仲間の
間に合わない!
斧の動きは捉えられているが、体が動かない。良くて大怪我、普通に行けば死ぬだろう。ほんの少しでも生き残る可能性を高めるために力を抜いて斧の迫る反対方向へと倒れるように体を動かす。
スローモーションに見える斧。それ以上に遅い俺の体。
思考だけが動き続ける世界の中で、徐々に徐々に諦めが強くなっていく。
「ご主人様!」
クロードの声と共に、体に衝撃が走る。吹き飛ばされる体に視界が暗転する。受け身も取れず地面に叩きつけられ痛みが体を走る。
「ご主人様……大丈夫ですか?」
痛む体に鞭を打ち体を起こすと、隣にクロードが倒れ込んでいた。口から血を流し頭を打ったのか額にも血が流れている。
ああ、そういうことか。俺の弱さが仲間を傷つけた。俺を守ってクロードが斧を受けた。……駄目だな。所詮はこの程度か。幾ら力を与えられたって扱う人間がこれじゃ力を生かしきれない。心の何処かで油断していた。負けないと慢心していた。
「クロード。助かった。あいつは俺が倒すから、少し待っていてくれ」
「はい。役に立てて良かったです。後はお願いします」
クロードに回復薬を飲ませて、俺も一つ一気に飲む。
体は痛むが動けないほどではない。弾かれていた剣を拾い左手で構える。普段とは逆の手のせいで違和感が凄いが右手に力が入らないので仕方ない。
「お前は俺が倒す」
「敵討ちってか。そんなボロボロでよく言うぜ。だが、その目は嫌いじゃない」
ニヤリと笑みを浮かべて肩に乗せていた斧を一振りする。
斧の紋様はその姿を今は消している。一度能力を発動させるとクールタイムが必要なタイプの能力なのだろうか。
流石にそんな確証もない予想だけで行動するわけにはいかないので、大きめに回避行動を行い斧に当たらない位置まで移動してから剣を斧にぶつける。
不慣れな左手で振られた剣は、斧にぶつかるが軌道を殆ど変えることはできない。だが、伝わってくる衝撃は普通に斧と剣がぶつかった衝撃だけだった。
これならいける。クールタイムがどれだけの長さか知らないが、今の内に左手での剣の扱いに少しでも慣れろ。
回避行動を大きめに取るせいで攻撃は当てれない。体力的には身体強化で補えるから余裕はあるが、体に走る痛みまではおさえきれない。相手もソフィアの魔法で少しずつダメージを食らってはいるが、どちらが先にやられるかと言えば、このままの状況が続くのであれば、クールタイムが終わった段階で俺が負けることが確定するだろう。
「どうした? 全然攻撃できていないぞ?」
「お前の攻撃も当たってないから五分五分だろうが」
「口だけは達者のようだな。だが、それもここまでだ!」
斧の刃の部分に手を触れると、また紋様が浮かび上がる。
クールタイムが終わったか。ろくに攻略の糸口も見えていないから絶望的と言っていい。勝てる見込みは、はっきり言って限りなく0に近い。
ちっ……距離を取ろうにも、ターゲットを俺から移されても困る。集中して斧の軌道を見切るしかない。振るわれた斧を躱すが、次の行動に移る前にまた相手の攻撃がやってくる。
次から次へと繰り出される攻撃。休めるのはソフィアの魔法が放たれ相手がガードに回る一瞬だけだ。身体強化を使っていれど、動きが鈍くなってきたと自分でも分かる。
集中しろ。何か攻略法はあるはずだ。相手の動きを良く見て、何でもいいから勝てる糸口を見つけ出すんだ。一つでも多く模索しろ。
斧を躱し、体勢を立て直してすぐにバックステップして追撃から逃れる。前へと踏み出して振るわれる斧をさらにもう半歩下がりながら相手の右側へと回り込んで避ける。
このタイミングで攻撃をできるか? 握る手に力を入れ剣を振ろうとするが、斧が次の攻撃の為に動き始めているのが視界に入る。
これは間に合わない。前に踏み込もうと上げた足を無理矢理下ろし、全力で下がる。さっきまでいた位置を斧が通過していく。無理だな。今のタイミングだと俺の与えるダメージよりも受けるダメージの方が大きい。良くて相打ちだろう。一撃で仕留めることができたとしても、勢いに乗った斧が振るう人間が倒れても俺に襲いかかるだろう。
次の一撃を避けようとしたところで、ソフィアの魔法が放たれ、互いに一度動きを止める。
