戦いは終わり
大きく息を吐きだし力を抜く。疲れたな。朝っぱらからこんな命がけの運動する羽目になるとは。
「ケーマ様! 大丈夫ですか!?」
駆け寄ってくるソフィアがかなり焦った様子で俺のことを心配する。
いや、斧にも当たらなかったし、俺のダメージはそれ程でもない。ちょっと戦いが終わった余韻に浸ってぼーっとしていたのが心配をかけたのだろうか。
「主。腕変」
アイリーンが剣に付いた血を拭いながら戻ってくる。無事に倒したようで、怪我も少し切り傷があるだけで、大きなものは見当たらない。
流石だな。ボスとアイリーンの戦った相手のどちらが手強かったのかは分からないが、一人で倒しきっているんだもんな。それに余裕さえ見える。
「早く治療しないと!」
クロードまで駆け寄ってくる。お前の治療もしないといけないから安静にしておけよ。一番ダメージを食らっているのは、俺を助けて斧を剣越しとは言え受け止めたクロードだろうに。
ストレージからちょうど良さそうな布切れを出し、血を拭くようにクロードに渡す。
皆が俺を心配そうに見る。どうしたものかと右腕を見れば、完全に変な方向に曲がっていた。
「ああ。力が入らないと思ったら折れていたのか」
冷静に言ってみたは良いものの、自覚した途端に痛みが襲ってくる。咄嗟にストレージから痛みを止める薬と回復薬を取り出し、慌てて飲み込む。
「アイリーンとソフィアは良い感じの木の枝か何かを取ってきてくれ。こう腕に添えることのできるサイズの」
「分かりました!」
「わかった。行ってくる」
慌てて取りに行ってくれる二人を見送り、クロードを近くに呼ぶ。
「僕は何をしたらいいですか?」
「俺の腕を真っ直ぐに伸ばして支えておいてくれ。俺が叫んでも力が入っても気にするな」
「は、はい!」
取り敢えず添え木をするにも腕を真っ直ぐにしないといけない。下手に曲がったままくっ付いたら、それこそ冒険者を引退しなくちゃいけなくなる。
……あれ?引退できるならいいんじゃないか?
いやいや、まだ安定して金を手に入れる手段すら見つかって無いのに、強制引退なんてしてられない。それに日常生活にも支障の出る障害なんてわざわざ自分から残しに行きたくない。
「い、いきます!」
クロードがぐっと力を入れて腕を真っ直ぐになるように軽く引っ張りながら動かす。
「ぐっ! あああぁぁぁあ!」
「だ、大丈夫ですか!?」
返事をする余裕も無い。痛み止めなんて意味が無いと言わんばかりに痛みが駆け抜ける。ミシミシと噛み締めた歯がなるのが聞こえるが、それに対して何か考えることもできない。
痛い……痛い、痛い!
頭の中に自分の痛いという悲鳴が鳴り続ける。落ち着こうにも落ちつけず、食いしばる歯がミシミシと音を立てているのも放っておくことしかできない。
「これで真っ直ぐなはずです。このまま支えておきますね」
「あ、ああ。ありがとう」
どれくらい経っただろう。多分時間としては一分もかかっていない。だが、体感としては何十分もの間痛みに耐えたかのような気がする。汗が垂れているが拭く気力さえ無い。気がつけば、左手の手のひらから血が滲んでいるが、それすらも今はどうだっていい。
拍動するかのように響いてくる痛みに耐えていれば駆け寄ってくる音が聞こえる。ソフィアとアイリーンが木の枝やどこから見つけたか分からない木の板を持って戻ってきた。
「その木で折れた部分を真っ直ぐのまま固定してくれ」
痛みでストレージを開けることもできない。何かを考えるのも嫌になるくらい痛みが続くので、耐えることだけを意識する。
「ぐっ……」
「すいません! 少し我慢してください!」
ソフィアがストレージから取り出した布で腕を固定してくれるが、布を縛る時に痛みが強まる。
ああ……迷惑かけてるな。痛みくらい我慢しろよ。
「主」
「ん? どうかしたか?」
「ごめん。我慢して」
何かと思い、耐えるためにいつの間にか閉じていた目を開けアイリーンを見ようとすると、アイリーンが俺に腕を振り下ろすのが見えた気がした。見えたと思ったのとほぼ同時に意識が遠退き、世界が黒く染まる。
「……っ。どうなった?」
いつの間にか眠っていたのか?目を開けると、肌色の何かを枕にして横になっていることが分かる。頭の下の柔らかい肌色以外はただの地面と木しか見えない。
「起きましたか? 腕の怪我だけじゃなくて疲労も溜まっていたみたいですね」
そう言えば、腕が折れてたな。確か、痛みに耐えていたらアイリーンに声をかけられて。
アイリーンが俺を気絶させたのか。おかげで、眠ることもできてスッキリした。痛みも慣れたのか、上手く固定できているからか、それほど強く無いから、もう大丈夫だ。
「どれくらい寝ていた?」
「だいたい四時間くらいですね。今はアイリーンさんとクロードくんが討伐隊の方達の手当てと盗賊の捕縛を手伝っています」
四時間も寝ていたのか。通りでスッキリしているわけだ。もう起き上がっても大丈夫だろう。何時までも横になってもいられない。
「あ……起き上がって大丈夫ですか?」
起き上がってみれば、枕にしていた肌色の何かがソフィアの太ももだということに気づく。
も、もうちょっと堪能しておけば良かった。いや、流石に皆が頑張ってるのに何時までもそんなことしていられないな。それに、意識したらしたで、恥ずかしくて堪能なんて言ってられない。
「あ、ああ。大丈夫だ。ありがとう」
「いえ。元気になられたなら良かったです」
マシになったとはいえ痛みはあるな。ストレージから痛み止めを取り出して飲もうとするが右手が使えないことに気づく。右利きというのもあって、基本的な動作は右手で行うことが多い。ストレージからアイテムを取り出すのも右手を使っていたから、念じて出てきたアイテムを受け止められずに地面に落ちてしまった。
「これは、慣れるまで大変だな」
右手が使えないってのは不便だな。落ちた痛み止めをソフィアが拾ってくれるが、受け取ろうと右手を動かそうとしてしまった。せめて、折れたのが左なら良かったのに。
痛み止めを飲み、ソフィアが用意してくれていた三角巾のような形の布で腕を吊るせば、問題なく歩ける。
人が集まっている場所へと行けば、簡単な炊き出しのような食事が配られていた。
「あ、ご主人様! もう歩いて大丈夫なんですか?」
「痛みは少しあるが、もう大丈夫だ。激しく動きさえしなければ、これもしっかり固定されているから大丈夫だろうし」
クロードとアイリーンが駆け寄ってきて俺の体をまじまじと見る。服も着てるし見られても問題無いが、こうまじまじと見られると恥ずかしいな。
少し遅れて他の冒険者よりも良さそうな装備をした男がやってくる。雰囲気も冒険者っぽくはないから、アトルバの私兵かな?
