表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
57/118

詠唱

 説明書みたいなのはあまり読まないタイプの人間だが、転移なんて得体のしれないものを使うのだ。命がかかっているかもしれないので注意事項だけはしっかり目を通す。


 鑑定スキルにより分かってはいたが、転移先はラポールをかけた場所にしか行けない。

 だから、現状ラポールの登録数が最大四個なので四ヶ所にしか転移できないわけだ。更に戻ってくるということを考えるなら、その場に一つラポールをかけなければ行けないので三ヶ所。

 ストレージの共有化のためにラポールを使えば、二ヶ所しか登録できないということになる。


 制限は多い。詠唱も長いから咄嗟に転移で逃げることもできない可能性がある。


 それでも、それだけの価値はあるだろう。この国の交通事情を考えれば、二ヶ所に転移できるだけでも、相当な旅程の短縮になる。


 「じゃあ、一回使ってみるか」


 転移の注意点は、対象・行き先をしっかり指定しなければ事故が起こる可能性があるということ。

 ラポールをかけている場所。特にイメージしやすい場所となれば、ベットに腰掛けるアイリーンの隣だな。

 対象は一先ず自分一人。イメージを固めて、詠唱にのせる言葉を頭の中で繰り返す。


 目を閉じて深く息を吐き出し、息を吸い込むと同時に目を開けて詠唱を読み始める。


 「――移るは我が身、距離の壁を超え、空間は繋がる 転移」


 長い詠唱を終え、転移が発動するのを待つ。僅かに魔力が吸い取られる感覚がして、それが霧散したように感じた。


 詠唱の終わりにいつの間にか閉じていた目をゆっくりと開ける。

 何も変わらない。体に何かが起こった感じもしない。目に入ってくる光景が、転移が発動せず、元いたままの椅子の上であることを告げる。


 ほんの少し、俺を見つめる皆の視線が痛く感じる。


 なんで発動しない?

 詠唱は間違えなかった。本に書かれた詠唱自体が間違っているのか、それとも何か足りないものでもあるのか。


 本に書かれた詠唱を見つめ、何かないかと探す。詠唱の読み間違えはない。周囲のページにそれらしき情報も載っていない。


 何度もページを捲りながら原因を探している俺にソフィアが声をかける。


 「あの……多分、言葉の発音というか、声の出し方というか、そんなのが原因だと思います」


 ソフィアの言葉にエステルも同調する。

 種類は違えど、魔法を使える二人が同じ意見になるということは、俺の詠唱に問題があることが原因の一つであることには間違いなさそうだ。

 何が駄目なのかは分からないが、他に原因が無ければ、すぐに使えるようになりそうだな。


 「どこが悪かった?」


 「何と言うのでしょうか。もともとケーマ様の話し方が変なんです」


 話し方が変?

 なにそれ、流石にそんなこと言われたのは生まれて初めてなんだけど。


 「話し方というよりは聞こえ方といった方が良いかもしれませんね。話している言葉が違うのに、何故か理解ができて普通に話しているように聞こえるような感覚です」


 言葉が違う?クロードとアイリーンも少し心当たりがあるようだが、よく分かっていないようだ。

 もしかしたら、魔法が使えるくらい魔力に慣れていれば分かるということだろうか?


 そうだとすれば、考えられるのは魔法。それとも、スキルか?


 言葉に影響する魔法かスキル。心当たりは……あるな。


 言葉が分からないと異世界でやっていけないからと、最初のスキル選択で取った共通語習得。スキルポイントの差で言語理解ではなく、こちらのポイントの少ない方を取ったが、その影響がここで来たということか。

 こちらの世界に来てから、日本語で話しているのに言葉が通じるとは思っていたが、共通語習得のスキルが勝手に翻訳して相手に伝えてくれていたということなのか。


 あれ? これ、もしかして勉強しないといけない感じ?

 言語理解のスキルで楽はできるかもしれないが、スキルポイントが勿体無いし、本当にそれでいける保証もない。言語理解だけでは駄目だった場合、勉強する量は減るだろうが結局勉強しなければいけない。もしかしたら、下手に言語理解が働いて、また上手くいかない可能性だってある。


 ここは、諦めて勉強するか。

 それと、ここにいる皆には言っておいた方が良いな。俺が異世界から来たってことを。

 今までのことから勘付いてはいるだろう。ここにいる四人なら下手に周囲にバラすことも無いだろう。それに、国や教会に狙われたりしたら嫌だと思っていたが、リーシアには知られていたから今更って感じだ。


