念願の
本当に何もしないまま、時間だけが過ぎていく。日が傾き始め、影が伸びてきたので教会へと戻る。帰り支度をしていればアイリーンが魔物を狩って持ってきたが、ギルドへ寄って買い取ってもらうのも面倒なので使えそうな物だけストレージに仕舞い、残りは捨ててきた。
「今日は息抜きできたので、明日からまた探しましょう」
食事を食べ終え、まだ食べているエステルとソフィアをお茶を飲みながら待っていると、同じく食べ終えていたクロードが、明日は街の本屋も見に行きますか?と聞いてくる。
置いてある本の数が多いから図書館で探していたが、掘り出し物なら意外と街の本屋にあったりするかもな。転移なんて詠唱が書かれていてもそれが本物か判断できないようなものなら、セール品に紛れて捨て値で売られていてもおかしくはない。
「そういえば、聞き忘れてました。何をずっと探してるんですか?」
ちょうど食べ終えたエステルが話に入ってくる。
そういえば、今日来た時に聞いてたな。エステルが来たことにびっくりして答えるのを忘れていたが。
「転移の詠唱が載っている本を探してるんだ」
「転移……ですか」
転移なんて文献上残っている魔法だが、転移魔法陣を利用したものやオリジナルの短距離移動系のスキル以外で使える者がいないから、いきなり言われれば驚くのも無理はないだろう。
そんなものを必死に図書館にこもって探しているなんて予想する方が難しい。
「知ってますよ。転移の詠唱が載った本がある場所なら」
「え? 本当か!? 教えてくれないか?」
急に立ち上がって机に乗り出したせいで、まだ食べ終わっていないソフィアがびっくりして咽る。エステルがソフィアに水を渡してこちらに向き直る。
「母の書斎にあったはずです。昔転移魔法陣について研究していた時に集めた本の中にあったのを見た覚えがあります」
リーシアの書斎か。
ありそうだが、見せてくれと言いに行くのを躊躇ってしまう。
何を言われるかは分からないけれど、俺に対しては神託もあるからか優しい……はずだから、言えば本を見せてくれはするだろう。
「今日は遅いから、明日貸してもらえるか聞きに行くか」
「私が借りてきましょうか? どうせこの後、家に戻れば会いますから」
家族だもんな。リーシアと一緒に生活とか考えるだけで怖いが、家族となれば話は別だろう。わざわざ身内を嵌めたりしても意味がないからな。
「借りるのは自分で言うよ。明日の朝に行くから時間空けておいてもらえるようにだけ言っておいてくれ」
「分かりました。明日の朝ですね」
「ああ。頼むよ」
こういうのは自分で言った方が良いだろう。
それに、エステルと結婚するのなら、今後リーシアと関わる機会だって多くある。このくらいで逃げてたら後々やっていけないだろうし。
ソフィアが食べ終わり、少し話をしてからエステルと別れて部屋に戻る。
ついに、転移が使えるようになる。
長かったのか、短かったのか、色々ありすぎて長く感じてしまっているだけのような気もするが、ようやく空間魔法を取った一番の理由が達成できる。
翌日、朝食後にやってきたエステルから、リーシアに時間を空けてくれていることを聞き、早速リーシアのもとへと向かう。
「あら、早かったのね。もう少し遅いかと思ったわ」
この前リーシアとあった家が見えてきたと思えば、リーシアが箒と塵取りという似合わない装備で家の前を掃除していた。
「こちらから言ったことなんで、早めの方が良いかと思って」
俺から後ろについてきているソフィア達へと視線を移し、観察するかのように一通り見る。
「じゃあ早速案内するわ。と言っても、この家の中だからすぐだけど」
リーシアに続き家の中へと入る。前回は入らなかった部屋に入れば、中に入って良さそうな机と椅子。そして入口側以外の三面は本棚で覆い尽くされていた。
千冊くらいはあるのだろうか。周囲全てが本で埋め尽くされているのは、個人の書斎としては相当なものだろう。研究用の資料なんかもあるみたいなので、本の数は多いとは思っていたが、その予想をも遥かに超える量だ。
「転移の本はもう使わないと思ったから下に仕舞ってあるのよね」
何もない床を指差すリーシアの言葉の意味が分からずぽかんとして入れば、カチッと音が鳴り、ゆっくりと指さされていた床板がスライドする。
こんな所にいつもいるのはどういうことだと思ったが、隠し部屋まであるのかよ。それなら、研究用の部屋なんかもこの家の中に隠されていそうだな。
「さて、お目当の本はこの下よ」
隠し通路の奥には、更に本や何かの資料のような物が多く置かれている。
これだけの量を今まで研究してきたのか、それとも他の人の分まで入っているのかは分からないが、教会内部の技術の発展が教会内部の人間の力であることは間違いない。
