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糸の町シリン

 無理に気を引き締める必要もないからと、レジャー気分のまま旅を続けること三日。ようやく最初の目的地であるシリンへと到着した。

 ここでの目的は、依頼の運搬対象である礼装を受け取ること。ついでに観光して行くくらいだ。

 本当はここまで一週間かかる予定だったが、三日目の午後に到着してしまったので観光くらいしてから行っても文句は言われないだろう。予定の期日まではかなり余裕があるのだから。


 「とはいえ、とりあえずは宿屋の確保だな」


 町に来てまで野宿するのは馬鹿らしいし、宿屋は確保しておかなければ。


 「それなら僕が行ってきます。ご主人様は町を見て回るか、済ませられる用事を済ませておいてください」


 「疲れたから私も先に宿屋に行っておく」


 疲れたって、狩りをしたいからって魔物を見つける為に走り回ってるからだろ。そのおかげで、旅の為に買った食料代なんかは魔物の素材を売れば賄えそうだが。


 「じゃあ、頼んだよ。宿屋が決まったらストレージに場所を書いた紙を入れておいてくれ」


 ソフィアにかけていたラポールを一回外してアイリーンにラポールをかける。しっかりしているクロードにかけたいところだが、クロードはまだ魔力操作が出来ないため、ストレージを開くことが出来ないんだよな。


 宿屋を探しに行った二人を見送り、ソフィアとともにシリンを探索する。とりあえずは、一度ギルドを見に行ってみるか。


 「あの二人、仲良いよな」


 「クロードくんが付きまとってる感じですけどね。私は近接戦闘は出来ませんし、ケーマ様に直接教えてもらうのは気が引けるんでしょう。それに、アイリーンさんの近くにいれば嫌でも戦っているところを見れますから」


 そうだよな。最近はアイリーンが突っ走って魔物と戦いに行くせいで、俺やソフィアが戦いに参加することが少なくなった。迷宮都市からシリンまでの間で、一度も剣を抜いていないくらいだからな。


 シリンの町は、この世界での絹的な存在の名産地だ。コカーナという虫系の魔物が吐く糸からカーナと呼ばれ、高値で取引されている。今回の礼装もカーナで作られたものとなっている。

 ギルドへと向かう途中にも、服屋や糸自体を取り扱う店、カーナで作られた装飾品や雑貨などの店が多く存在している。


 そういや、教会とか城とか行くなら、まともな服も持っていた方がいいのかな。冒険者として呼ばれているのだから、今のローブ姿でも大丈夫だとは思うが、もしもの時のために買っておいた方がいいかもしれない。

 また、明日にでもゆっくり見るか。今日はゆっくりしていたら日が暮れるからやめておこう。


 「ここがギルドか」


 「ペネムや迷宮都市と比べると小さいですね」


 ペネムや迷宮都市は冒険者のための町と行ってもいいくらいだからな。ギルドの建物はそれ相応に大きくないと、混雑する時は大変だろう。

 シリンでの冒険者の役割は、魔物の脅威から町を守るのと、コカーナから糸を集める程度だから、それほど数自体もいない。コカーナは魔物の中ではかなり大人しいから、繁殖の時期や気が立っている時以外は一般人でも糸を集めに行けるらしい。

