魔力
アトルバの屋敷を後にしてリディルへと向かう。馬車が無いのでずっと歩いているが代り映えのしない道のりは暇で仕方ない。三日程歩いた所で、道が山に沿って大きく迂回し始めた。
「この先が盗賊団の現れる地帯か」
情報によれば、この先の山に挟まれたあたりに盗賊は現れるようだが、まだそんな様子はない。おかしな所と言えば、それなりにしっかりした街道なのに、俺達以外に人がいないことくらいだが、それは盗賊団が原因なので仕方ない。
「僕達が警戒しておきますので、ご主人様は普通にしていて下さって大丈夫ですよ」
「敵が現れたら倒す」
いやいや、別に倒さなくてもいいから。剣を抜いて倒すなんて言われたら、そのまま殺しちゃいそうな言い方じゃん。
現行犯なら盗賊を殺しても罪には問われないらしいし、この世界でなら犯罪の隠蔽もそこまで難しくはないかも知れないが、それでも無駄に殺すのは俺にはまだできないだろう。
「二人とも落ち着いて下さい。まずは巻き込まれないのを優先。無理なら捕縛です。殺すのは最終手段ですよ」
ソフィア……合ってるけど、合ってはいるけど、殺すのは最終手段とか淡々と言うのは止めよう。
やっぱり、倫理観みたいなものも世界が、環境が変われば違ってくるのかな。奴隷なんて制度が未だにあるくらいだから、人の命に対する考え方は軽いのかもしれない。ソフィアも食い扶持を減らすのと、一時的な金を手に入れる為に売られているんだもんな。
考えていても仕方ないか。どうせ地球に戻ることもないだろうし、というか戻る気なんて無いから、この世界にも慣れないと。
無理して考え方なんて変える必要もないが、他のやつの考え方を否定して意固地になるのも良くない。
山沿いに入れば、道は少し細くなる。時間的にはまだ余裕があるが、この辺りで野営をして一気に山沿いを抜けた方が良いだろう。
「張り切っているところ悪いが、この先の野営地で今日は野営するぞ」
「そうですね。安全に行きましょう」
「僕達のペースなら急げば、次の野営地まで行けそうですが、急ぐ必要もないですからね」
アイリーンは少し不満そうに剣を仕舞って俺の横へと並ぶ。ストレージからアイリーンの好きなおやつを渡してやれば、機嫌はすぐに直る。
野営地とは言うものの、少し開けた場所なだけで何かの設備があったりする訳でもないが、開けた場所というのと近くに川が流れているというだけで野営はし易くなるからよく使われる。
クロードとソフィアがテントを張っているのを眺めながら、焚き火が消えないように蒔きを足していく。
テントを張り終えたクロードとソフィアが今度はご飯の用意を始める。俺とアイリーンは邪魔にならないように焚き火の近くからテントへと避難する。
いいなこれ。ただぼーっとしてるだけで、用意が終わっていく。クロードとソフィアが日に日に俺の仕事を奪っていくせいで、本当にやる事が無くなってきた。
ソフィアが料理で使う水でも魔法で出しているのだろう。俺の魔力が一瞬減っては回復していくのが分かる。無駄に余っている魔力をあげるだけでこれだけ楽が出来るなら、いくらでも使ってくれって感じだ。
ぼーっとしながら、同じく隣でぼーっとしているアイリーンや手が空いたらやってくるソフィアやクロードと話しながら時間を潰し、用意されたご飯を食べる。
夜の見張りも三人で交代で行っているから、本当にする事がない。この三日間は俺が少し早く起きて途中で交代することはあったが、それも二時間くらいだった。改めてパーティーメンバーを増やして良かったと思う。
暗くなる前に片付けも勝手に終わり、必要な物だけをストレージに仕舞う。ラポールをかけ俺の許可があればストレージを扱う事はできるが、ストレージの操作に関しては俺が行う方がスムーズなので、これだけは俺の仕事だ。それも、上位鑑定との組み合わせによるものだから完全に俺のスキルだけが役に立っているんだよな。
俺自身の力が役に立っているわけではないのが何とも言えないところだが、貰い物のスキルでも役に立っているだけマシか。
日が沈めば辺りは真っ暗になる。焚き火と月明かりしか照らすものがない中にいれば、次第に眠気がやってくる。
「今日はソフィアが最初に見張りか」
「はい。今日は私とクロードくんで交代で見張りをします。何かあれば起こしますのでケーマ様は休んでいて下さい」
「ああ、頼むよ。何かあれば何時でも起こしてくれ」
完全に日が沈み夜が訪れている中、喉が渇いたせいで目が覚める。
起き上がって横を見れば、俺が眠りにつく時には隣で寝ていたクロードがいなくなっている。もうそんな時間か。いないってことは見張りを交代しているってことだから、四時間くらいは寝ていたことになる。今日は早目に野営の準備をし始めたから疲れもそこまで溜まっていなかった。鑑定で時間を見れば、夜中の三時。五時間程度の睡眠で十分疲れはとれ、このまま起きてもいいかと思い立ち上がる。
