イアクト
シリンから四日。ちょうど荷物を運ぶ為に隣領のイアクトへと向かう商人がいたので一緒に連れて行ってもらった。
魔物も弱いし、アイリーンは張り切って魔物を狩るので、俺は道中完全に荷馬車に乗っているだけだった。もともと護衛という名目ではなく、金を払って馬車に乗せてもらったので魔物を狩る必要も無いんだけれど。
結局、アイリーンが狩りとか言って魔物を倒したのと、旅の途中で食べれるとは思っていなかったソフィアが作った様々な食事が気に入ったのか、イアクトへ着いたら払った金より少し多めの金をお礼と言ってもらったので、これなら最初から護衛として連れて行ってもらった方が稼げたなとか考えてしまった。
「ここがカーゼンとかいう冒険者の後ろ盾になっている貴族がいる町ですか」
「この町もその貴族自体も評判は悪くないらしい。カーゼンの素行にはその貴族も迷惑してるんだとさ」
貴族とはいえ、この町の貴族は子爵らしいので上には上がいるからな。自分より上の貴族に目をつけられでもしたら大変だろう。カーゼンの悪名がもう少し広まれば、縁を切るくらいのことはするかもしれない。役に立つものは使い、邪魔になるものは切り捨てる。それくらいは貴族ならしそうなものだ。
俺達には関係無いし、どうこうする気はない。今は、荷物を持っていった商人を待ち、最終目的地の聖地フリージアの近くまで連れて行ってもらうだけだ。
「売ってきました。何故か途中で集めておいた薬草が高値で売れました」
ギルドへと素材を売りに行ったクロードとアイリーンが戻ってきた。薬草が高値で売れたのか。この町の周辺で何か起こっているのかもしれないな。戦争とか内紛とか抗争みたいな面倒なことでなければ良いが。
「ギルドも騒がしかった。何かあったみたい」
ここに来て何かに巻き込まれるのも嫌だから、さっさとこの町から出て行った方がいいな。
「ここで暫く様子を見る? 何かあったんですか?」
戻ってきた商人が次の目的地であるリディルへと向かうのを暫く見送ると言いだした。あれか?クロードが言っていたギルドの騒がしさと何か関係があるのか?
「リディルへ向かう途中に通る山の麓に盗賊が頻繁に現れるようになったらしい。そこそこ大きな盗賊団のようだから、討伐されるまでは行かない方がいいと仲間の商人から聞いたんだ」
盗賊団ね。こんなタイミングで出てくるなんて迷惑な奴らだ。時間的には余裕があるが、ここで長い間足止めを食らっていられるほどの余裕は無いんだよな。
せいぜい一週間ってところか。ここからも馬車で行けるならもう少し遅く出ても大丈夫だが。
「それなら仕方ないですね。今日はどこか宿でも探します」
俺ならストレージに荷物を全て仕舞って通り抜けることもできるかも知れないが、ここは一日くらいゆっくりして状況を確かめた方が良いだろう。
「イアクトで足止めを食らってる商人や旅の途中の人が多いから、宿屋が空いてないかも知れないよ」
俺達のように足止めを食らっていれば、皆宿に泊まるからな。イアクト自体、観光名所があるわけでも無いしや冒険者が多いわけでも無い。宿屋が少ない町だから泊まる場所があるかは運次第ってとこか。
「良かったら、私が泊まらしてもらう所に一緒に泊めてもらえないか頼んでみようか?」
「いいんですか? だったらよろしくお願いいします」
商人の荷馬車に乗せてもらい、どこか分からない今日の宿泊先まで連れて行ってもらう。どんな所だろうか。商人仲間の家とか倉庫とかかな。
「レザルタ様ですね。主人の命によりお部屋を用意しております」
「悪いけど、言っていた冒険者も泊めて欲しいんだけど大丈夫かな?」
「そちらも用意しております。ただ、冒険者の方の部屋は二部屋しか用意できませんでしたが、よろしいでしょうか?」
馬車の外から聞こえてくる声に、俺達は大丈夫だと返事する。急遽で、二部屋も用意できる方が驚きだ。一部屋でもあれば十分だと思っていたくらいだったからな。
商人に話しかけていた男の口調からして使用人だろう。使用人を雇えるだけの人物か。
……なんだか嫌な予感がする。
荷馬車から外をチラッと見る。
大きな屋敷。普通の民家四軒分くらいの大きさの屋敷が見えた。屋敷としてはそこまで大きなものでは無いが、一町民が住むような家ではない。大商人か貴族、もしくは名を挙げた冒険者じゃないと住めないだろう。
イアクトに大商人や有名な冒険者がいるという話は聞いたことがない。
