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神託の神子

 「予定よりも早く礼装も届いたから、こちらとしても準備が早めに終わらせれるから助かるよ」


 山越えはしなかったが、山越えをしない中ではほぼ最短ルートと言っても良い道を通ってきたからな。いや、もう道というよりも森の中が多かったけど。


 「偶然にも大きな障害も殆ど無かったので」


 「障害と言えば、その腕の原因にもなった盗賊がいたね」


 情報はもう伝わってるのか。流石と言ったところだろうが、それなら教会側で討伐してくれれば良かったのに。


 「こちらも聖騎士の中でも移動の早い数名を送ったのだけれど、聖騎士達が着く頃には終わっていたようで情報を持ち帰るだけで終わってしまったよ」


 送ってはいたのか。

 そうなると、アトルバと教会の作戦の伝達ミス。もしくは討伐隊の勝手な行動による作戦の崩壊が原因か。多分、カーゼンが自分の手柄のために作戦を無視したのだろう。

 聖騎士が到達してからなら犠牲者さえ出さずに済んだかもしれないのにな。


 「良ければ腕を治させてもらおう。こちらの依頼の道中で起こったことだ。聖騎士が間に合わなかったことと言い、こちらにも非はあるからな」


 「じゃあ、お願いします」


 流石にこれで何かを言われることはないだろう。金なんかにも困ってないだろうから膨大な治療費を取られたりもないだろうし、手駒にするにも俺なんかより優秀な奴は教会内にいっぱいいるだろう。


 デイリドがパンパンと手を叩くと奥から可愛らしい少女が現れる。黒い髪に紺の修道着を纏った姿は、何処かで見たことのあるような……。


 「私は治癒魔法を使えないのでな。孫のエステリーナに任せる。これでも治癒魔法の腕は確かなものだから安心していいぞ」


 「エステリーナと言います。状態が分からないと魔法が使いにくいので、この包帯や添え木を外してもいいですか?」


 「大丈夫です。やり易いようにして下さい」


 包帯と添え木を取り、左腕で右腕を支えながらゆっくりと机の上に腕を伸ばす。少し痛みが走るが、これで治してもらえるのなら文句はない。


 エステリーナが俺の腕を軽く撫で、折れている位置と骨の状態を確認する。痛みが無いように触っているせいでくすぐったい。数度俺の肘から手にかけてを往復するように確かめていた手が止まり、俺の腕に両手が置かれる。


 「神よ。癒しを与える――」


 目を閉じて集中し詠唱を始めるエステリーナ。魔力が流れてくる感覚がすれば、腕が熱く、そしてむず痒くなっていく。


 なんとも言えない感覚に襲われながらも、邪魔をしないように耐え抜けば、気が付いた頃には痛みが無くっていた。

 エステリーナが手を離し一歩下がる。恐る恐る腕を動かしてみるが、それでも痛みはやってこない。


 「どうですか?」


 「ああ、痛みも違和感もなくなった。治してくれてありがとう」


 「いえ。治ったなら良かったです。治ったとはいえ、しばらくは様子を見ておいてくださいね」


 奥の部屋に下がるエステリーナに心の中で何度も感謝を告げる。右手が使えることの幸せを噛み締めながら、ティーカップを右手で持ち紅茶を飲む。


 「ありがとうございます。お陰で冒険者の仕事がすぐにでも再開できます」


 「そう焦らずゆっくりするがいい。エステリーナも言っておったが、あまり無理をし過ぎればせっかくくっ付いた右腕がまた折れてしまう可能性もある」


 そんなことは分かっている。俺が言いたいのは、冒険者生活を再開できるからここを出たいということだ。

 確かに部屋は最高だったし、この敷地内の施設はまだまだ時間を潰せるだろう。だが、依頼も達成してしまったから、次に何をさせられるか気が気でない。引き止めるということは何かさせたいことがあるのだろう。


 「この後用事はあるかい? 無いなら昼食がてら少し時間をもらってもいいかい?」


 「……用事は無いので大丈夫ですが、仲間に昼食を食べておくように伝えてきてもいいですか?」


 相当嫌な予感がするが、ここで断れるほど肝は座ってない。それに、これは回避不能イベントだろう。どうせ、今断っても明日、明後日と都合の良い日を探されるだけだろう。

 ああ、神様。面倒なことが起こりませんように。



 ここで神頼みとか馬鹿だろう。神託の神子なんて存在がいる場所で神様が俺の味方でいてくれるわけがない。






 ソフィア達にご飯を俺抜きで食べるように告げてお金を渡す。ラポールをかけておけばストレージからお金の取り出しをすることは可能だが、現金で渡しておかないとアイリーン以外は遠慮してしまう。

