盗賊
どれくらい時間が経ったかは分からない。時間も忘れる程、テントの中でぼーっと何かを考えるわけでもなく、湧いてくる感情を心の中でぼやいていれば、何やら外が騒がしい。
外の様子を見ようと体を起こそうとしたときにちょうど外から声がかkる。
「ご主人様。起きてますか?」
「起きてるよ。何かあったか?」
テントの外から声をかけてくるクロードに返事をして起き上がる。寝ているかもしれない俺に声をかけてくるということは、外で何かあったに違い無い。テントの入口が開かれクロードが顔を覗かせる。
「討伐隊がやらかしたみたいです。逃げてきた人がちょうど僕の探知に引っかかりました」
テントの外に出れば、見知らぬ男が息を切らして俺の方を見ていた。相当急いできたのあろう流れ出る汗は相当な量だ。
「夜襲をかけて、逆に暗闇で返り討ちにあったか」
暗い中での戦いなんかは盗賊の方が慣れているだろう。最初の一手を読まれるか、最初の一手で大ダメージを与えられなければ、ジリ貧になってしまうのも仕方ない。
「カーゼンの野郎が作戦を無視して突撃したせいでこの様だ。あんたらは盗賊が現れるったのに、こんな所で野営とは何者だ?」
「冒険者だよ。アトルバに討伐隊を出したから残党程度なら大丈夫だろうと言われて進んできたわけだ」
こういう時に使えばいいのだろう。アトルバに渡された家紋の描かれたカードを見せれば、男は納得した様子を見せる。少しばかり見えていた警戒心も無くなったようで、カードの効果様々と言ったところだろう。
「状況はどんな感じだ?」
「あ、かなりやばい。結果を伝える為に、三人逃げたんだ。残りの奴等は俺達を逃がす為に、反撃してきた盗賊を迎え撃ったから今も戦っているはずだ」
このまま、放置しても討伐隊がやられるだけで、盗賊はダメージは食らえど壊滅はしないだろう。
何人か逃したのは気づいているだろうから、次の討伐隊が来る前に今のアジトからは撤退するだろうから、俺達が襲われる可能性はそこまで高くないとは思う。
だからと言って、ここでそうですかと見捨てて旅を進めるのは、それはそれで難しい。巻き込まれたくはないが、アトルバには一泊の恩もあるからな。
「お前は状況を伝えにイアクトまで戻れ。俺達は討伐隊の加勢に向かう」
盗賊のアジトがある大体の場所を教えてもらい、イアクトへと向かっていく冒険者の男とはここで別れる。
魔力を温存しないのなら、移動速度ではアイリーンが一番速く、次に俺だろう。ソフィアとクロードはそれほど差はないだろうが、冒険者としての経験が僅かに長いソフィアの方が体力的に勝つだろうから、ソフィアの方が速いだろう。寝起きということを考慮すればクロードかもしれないが。
「クロード。お前はソフィアとアイリーンを起こして状況説明してから来い」
「はい。ご主人様は?」
「俺は先に向かう。アイリーンには魔力を使っていいから追いかけて来いと伝えてくれ」
アイリーンのことだから話を聞いたら飛んでくるだろう。俺が盗賊のアジトまで辿り着くまでに追いつかれることは無いとは思うが、もしかしたらアジトへの到着とほぼ同じくらいに追いつかれるかもしれない。
「気をつけて下さい。すぐに追いかけます」
「ああ。頼んだ」
一人で先に向かう。身体強化を発動させて走ってはいるが、暗い森の中を全力で走る勇気が無い為、スピードを出し切れないのがもどかしい。
森を抜け山の麓まで出れば、戦闘音が聞こえてくる。今度は気づかれないように音を抑えながら走る。できれば、一撃目は不意打ちでいきたい。囲まれてしまえば、俺だけでは倒し切れるか分からないから、敵を混乱させられれば最高だが。
アイリーンが追いついてくる様子はまだ無い。俺の視界の半分を隠す岩の先には、固まって耐えている討伐隊と、攻めあぐねながらも押している盗賊の姿が見える。
大体15メートルと言ったところか。ここからなら、不意をついて攻撃することはできるが、狙うのならばできるだけダメージの大きい一撃を与えておきたい。
