フリージア
街へと足を踏み入れれば、今まで見てきた他の場所とは別世界と言ってもいいくらいの違いがある。
「綺麗ですね」
「ああ。そうだな」
これは凄い。文明のレベルがこの街だけ違う。他にもあるのかもしれないが、この世界で俺が見てきた中では飛び抜けている。
道路は石畳になっており、それもガタガタせずしっかりと整えられている。家も外壁は塗り壁式であるのが殆どだが、状態がかなり良い。普通ならひびや汚れなんかはもっと目立っているはずだが、じっくり見てもわからないくらいだ。
そして、空気。上下水道の設備がなく、ゴミの処理も燃やすか埋める。そして消臭剤や芳香剤なんかもそこまで発達していない世界なので、基本的に町の中でも少々臭かったりする。慣れれば気になる程でもないが、野営なんかを繰り返した後に町に行くと臭いなと思ってしまうのが普通だが、この街は入ったばかりでも全く臭くない。
汚れも臭いも無いなんて、人の多い大きな街ではあり得ないだろう。比較的綺麗な日本の街でもたばこの捨てがらやごみのポイ捨てなんかがすぐに目に入るくらいだ。
だが、目の前に広がる景色が常識を覆してくる。
「フリージアに来るのは初めてかい?」
門を通り抜けてすぐの所で立ち止まっていたせいで、門番の一人が気になったのか声をかけてきた。
「そうなんです。凄いですね、この街は」
凄いとしか言えない。俺にはどうすればこうなるのか考えても思いつかないし、この街を褒め称えるだけの語彙力も無い。
「これも全て教会のおかげさ。毎日修行の一環として、街の掃除をしてくれている。そして、研究成果を惜しみなく街の発展の為に使ってくれているから、他よりも数段先を行っているんだよ」
教会という組織からすれば、それで信仰が増え、寄付なんかも増えれば利はあるということか。
だが、それを続けるということは、簡単ではない。教会なんてどうせ関わったら面倒なだけだと思っていたが、このフリージア教は悪くないかもしれない。ほかの宗教がどんななのかなんてこの世界でも地球でも知らないけれども。
流石に警戒心0で教会に突っ込む程ではないが、印象が変わったのは間違いない。依頼が来た時には逃げ出そうかと思うくらいだったが、今のところ何もしてこないし、この街を見る限り問題もなさそうだ。
門番に少し話を聞いて、宿屋のある方向を教えてもらいフリージアの街中を歩き始める。やはり、流石にゴミ一つ無いなんてことは無かったが、それでも綺麗なことには変わり無い。ちょっとテンションが上がりながらも、まずは宿屋を目指す。
こんな街の宿屋ならベッドなんかも良い物を置いてそうではあるが、期待しすぎるのも後々がっかりするだけだから無駄にハードルを上げるのもいけないな。
「ここの宿屋にするか」
二、三軒宿屋を通り過ぎたのでそろそろいいだろう。門から一番近い所だと客も多くて騒がしいかもしれないし、大通りから近すぎても人が多い。そういった宿屋を通り過ぎ、奥に入りすぎていない、ほんの少し小さな宿屋を発見した。
全員異論は無いようなので宿屋に入ろうとすると、バタバタと人が走ってくる音が聞こえたので、煩わしいなと音のする方向を見る。
「あ! もしかして、冒険者のケーマさんですか?」
宿屋の横の道から出てきて、俺の顔を見るなり声をかけてくる。俺と同じくらいであろう青年は少し息を切らしながら、俺が返事をしないことで人違いかと思ったのか首を傾ける。
「俺がケーマだけど、どちら様で?」
この街に知り合いなんていない。この男も記憶に無いので俺の知り合いではないはずだ。
だが、俺を見るなりすぐにそうではないかと思ったり、慌ててここまできた様子を考えれば嫌な予感がする。
「間に合って良かったです。フリージア教会フリージア本部長の命で来ました聖騎士のルークと申します」
「知ってると思いますが、冒険者のケーマです。こっちはソフィアとアイリーンとクロードです」
ああ、やっぱり教会の人間だったか。俺のことを探してくる奴なんてギルドか教会関係だろうとは思ったが、よりにもよって教会の方だったか。
「宿屋をお探しなら教会の客室をお使い下さいとのことです。お決まりでないなら如何でしょうか?」
断りたい。そう思う気持ちもあるが、宿屋で泊まるよりはベッドもその他の設備も断然良いだろう。わざわざ呼びに来たということは、早く来てほしいというのもあるのだろう。一泊してまた呼びに来られるのも面倒だしな。
チラッと三人を見るが、誰も嫌そうな顔はしていない。何も起きないことを願って、今回は泊まらせてもらうことにするか。
「じゃあ、客室を使わせてもらうよ」
「では、案内させてもらいます。このまま、すぐに行っても宜しいですか?」
「ああ。頼む」
街を見たい気持ちはあるが、ルークを待たせるのも悪いし、着いてこられても面倒だしな。
それに、疲れもあるから少し休憩したい。客室を使わせてくれるくらいだから、飲み物くらいはくれるだろう。
教会の場所はフリージアへと入れば、いや街の外からでも建物が見えるので分かる。山の麓に広がる街から山の方へと向かえばいいだけなので、ルークも道案内はせずに街について色々教えてくれた。
徐々に教会へと近づいていくにつれ、山に建てられたせいで建物が高く見えているだけかと思っていたのが間違いだと気づく。建物自体は山の手前にあり、街の外からでも見える程の高さが実際に建てられていると、目に映る光景が告げる。
「でかいな……」
どれくらいだろうか。ゆうに30メートルはあるであろう高さと小さな町か村くらいなら入りそうな面積の建物。想像よりも遥かに凄い建物に、言葉も出てこない。
「九つの区画に別れていて、真ん中の一番高い建物が大聖堂です。そこから奥に進むと教会の本部があります。左右の建物は色々な施設があり、奥は教徒の居住スペースになっています」
どうぞと渡されたのは簡単な地図。一般向けに作られているので街側の建物がメインになっているが、商店であったり食堂、図書館、更には建物の外には薬草園や畑など、この中だけで生活していけるなと思ってしまう程の内容だ。
「基本的にこの中だけでも生活できます。更に、山の洞窟に入れば中はダンジョンになっているので魔石なんかも回収できますから、困ることは殆どありません」
ダンジョンまで保有しているのか。これだけの建物にダンジョン、聖騎士という戦力。トップに立つものが野心家ならば、国として独立しそうなくらいの力がありそうだな。
「許可を貰えばダンジョンも探索してもらって大丈夫なので、行きたければ言ってください」
「今は大丈夫です。また機会があれば」
アイリーンは喜ぶかもしれないが、俺はダンジョンに潜るのは嫌だ。あんないつ襲われるか分からない狭くて道が分かりにくい場所よりは、外で狩りをしている方がましだ。
「ええ。何時でも言ってください。それでは、客室を使用することを伝えてきますので少しお待ちください」
ルークが走っていくのを見送り、辺りを見渡す。やっぱり大きい建物を見上げていると、誰かの視線を感じた気がしたので建物の奥の方に視線を移す。
女の子? 黒髪の少女がこちらを見ているようだ。遠くてわからないが数秒視線が合ったと思えば、すぐに少女はその場を後にする。
誰だろう。俺には見覚えが無い。教会の人間自体知っている奴はいない。遠かったのでしっかりと顔まで見れなかったが、俺より若そうな雰囲気だったな。
気にしても誰だか分からないから無駄に考えず、今は忘れておくか。