 すでに、婚約という形で利用されたようなものだが、これはそこまで悪く無かったので良しとしよう。エステルも良い子だし。

 もし、国がちょっかいかけてきてもリーシアなら守ってくれそうだし、下手なことにはならない。


 それなら、さっさとバラして、細かい部分で助けてもらった方が良い。


 「原因は分かった。それに関係することで皆に話しておきたいことがあるから、ちょっと聞いてくれないか?」


 少し真面目な俺の声に、皆が俺の方に向き直る。別に疚しい話でも無いし、話す勇気がいるような内容でも無いが、真っ直ぐと見られるとなんだか話しにくい。

 だが、思い立ったが吉日とも言うし、今の現状的に話した方が良いから、ここは怖気付いてたら駄目だ。


 「ソフィアには少しそれっぽいことも言ったが、俺はこの世界の人間では無い。薄々気づいてはいたと思うけど、別の世界から神の気まぐれでやってきた人間だ」


 ソフィアはやっぱりかという表情で、アイリーンとクロードもそんな気がしていたと言った感じだ。エステルは、リーシアが俺を呼び出し、そしてエステルと婚約ということをした理由を理解したといった感じだ。

 変に疑われたら証明も面倒だし、説明し辛くなるところだったが、ここまでの行動などで思い当たる節が多かったということか。


 「俺の世界では魔法が無いどころか、魔物もいないし、俺の国の一般市民は喧嘩やスポーツでの闘い以外に戦闘なんてしたことがないのが普通だった。だからかは分からないが、この世界に来るときに自分の能力を決めるようにポイントを割り振ることになったんだ」


 最初は楽観的に考えてスキルを取ったが、あの時に違う選択肢を選んでいたら、もっと楽だったかもしれないし、逆にもう死んでいたかもしれない。


 「能力を決めるですか……」


 「そう。だから俺の魔力も、このストレージも、鑑定も、全部その時に取ったスキルだ」


 言わば、全部借り物の力ってこと。

 もし、スキルの選択も何も無しにこの世界に来ていたら、はっきり言ってソフィアに出会うこともなく野垂れ死んでいただろう。


 「そのスキルが今回の事態を引き起こしたということですか」


 クロードの冷静な判断に拍子抜けになる。俺としては少しくらいは、異世界から来たことを隠していたことやこの借り物のスキルに関して、何か言われると思った。


 「ご主人様の力に関しては羨ましい部分もありますが、それ以上にご主人様の人となりを尊敬しているので問題ないです」


 俺の思っていることを見透かすようにクロードが付け足す。

 ほんの少し照れ臭くなってしまったので、コホンと軽く咳払いして話を戻す。


 「クロードの言った通り、今回はそのスキルが問題になった。初めに獲得した共通語習得というスキルが、実際には習得した訳ではなく共通語の理解と相手に共通語で言葉を伝えるようにするスキルだったわけだ」


 習得って言ってるんだから習得しろよな。まあ、もし本当に習得していたとすれば、最初は頭の中がこんがらがってしまっていたに違いないが。


 「今まで、俺は元いた世界の言語で話していた。それをスキルの力で皆に分かるように伝えていたということだ。聞く時は逆に俺に分かるように変換してくれていたわけだ」


 「実際には違う言葉を使っていたわけですか。それならば転移が発動しなかったのも分かります」


 「そうですね。私やソフィアさんが使うような魔法ではイメージ力が重要になりますが、高難易度の魔法の一部。影響力の強い魔法では詠唱が重要になりますから」


 ソフィアとエステルが魔法の発動に関して説明してくれる。

 魔法と一概に言えども、その中でかなりの違いがある。同じ系統の魔法。例えば、俺の持つモンスター作成ならば、核を利用した俺のモンスター作成は詠唱は不要だが、核を利用しないモンスター作成は詠唱が必要であったりする。


 教えてもらっても詳しい原理なんかは分からないけれど、とりあえず転移は詠唱をしっかりしないといけなことは分かった。

 と言うことはだ。最初にやらなければいけないことは一つ。


 「誰か俺に文字から一つずつ教えて下さい」


 スキル無しで、この世界の言葉を話せるようにならなくてはいけない。

 外国語を学び始めるようなものだが、スキルのオンオフをすることで辞書を引くよりも早く検索することはできる。それがあっても言葉を覚えるのにどれだけかかるか想像もつかないが。


 「そうですね。転移を使えるようになるには必要ですので、できる限りは手伝います」


 ソフィアは頑張りますとすぐに答えてくれる。それに続いてエステルとクロードも手伝いますと頷く。

 アイリーンはどちらかと言えば、一緒に勉強した方が良いかもしれない。スキル無しの俺と比べれば天と地程の差だが、読み書きに関しては少し不安なところもあるからな。


 そう言えば、言葉は伝わるのは百歩譲って分かるとしよう。だが、書いた文字まで伝わるのは謎だ。スキルの力って絶大だな。それとも、神が気を利かしてくれのだろうか。

 ストレージや鑑定発動時のメニューウインドウ、そしてこの共通語習得のスキル。よっぽど、この世界の神はお人好しか暇なんだな。


 そのおかげで、俺は楽させてもらっているのだから、有難い限りだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