「おはよう、クロード。目が覚めたから見張り変わろうか?」
「あ、おはようございます。僕もそれほど眠たくないので大丈夫ですよ」
紅茶を淹れてくれたので受け取って座る。アトルバの所で飲んだ紅茶みたいなのではなく、庶民向けの安い紅茶だが、癖も少なくすっきりとしていて飲みやすいので俺は気に入っている。
「なんだか、騒がしいな」
森がざわついていると言えば聞こえはいいが、単に魔物の鳴き声が聞こえただけだ。
「討伐隊がいるのですかね? 近くは無いようなので、ここは大丈夫だと思います」
「夜襲を狙うなら、この時間に動き出していてもおかしくは無いか」
気にするほどでも無いか。紅茶を飲んで一息つけば、クロードがこちらを見ていた。
「どうした?」
問いかければ、クロードは少し躊躇した素振りを見せてから口を開く。
「魔力の扱い方について教えてください」
そういえば、クロードが直接俺に何かを教えてくれと言ってくるのは初めてか。なんだかんだ言って、俺としては同じ男であるクロードが一番気楽だが、クロードは買った当初のソフィアと同等以上に奴隷と主人という関係を気にしているのだろう。
「俺は魔力はあるが魔法は使えないから教えると言ってもな」
現状、俺が魔力を使うのは魔力譲渡でソフィアやアイリーンに魔力を渡す時か、身体強化を使うときしかない。魔法の使えるソフィアの方が、魔力の扱い方というのは上手いと思うんだが。
「ご主人様は魔力操作のスキルを持っていますが、ソフィアさんは持っていません。これは潜在的に魔法スキルを扱える人によくある現象で、スキルを使うことで魔力操作無しで魔法が発動するからだと言われています」
俺が無手格闘術のスキルを獲得したら、無手での戦闘能力が勝手に向上したように、魔法スキルを持っていれば魔力を細かくコントロールすることなく感覚で魔法が使えるということなのだろうか。
だとすれば、ソフィアに教えてもらえというのは無理があるか。
ただ、俺自体が魔力操作を持っているとはいえ、死と隣り合わせの状態で偶々手に入れたスキルだから、使い方も獲得の仕方も詳しくはわかっていないんだよな。
「魔力操作のスキルは持っているが、偶然手に入れたものだ。教えてやれる自信は無いが、俺にできることはやってやるよ」
「ありがとうございます! お願いします」
「気にするな。クロードが魔法を使えればパーティーとして楽になるからな。そのためなら、手伝うのは当然だ」
教えてもらうということに対して、少し引け目を感じているようだったのでフォローしておく。
俺としては、結果的に俺が楽になるのなら、暇な時間を割くくらい構わない。
「何から始めるか……」
魔力を扱う上で必要なことはなんだ?何が分かれば魔力を使うことができるのだろうか。
「魔力ってどんな感じなのですか?自分の体の中にあるはずですが、魔力がどんなものか分からないので操作のしようが無いです」
そうか。そこからか。
そういえば、俺も最初は魔力については鑑定でMPが減っているのを見て使用できているというのが分かっていただけだった。ソフィアに魔力譲渡のスキルを使った時に、体の中から何かがソフィアへと流れるのを感じて、初めてその時に魔力の感覚を知ったのだ。
ということは、逆にクロードに魔力を使わせて俺が魔力譲渡で魔力を与えれば、魔力の感覚を知ることができるかもしれない。
魔力を使わせるか。クロードのスキルで魔力を使いそうなのは隠蔽か探知。とりあえず両方使ってもらうか。
「スキルの隠蔽と探知は使えるか?」
「隠蔽と探知? 使ったことは無いですが試してみます」
目を閉じて集中するクロード。俺からは変化は分からないが、スキルを使おうとしてくれているのだろう。
本人がスキルを持っていることに気づいていないということは、今まで自分のスキルを見たことがなかったのか。
鑑定でクロードを見ているとMPが減ったのが確認できた。何度か発動したようでMPが一気に減っていき、クロードの表情が辛そうに変わっていく。
「スキルは使えたようだな。今から魔力を渡すから感覚を確かめろ」
「は、はい」
クロードに魔力譲渡を発動させる。俺の魔力が持っていかれる感覚とともに、クロードの顔色は良くなっていく。
「今のが魔力だ。魔力譲渡は繋いでおくから、疲れない程度に試しておくといい」
「ありがとうございます!」
初めて感じる魔力にわくわくとした表情を浮かべているので、ここは好きにさせてやろう。
残っていた紅茶を飲み干してテントの中へと戻り、眠る気はあまり無いが目を閉じてゆっくりとする。俺が手伝ってやれるのはこれだけだから、後はクロードが自分で何かを掴んでくれるのを信じて待つだけだ。