 だから、糸集めの依頼だけで金を稼ぐのは少々厳しい。集めた糸を加工してカーナへとする技術が重要なので、元の糸自体は値段もそこまで高くないから転売もしにくい。

 それでも完全にいなくなると、何かあった時に困るからギルドはあるし、冒険者をある程度残しておくためにも、こういう町のギルドではお手頃な依頼があったりするらしい。


 今の俺達には関係ないので、さっさとギルドへと入って用事を済ませる。

 要らない魔物の素材を売るのと、スタインに王都で待っててくれと伝言するだけだったので用事はすぐに終わる。ちょっとだけどんな依頼があるか掲示板を確認だけしていくか。


 「アシッドスライムですか。報酬がいいですね」


 「体液に触れると危ないという点以外はノーマルスライムが少し強くなっただけの魔物らしいけどな」


 アシッドスライムの討伐依頼の報酬が難易度から考えれば1.5倍くらいの報酬額になっている。

 これがこの町のお手頃依頼か。それとも、カーナに関係しているから高めなのだろうか。真相は分からないが、冒険者にとっては楽に稼げるから有難いことだな。


 「おい、邪魔だ。依頼を受けるんじゃないならどっか行け」


 「あ、ああ。悪い」


 掲示板の前から退く。偉そうに幅を利かせながら奴隷を足蹴にする男に、その態度と奴隷への扱いに内心イラッとする。

 奴隷の扱いに関しては、この世界での考え方というものがあるから仕方ないのかもしれない。だが、周りの奴に対してまで偉そうにしているのはむかつく。


 とはいえ、ここで争い事を起こしても面倒だし、ああいう奴は関わらないのが一番だ。


 「さっさと行くぞ! ぼさっとしてんな!」


 依頼を選ぶのを待っていた奴隷の首につけた鎖を引っ張って去って行く。残されたのは少々気まずい雰囲気と、あいつに対する苛立ちだけだ。


 「すいません。初めて来られた方にこんなところを見せてしまって」


 新しい依頼を貼りに来たギルドの職員が俺に頭を下げる。あんたは悪くないから別にいいんだが、ああいう奴がいると評判が悪くなるから大変だろうな。


 「大丈夫だ。態度の悪い冒険者なんて人が多いところでは少なからずいるからな。まあ、あんなに偉そうな奴は珍しいが」


 態度の悪い冒険者としては、ある程度の実力で満足もしくは挫折して自分より下の奴を見下してる奴か、実力的に飛び抜けているせいで周りからそう見られてしまう奴が大半だ。

 迷宮都市なんかでは、20層近くまで潜れるようになった冒険者が駆け出し冒険者に偉そうにするのはよくあることだ。

 また、転移陣の使用許可を持っている俺達なんかよりももっと深くまで潜っている冒険者なんかは、少し素っ気無い態度をしただけで偉そうにしているだの言われていた。


 「さっきのカーゼンは隣の領を治める貴族と繋がりがあるせいで下手に手出し出来ないんですよ。奴隷に依頼をやらせているとは言え、こなしてくれる依頼の数も他の冒険者と同じかそれ以上なので、こちらから文句は言い難くて」


 貴族の後ろ盾ね。ギルドとしては評判を落としたくないが、依頼を受けてくれている人相手には文句は付けにくいよな。奴隷の扱いに関しても、見た感じ食事や服はしっかり与えているようだから問題があると訴えるのは無理そうだし。

 自分の後ろ盾のある貴族の領で活動しとけばいいのに、わざわざこっちで依頼を受けるとか迷惑な奴だ。


 「巻き込まれないようにだけは注意しとくよ」


 ギルドを後にし、クロードからの地図を頼りに宿屋へと向かう。ラポールとストレージを使ったこの伝言方法。はっきり言って、今のこの世界の連絡手段を考えれば、これだけでも稼げそうな気がする。

 ギルドを介した連絡も手数料を取られるし、遠くに手紙なんか出そうとしたら商人や冒険者に頼んで持って行ってもらうしかないから、国内でも数ヶ月かかったり、途中で魔物に襲われたりして届かないなんてことも多々ある。


 もう少しラポールの登録数が多ければ商売として成り立ちそうだが、絶対に目立つから国とか貴族とかに勧誘されたり妨害されたりしそうで嫌だ。

 こっそりと、ひっそりと暮らしたい。


 「私は買ってくださったのがケーマ様で良かったです」


 「ん? ああ、さっきの奴隷か」


 俺の奴隷に対する扱いと比べれば、全然違うからな。

 俺が奴隷を使っているのは、奴隷から選ぶ方が俺の欲しい能力を持った奴を選びやすいからだ。ソフィアにしろ、アイリーンにしろ、クロードにしろ、ああいう奴を冒険者の中から仲間にするには、周囲にいる奴らを蹴落とさないといけないだろうから大変だ。

 俺としては奴隷ではなくて、リーダーと仲間くらいの感覚でいいと思っている。


 「最初は冒険者になるということで不安もありましたが、私の実力に合わせて敵を選んでくれたので安心して戦えました」


 ソフィアの実力に合わせたってのも間違いではないが、俺の実力に合わせたと言った方が正しい。ソフィアを仲間にした時なんて、一人ではノーマルスライムを倒すのがやっとのことだったからな。


 「俺も最初の仲間がソフィアで良かったよ」


 俺の魔力譲渡のスキルがあればこそのパーティーだったが、いや、今も魔力譲渡ありきだな。ソフィアもアイリーンも俺の魔力があればこその戦闘スタイルだが、パーティーとしては安定している。

 戦闘面で言えば、最初にソフィアを仲間にしたことは、俺とソフィア両方が成長できて良かったし、それ以外の面でも、食事や色々な部分で助かっている。もし、ガゼフの店でソフィアを選ばなかったら、なんてもしものことを考えてしまうくらいにはソフィアを選んで良かったと思う。


 「冒険者として色々な場所に行くのもいいが、そろそろちゃんとした拠点が欲しいな」


 宿屋や野営も慣れてきたが、やっぱり自分の家、自分の部屋ってのは別格だろう。実際にファンタジーな世界を体験しているからかゲームをしたいなんてことは思わないが、自室でゆっくりぼーっと過ごす一日が欲しいとは思う。


 「そのためにもレベルを上げて転移を手に入れないとですね!」


 「そうだな。もうちょっと頑張るか」


 あと自分のレベルにして2レベル。もう少し頑張れば転移が手に入るはずだ。

 ……手に入らなかったら入らなかった時に考えよう。

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