「ファイアーアロー!」
死角。俺からは岩の延長線上で見えない位置にいた魔法使いが討伐隊に魔法を放つ。
がっちりとした鎧を着た男の肩に直撃したことで、固まって出来ていた壁が崩れる。
「ラッセルを下がらせろ! 代わりに俺が出る」
切り掛かってくる盗賊に数人怪我を負うが、すかさず違う奴が前に出て壁を形成する。怪我を負った奴は後ろに下がり、魔法薬で回復して次に備える。
じりじりと後退しながらも耐えている討伐隊だが、あの魔法使いの攻撃が来る度に大きく崩れかけるようだ。
狙うのならば、あの魔法使いだな。
息を殺し、気づかれないように移動する。魔法使いの背後まで回りこむことに成功し、約10メートルの距離の窪みに身を隠す。
「落ち着け。狙うのは横腹だ。落としきれなくとも、詠唱が出来なければ魔法は発動できないはず」
気合を入れて地面を踏みしめる。
ジャリっと音を立てる砂に、魔法使いが振り向く。視線と視線が重なり、慌てて魔法使いが逃げようと詠唱を中断して動き出すが、それももう遅い。
鞘に入ったままの剣が、魔法使いの横腹を嫌な音を立てながら打ち抜く。
どさっと吹き飛ぶかのようにそのまま崩れ落ちる魔法使いに、他の盗賊からの視線が集まる。
盗賊の視線が仲間の魔法使いから俺へと移る。だが、視線が俺を捉えるのと同じくらいのタイミングで、討伐隊の反撃が始まる。
魔法使いを失ったこと、それに気を取られてしまったこと、隙のできた盗賊は押されていく。
「これは予想外。私の出番がない」
いつの間にか横にいたアイリーンが残念そうに呟く。見るからに討伐隊の勢いが勝っている。盗賊は散り散りに逃げ出そうとしているが、それも出来ずにやられている奴が大半だ。
俺の方へと二人の盗賊が突っ込んでくる。討伐隊のいないこちら側に来るのは正解だ。さっきまで何も出来ずに耐えていただけの討伐隊の仲間であれば、二人だけなら一対一に持ち込めば逃げ切れる可能性は高いだろう。
俺達が討伐隊の仲間であれば。アイリーンが見た目とは裏腹にかなりの実力を持っていなければ。の話ではあるが。
「もう少し頑張ってほしい」
がむしゃらに突撃してきた盗賊ではアイリーンの動きに反応することさえ出来ずに終わった。
血の付いた剣を振るう姿は怖いはずだが、それを感じさせないほど、アイリーンがつまらなさそうに、そして可愛らしく小さな欠伸を見せる。
「討伐隊の被害が大きくなるのはアトルバに悪いから、適当に盗賊を倒しておいで」
「分かった。面倒だからささっと終わらせてくる」
アイリーンが駆け出していくのを見送り、一人で岩陰へと隠れる。
込み上げてくる吐き気を抑えながら、ずるずると岩にもたれ掛かって座り込む。
初めての人が死ぬ光景。鼻に付く血の臭い。魔物のそれとは違うように見えてしまうのは、俺が心の中で魔物を所詮魔物としか捉えていなかったからだろう。
「はは……情けねえな」
自分の死を覚悟したことはあっても、人の死を受け入れたことは無かった。スタンピードの時だって、犠牲になるのなら俺だと考えていたし、魔物を魔物としか捉えていなかったから死なんて考えていなかった。
魔物だって、ゲームのように無限にポップするわけでは無いのにな。
パンと心地良い音を俺の右手が自分の右頬を打ち抜いて鳴らす。
この世界で生きるって決めたんだろう?だったら、このくらいどうってことはない。何人、何十人に恨まれようとも、俺は俺の望むものを手に入れる為に動くだけだ。
立ち上がって足を前へと動かす。未だ続く戦闘の中をゆっくりと歩いて抜ける。俺に攻撃しようとしてくる盗賊には容赦はしない。槍のような棒で突こうとしてくる盗賊の切っ先を躱し、棒を下に叩きつけることで盗賊の体勢を崩し、そのまま腹を拳で打ち抜く。
痛みに悶える盗賊を放置しながら奥へ奥へと進み戦闘している地帯を抜ければ、その奥にある洞窟のような穴から男が二人出てきた。