 時間がかかってしまうだろうから、お金はだいぶ多めに渡しておいたので使ってくれるだろう。


 「もういいのかい?」


 「ええ。伝えることは伝えましたし、心配しなくとも三人ともしっかりしてますから」


 心配するとすれば、アイリーンくらいかな。放っておいたら勝手に魔物でも狩りにいきそうだし。

 ソフィアとクロードがいればしっかり止めてくれるだろうし、フリージアから出てしまえば入るのには手続きが必要なのは分かっているだろうから俺抜きでは行かないだろう。


 「それじゃあ、案内しよう」


 歩き出すデイリドの後ろについていく。

 案内する? 表現としておかしくは無いが、案内すると言われたら、他の誰かのもとに案内されるように聞こえる。

 俺が考えすぎなせいで、そう思ってしまうだけだろうか。

 一般用の地図に載っていない教会の奥の方へと進んでいくデイリドの後ろ姿に視線で問おうとも答えてくれるはずも無い。不安な気持ちが徐々に高まっていくが、問いかける勇気も無く進んでいく。

 一般用の地図に載っているメインの建物の更に奥。それほど大きく無い普通の家くらいの大きさの建物の前でデイリドが立ち止まる。


 「この中で待っている。私は仕事があるので戻るが、ゆっくりしていってくれ」


 やっぱり別の人が待っているのか。デイリドが案内するくらいだから、どうせ中にいる人も偉いのだろう。

 俺を置いて戻っていくデイリドの後ろ姿に溜め息を吐く。


 建物をもう一度見るが、本当に普通の家みたいだ。無駄に豪勢だったりするわけでは無く、どちらかと言えば少しボロいくらいの見た目なので、緊張は少し和らぐ。和らいだところで無くなるわけでは無い。ノックをしようとする手が少し震えているのを見て見ぬフリをし、ドアを叩く。


 「どうぞ。入ってください」


 女の人の声。柔らかな声に、引き締めていた気が緩むが、もう一度気を引き締めてドアを開ける。


 「ようこそ。急に呼び出して申し訳ありません。神託の神子のリーシアと申します」


 「い、いや大丈夫です。冒険者のケーマです。お招きいただきありがとうございます」


 ふんわりとした雰囲気に巫女服を着崩したような服装。引き込まれそうになる感覚を押さえつけ、代わりに観察する。

 エステリーナと同じような黒髪に青い瞳。ただ柔らかそうな雰囲気の奥には、得体の知れない何かが存在するように思える。


 俺が疑心暗鬼になっているだけかもしれないが、気を抜いて食われるよりは良いだろう。


 「座ってください。冷めないうちに昼食を食べましょう」


 その言葉に従い、四人掛けのテーブルへと移動する。俺が座るのを見てリーシアは奥へと行き、お盆のような物を手に戻ってくる。

 絶妙に料理が見えない高さにあるため、何が出されるのか恐る恐る待っていると、器がテーブルに置かれる。


 「焼き魚か」


 何の魚かは分からない。切り身なので白身魚であることは分かるが、見た目が白身魚でも味がどうかは別の話だ。この世界に来てから何度見た目とのギャップに驚かされたことやら。


 「味も問題無いと思います。今回の料理は全て神に教えてもらった貴方の世界の食材に似た味の食材を使用していますので」


 「地球の料理……」


 それも見た目からして日本の料理だ。どれだけ再現できているのかは分からないが、漂ってくる香りだけで涙が滲みそうになる。


 ……未練は無いと思っていたが、必死に隠そうとしていただけだったのか。ふと、思い出すきっかけが訪れれば、思い出が、未練が襲ってくる。

 言葉にならない感情が抑えられないほど高まっていき、たった一つの言葉が頭の中をよぎる。


 帰りたい。


 そう思った途端、別の感情が溢れてくる。この世界で過ごした数ヶ月の思い出と共に脳裏に浮かぶのは、ソフィアの笑顔。アイリーンやクロードの楽しそうな姿。


 どちらが幸せなのだろうか。


 自分でも分からない問いに答えてくれるものもいない。ただ、言えることは、元の世界に戻るということは、今持っているものを全て捨てるということだ。元の世界の俺は大切な何かを持っていなかった。それこそ金はあったし、生活環境は今よりも良い。

 だが、それを上回るほど、ソフィアやアイリーン、クロードの存在は今の俺にとっては大切だ。思い返せば思い返すほど、今あるものを捨ててまで戻りたいという感情は薄れていく。


 「大丈夫ですか? 冷めないうちに食べましょう」


 「大丈夫です。そうですね。せっかくの料理が勿体無いので食べましょう」


 リーシアがすまし汁のようなものを口にしたのを見て、俺も料理に手を伸ばす。

 美味い。だが、物足りない。

 何かが足りないような味付けだが、それでも美味いものは美味い。完璧に再現できていなくとも、懐かしい感じはするし、それにこうして食べられることが嬉しい。

 別に足りなくとも問題は無い。今あるもので楽しめばいいのだ。この世界にはまだまだ知らないものがたくさんある。それこそ、一生かけて楽しみ続けられるくらいに。


 料理を堪能し一息ついた頃には、気持ちも落ち着いていた。今あるもので楽しむのが一番だ。もし帰れたとしても、まだ半年くらいだからいいが、数年経っていれば戻った時にはある意味未知の世界になっているかもしれないしな。

 思い出してしまったことによりホームシックに陥っただけだろう。どちらがいいかなんて、その人の生き方次第だろう。俺にとってはこっちの世界の方が合っているかもしれない。


 死にかけるのは、もう嫌だが。

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