ああ、関わりたくなかった貴族と、こんな形で関わってしまうのか。
今更断るのも気がひけるし、どうせこの後教会や国王と会うのだ。イアクトの領主みたいな弱小貴族で始められるのは運が良かったと思っておこう。
馬車が止まれば降りざるを得ない。馬車から降りて屋敷をしっかり見れば、そこまで煌びやかでも無く、どちらかと言えば落ち着いた雰囲気の良い屋敷だ。
「イアクトの領主であるアトルバ・モックス様の屋敷だ。貴族だけど優しい人だから緊張しなくても大丈夫だよ」
そうは言われても、俺にとって初貴族なのだ。ドゥーンとかフーレなんかもかなり偉い奴だが、こうして貴族って言われると天と地程の差に感じる。
「できるだけ頑張ります。話だけ聞いていても実際に合わないと分からないので」
「それもそうだね。僕も最近そう思った所だったから」
レザルタの後について屋敷へと向かう。途中で門の所にいた使用人が合流して案内してくれる。
馬車を停めた所から一分程度で屋敷の入り口まではたどり着いた。使用人が少し大きめの扉を開けてくれて中へ入ろうとすれば、中には六人の使用人が待ち構えていた。
「いらっしゃいませ。ただいま屋敷の主人であるアトルバは執務で手が離せませんので先に部屋へ案内させて頂きます」
こんな盗賊団が現れた非常事態だからな。忙しくしているのも無理はないだろう。こんな状況で俺達まで泊めてくれるだけでも有難い。文句を言う気は全くないので、レザルタ達と一旦別れ、俺達を案内してくれるという使用人に着いて行く。
「この部屋とあちらの部屋をお使いください。何かご用がありましたら部屋の中のベルを鳴らしてください」
「ありがとうございます」
綺麗なお辞儀を一つして使用人が戻っていく。この屋敷の執事服もメイド服も地味な感じだが、それが仕事ができる雰囲気を醸し出していいな。
「二部屋あるから、こっちを俺とクロードで、そっちをソフィアとアイリーンで使わしてもらおう」
無難に男女で別れるのがいいだろう。ソフィアとは何度か同じ部屋で寝たことがあるし、アイリーンはそういうの気にしなさそうだが、俺が気にしてしまう。
部屋の中に入れば、しっかりベッドが二つ用意されていて安堵する。高そう。とは思わないが、全てのものが安くはないと思わせる質だ。煌びやかではないが良い物が集まっている。金を使うとするなら、こういう使い方がいいな。豪華に見えるものよりも、地味だがしっかりした物の方が愛着が湧きそうだ。
「ご主人様。使用人に対してはあまり傲慢な態度でさえなければ敬語は入りませんよ」
「あ、ああ。そうか。ビシッとしている人を見るとついな」
執事もメイドも仕事ができるっていう雰囲気がね。俺みたいなのが上から言うのは申し訳ないというか。
「別に絶対使ってはいけない訳ではないので大丈夫です。冒険者だと特に偉そうに見られることがあるので最初はある程度礼儀のある対応をした方が悪く見られないというのもありますので」
一応貴族の出ということもあって、その辺りの知識はクロードはしっかりしているな。いざとなったらクロードに任せよう。怖いし。
ふと、クロードの姿を見て考える。
「クロードは冒険者としてやっていけそうか?」
クロードの性格からして、俺がやれと言ったら冒険者を続けそうだが、俺としては無理やりやらすのは嫌だ。今はそれしか楽に選べる選択肢が無いからやってもらうが。
「ご主人様やソフィアさんやアイリーンさんと一緒に冒険者をやるのは楽しいので大丈夫です」
「そうか。それなら良かった」
「ご主人様ならソフィアさんが言っているように、貴族にもなれると思います。冒険者として続けていくのは勿体無いです」
俺の周りにいる奴らからの評価が辛い。評価してくれるのは嬉しいが、ここまで持ち上げられると自分の能力とのギャップが俺を攻めてくる。
まず、貴族に求められる素質とは一体何だろう。俺がそれを持っているのであれば期待されるのも分かるが、俺が持っているであろうものの中に、貴族に必要な何かがあるとも思えないんだけれど。
「ご主人様はあまり深く考えなくて大丈夫ですよ。周りの人は分かりますし、自然にしている方がいいです」
それもそれで違うような。俺は貴族になりたく無いのに、良いように見られてもな。かといって、何か変えることができるわけでも無いから、下手に考えすぎて失敗するよりは気にせずに生きた方がいいか。
「細かい所はクロードに任せるよ」
「はい!」