……いけるかもしれない。賭けになるのは仕方がない。どうせ、このまま粘り続ける体力も無いから、何処かで勝負を仕掛けないといけない。アイリーンが間に合えばというのはあるが、それに賭けるのと勝率で言えば五分だろう。
さっきと同じように斧を躱し、バックステップで一度距離を取り、ぎりぎり相手が踏み込んで攻撃すれば届く範囲で一度止まる。攻撃が繰り出される瞬間に半歩下がり、斧を見ながら回り込む。剣を振りかぶって、振らずにそのまま下がる。
ソフィアの詠唱が終わる間際、魔力が吸われる感覚がやってくる。ソフィアを見れば、その瞬間に魔法が放たれる。
魔法はガードされて、僅かにダメージを与えるだけで終わったが、同じことを意識して繰り返したおかげで勝機は見えた。
あとは、俺が焦らずにそのタイミングまで耐え、そして一回のチャンスを確実にものにすればいいだけの話だ。
自分でもニヤリと笑みが零れたのが分かった。だが、油断はできない。成功するかどうかなんてやってみないと分からない。
「追い詰められて気でも狂ったか?」
確かに息は上がっている。見た目もどんどんボロボロになっているせいで、このタイミングで笑っても諦めたのかと思われてもおかしくない。
「さて、どうだろう。案外余裕だったりして」
強がっては見るが余裕はない。限界まで身体強化を強め、息を整える。気取られるな。チャンスは一回きりだ。
このチャンスを逃せばすべてが終わると思え。
まずは牽制。一歩前に踏み出してすぐに横に動く。斧が通り抜けるのを確認して、すぐにフェイントを入れて下がる。
ここからだ。剣を握る手に力が入るが、気にしていられない。
前へと先程までよりも速く一歩踏み込む。このタイミングで勝負を仕掛けても、慌てて振られる斧が俺を襲うことは分かっている。前へと進む勢いを無理矢理殺し、横へと切り返す。
斧を振り切った体勢のボスに剣を振り上げるが、ここも間に合わない。先程までの戦闘で分かっているので切り返して襲いかかってくる斧に当たらないように下がる。
「気にせず放てよ」
誰に聞こえるわけでもない小さな声。それでも、声にしておきたかった。伝わったかどうかも、それに応えた訳でもないが、吸われていく魔力が俺を安心させる。
全力。今までよりも更に速く。前へと倒れるかと思うくらい重心を傾け、地面を蹴る。
今回は下がる気などない。これが、俺の見つけ出した勝利への道だから。
「残念だったな! ここからでも間に合うんだよ!」
俺が右手で持ち上げた剣を見て、ボスが笑みを浮かべ斧を振るう。
俺の剣が届くよりも早く、斧は俺の剣を弾きそのまま俺に襲いかかるだろう。
「ご主人様!」
クロードの叫ぶ声が聞こえる。集中しすぎているからか、ゆっくりに見える斧に右手で持つ剣を差し出す。同時に体を捻りながら斧の軌道から剣以外をできる限り外す。
ニヤリと笑みがこぼれる。同時にボスの顔が驚愕に染まる。
俺の姿で隠れていたソフィアの魔法が数メートルの距離に現れたのだ。斧を振るっている体勢からではどうやっても間に合わない。
そのおかげで、僅かに斧の軌道がぶれたのは予想以上の効果だった。
剣と斧がぶつかる。あっさりと剣は弾き飛ばされ、衝撃が俺の腕へと伝わる。どうせ、力が入らなかった右腕だ。今更痛みが増えたところで大して変わりはない。
斧を振り切った体勢のボス。半身になりながらも横に潜り込んだ俺。そして、ボスの目前に迫るソフィアの魔法。
念には念を入れる。体勢を立て直しながら左手でボスの横腹を狙う。俺の拳が横腹に入ったのと同時に、なんとか顔に直撃は免れるために出した左腕に魔法が当たる。
衝撃と熱が俺にも伝わるが、こんなところで止まっていられない。右腕で殴ろうとしたが力が入らないので諦め、膝を振り上げる。倒れ行くボスの体に最後の一撃を背中に叩き込めば、勢い良く地面へと這い蹲る。
「俺の勝ちだって言っても、聞こえてないか」
意識を失いピクピクと震えているので、何を言っても聞こえてはいないだろう。いや、強かった。ソフィアが、クロードが、どちらかが欠けていれば俺が負けていただろう。
勝てると思って助っ人に来て、勝てると思って一人で挑んだが、やっぱり俺自身の実力はそこまで凄くないということか。
でも、勝てた。仲間がいれば勝てるんだ。
俺一人で勝つ必要なんてない。