「ご主人様。こちらは討伐隊のまとめ役のトーラスさんです」
「どうも。トーラスといいます。今回は助かりました。本当にありがとうございます」
しゃきっとした態度で礼をされるが、どう返せばいいかも分からないので苦笑いが溢れる。
高くはついたが、アトルバへの一宿一飯の恩を返しただけだ。もうこんな恩の返し方はしたくないが。
「アトルバには世話になったからな。それにこれも預かったから」
家紋入りのカードを見せれば、トーラスもそれ以上は突っ込んでこず、ありがとうございますともう一度頭を下げる。
「簡単な物ですけど良かったら食べていってください」
俺達の席を用意してくれたようだ。野菜スープとパン、それに肉を焼いただけのような料理だが、何もないよりはいい。あれだけ戦闘をしたから寝起きとはいえお腹が減っている。
「それと、盗賊から回収した物は一部を除いて討伐隊で分配することになっているのですが、貴方達には助けられたので最初に選んでもらいたいのですが、何か欲しいものはありますか?」
別に欲しいものは無いな。強いて言えば金はあっても困らないから欲しいが、ここは討伐隊の奴等に譲っておこう。
ソフィア達にも何かいるかと尋ねるが、全員首を横に振る。
ただ、何も貰わないってのも、それはそれでトーラスが引け目に感じてしまうかもしれない。必要かって言われれば要らないが、あれを貰っておくか。
「俺達が相手にしたボスみたいな奴の斧。あれだけ貰いたいがいいか?」
あの斧は魔法武器だ。価値としては今回の分配品の中でもかなり高い物の一つだろう。
それに、あの斧には能力が二つあるはずだ。一つは俺の腕を折った衝撃を強める能力。そして、俺のバランスを崩させクロードに庇わせた時の地面を操作する能力。能力としては持っておいて損はないだろう。もしかしたら、今後仲間になった奴が斧を使えるかもしれないしな。
「あれは持ち帰りリストに入ってなかったから大丈夫ですよ。あの斧だけでいいんですか?」
「ああ。後は皆で分けてくれ」
「ありがとうございます。では、斧を持ってきますね」
トーラスが斧を持ってきてくれる。何人かこれを狙っていた奴もいたようで、羨ましそうにこちらを見てくるが、俺の姿を見た途端に納得したかのような表情で諦める。
俺が、盗賊のボスを倒したことはここにいる奴らには広まっているのか。これだけの人数がいれば口封じって訳にもいかないから、また誇張された噂が広まってしまいそうだな。
アトルバのもとへと帰れば、俺がスタンピードの英雄だと分かるだろうし、そうなれば止めることはできないだろう。
……悪いようにさえならなければいいが。せめて、腕を折るほど苦戦したってのも広まるなら一緒に広まって欲しい。
「なあ、何人死んだ?」
「討伐隊で死んだのは二人と、カーゼンと連れの奴隷だけです」
意外と少ないのか、それとも作戦通りにしていればけが人すら少なく済んだのか。
死んだ奴には悪いが、俺にはどうすることもできなかった。恨むなら馬鹿なことをしたカーゼンと自分の実力にしてくれ。
考えていても仕方ないので、食事を取る。少し冷めかけているのもあり美味しいとは言えないが、それでも十分だ。スープを飲みパンを食べる。だが、肉は左手で持つフォークで支えるには大きく、手で食べるには冷め切ってない。
どうしようかと悩んでいれば、ソフィアがナイフを取り出して肉を細かく切ってくれた。
「ありがとう。これなら食べれるよ」
「困ったことがあれば言ってください。私にできることなら手伝いますので」
「僕も手伝います!」
「戦闘は私に任せて」
こういう時くらいは、ちょっとしたことでも頼らせてもらうか。三人とも嫌そうな雰囲気は無いし、むしろ世話できることが嬉しそうだ。
そんなに、頼ってなかったかな? 最近は皆が色々してくれるから、俺が率先して何かをすることも少なくなったと思うけど。
「ああ、頼むよ」
そう言えば嬉しそうに三人が頷く。こうやって心配してくれ、俺のことを考えてくれる人がいるのは良いな。こんな仲間がいるならたまには怪我するのも悪く無いかもしれない。
……痛いのは嫌だけど。




