単に覚えられるだろうと少し甘くみすぎていたのもあった。
王都に向かわないと行けなかったが、気づけば時間もぎりぎりになっている。あと十日ほどで王都まで行かないと行けないが、普通に行けば天候や道中次第では間に合わない。
ドアがドンドンと激しく叩かれる。何かあったのかとクロードがドアを開けに行けば、ドアノブを回したと同時にドアが勢いよく開き、クロードとぶつかって鈍い音が鳴る。
「あ、ごめん。手が塞がってたからドアを押してたんだけど開かなくて」
アイリーンが両手いっぱいに食べ物を持って戻ってきた。心配そうに額を押さえて蹲るクロードを見るが、それよりも食べ物を落とさないか心配のようでしゃがんだりはしない。
「だ、大丈夫です。びっくりしただけで、痛みはそれほど強くはないので」
立ち上がるクロードの額は綺麗に紅くなっているから、我慢はしているが痛いんだろうな。せっかく本人が我慢しているので、ここはそっとしておいてやろう。涙目のせいで痛いのを隠しきれていないのも、わざわざ指摘するようなことでもない。
「わざわざありがとうな。まだ時間もあるだろうから見たいものがあれば見に行ってきてもいいぞ」
ガヤガヤと騒がしい建物の外では、祝福の儀が行われている。毎年行われているようだが、今年はビクス……リクシアのお披露目もあるようなので例年より盛大らしいが、9割以上はお祭りのようなものだ。
大聖堂で儀式やお披露目が行われ、それ以外の区画やフリージアの街はお祭りのように屋台や色々な企画みたいなのが行われている。
アイリーンには屋台で食事を買ってきてもらったのだが、一時間以上戻ってこなかったのと、両手いっぱいに色々買ってきたので、買い物ついでに楽しんできたのだろう。
「買ってきてくれたので食べた後に行きます。良かったらケーマ様も一緒に行きませんか?」
「そうだな。息抜きがてら見に行くか」
お祭りなんて久しぶりだし、この世界のお祭りがどんな感じなのか見てみたい。部屋にいても勉強の復習なんて面倒なことをするくらいしかやることは無いしな。
アイリーンが手に持つ様々な屋台の品の中からきになるものを幾つか抜き取る。後で見ながら買って食べれば良いからと、少なめに皆がとったせいでアイリーンの元に多めに残ったが、嬉しそうに食べ始めたので良かったのかもしれない。
何の肉か分からない串を最後に食べようと口にすれば、凄い弾力で噛み切れずにぐにぐにと噛み続ける。味は悪く無いけど顎が疲れるなと考えていれば、ソフィアとクロードが食べ終わったようでゴミを片付け始める。
ゴミを片付けたところで、まだ噛み続けていた肉も少し小さくなっていたので飲み込み俺も食事を終える。麺らしき何かを食べていたアイリーンが此方を見て、次に自分の前の残っている食事を見て、麺を口に入れながら小さく唸る。
「別に全員で動く必要もないから俺達だけ行ってもいいし、時間もまだまだあるから待っててもいいから、ゆっくり食べていいぞ」
急いでるわけじゃないから、食べたいならゆっくり食べてくれ。
少し考え、口に咥えていた麺を食べたアイリーンが此方に向き直る。
「先に行ってて。食べたら私もまた見に行くから会えたら合流する」
「ああ。もし会えなかったり、逸れたりしたら各自三回目の鐘が鳴る前に部屋に戻るってことで」
「了解。じゃあ、私は食べとく」
一番心配なのはアイリーンなので、了解という言葉を信用して良いのかと思ってしまうが、実力もあるし魔力譲渡が切れなければ大丈夫だろう。
「じゃあ、僕はアイリーンさんを待っときますね。別れて行動するなら二人ずつに分かれた方がいいでしょうし」
「そうだな。二人ずつで見て回るか」
アイリーン一人よりはクロードと一緒の方が安心だろう。こんな教会の中で、何か厄介事が起こることも無いだろうが。
「ふむ。邪魔なのに」
「え」
アイリーンは一人の方が気楽だと思ったのか呟いた言葉にクロードがショックを受ける。
四人の中でアイリーンと一番話しているのはクロードだから、そんなこと言われると思っていなかったのだろう。
「まあいいか。逸れないように気をつけてね」
「え、ええ。あまり突っ走らないで下さいね」
まあ、なんとかなりそうか。
俺が命令か頼めば聞くだろうが、なんだかんだ上手くいっているみたいだから放っておこう。
「じゃあ、先に行ってくるわ。面倒毎だけは起こさないようにな」