「こんな所に俺達を入れても良かったんですか?」
これだけの情報量。はっきり言えば、盗みたい奴も少なからずいるだろう。
教会が技術の秘匿をせず、便利なものはすぐに公開しているとは言え、隠しているものやまだ研究中のものもあるだろう。そう言ったものの一部でも手に入れられれば、研究者として名を上げる、もしくはしばらくの間遊んで暮らすことはできる。
「何言ってるの。エステルと結婚したら貴方も家族でしょ。家族に隠すようなことじゃないわ」
家族ね。それはそうだけど、家族だから連れてきたというよりは、逃げれないようにされた感じがするのは考えすぎか。
「それに、ここは私が研究したものが置いてあるだけだから問題ないわ」
さらっと言うが、一つ当たりどれだけ使用したかは分からないが、相当な量だぞ。そのおかげで、転移の詠唱の載った本なんてものもあったから俺としてはありがたかったのだけれども。
「この本ね。別に返さなくても良いけど、使えるようになったら恩は返してね」
「ありがとうございます。家族ですからね。出来ることはさせてもらいますよ」
リーシアから本を受け取り笑顔で返せば、リーシアもにっこりと笑う。
選択肢間違えたか? ただ単に機嫌が良いか、してやられて笑顔で返したのかであればいいんだけど。
倉庫と化している地下空間を後にして、本を読みたい気持ちを我慢しながら、リーシアが淹れてくれたお茶を飲む。
「本を探していたってことは、詠唱さえ分かれば転移が使えるの?」
ご尤もな質問をしてくるリーシアになんで答えようか迷う。
ここで使えると言えば、転移が使えることを利用されるかもしれない。まあ、それは別にいいとしても、何故転移が使えると分かっているのかの説明が必要になるかもしれない。
この世界ではスキルの存在は知られているが、それを各自が知るには一定スキルレベル以上の鑑定持ちに見てもらうか、鑑定石とも言われる特殊な鉱物を加工した物を使う必要がある。
鑑定を俺が持っていることを知られたくないし、鑑定石なんて使えることは滅多にない。
だが、ここで分からないと答えるのもおかしい。使えるか分からない。いや、使える可能性の方が圧倒的に低い転移を、必死なって探していることの説明なんてしようがない。
だが、ここで分からないと答えるのもおかしい。使えるか分からない。いや、使える可能性の方が圧倒的に低い転移を、必死なって探していることの説明なんてしようがない。
「詠唱が分かるだけで使えるかは分かりませんが、何れ使えるようにはなります」
嘘はついてない。それに本当に詠唱だけで使えるかは分からないからな。
「ふーん。もし使えるようになったら、たまには顔を見せに来てね」
「ええ。年に何度かはエステルを連れて来ますよ」
この世界の交通事情を考えれば、フリージアの近くならばいいが、国内でも端の方とかなら一年に一度も戻ってる余裕が無い可能性だってある。往復に一ヶ月近くかかるような場所だったら流石に毎年毎年帰ってられないからな。
意外と身内のことになると心配性なのか、会いにくると言われて、少しホッとしたような雰囲気のリーシア。そんなに心配なら婚約なんてさせなければ良かったのにと思いつつ、何処の馬の骨か分からない奴に押し切られて結婚されるよりは良かったのかなと考える。
……俺も何処の馬の骨か分からない奴に変わりはないけれど。
リーシアとの話も終え、ようやく部屋へと戻ることが出来た。机の上に借りて来た本を置き、ドクドクと急かしてくる自分の心臓の音に促されるように本に手を伸ばす。
お茶を用意してくれているクロードを待つこともできずに本を開けば、やたらと長い前置きが目に入る。
今は真面目に読んでいく気になれない。詠唱の書かれたページを探して本をパラパラと捲る。ごくりと唾を飲み込み、見開きを埋める注意事項に見向きせずに次のページを見れば、一ページ近くある詠唱がようやく俺の前に姿を見せた。
「本当にあった……長かった……」
見つけるまではそうは思わなかったが、見つけた瞬間、ここまでの道程が本当に長く感じた。
なんで、二回も死にかけなければいけなかったのか。
なんで、こんなに頑張っているのだろうか。
なんで、俺はもっと強くないのか。
意味の無い後悔が浮かびながらも、ようやく手にした転移を使うための最後の鍵を見つけた喜びが、浮かび上がる感情を塗りつぶしていく。
「長かったですね。でも、それもこれでおしまいです」
殆どの苦難を一緒に味わったソフィアが、俺の手を優しく握る。
一つ分かったことがある。俺が弱かったから、ソフィア達と出会うことができ、こんなに仲間の大切さを知り、大切な仲間ができた。
その点では、強力なスキルや圧倒的なステータスなんかを手に入れなくて良かったと思える。




