再び出発する
「さて、準備はいいか?」
「はい!」
奴隷の三人を代表してソフィアが答えてくれる。宿屋を出て最後の買い物を終え、今から依頼の地へと向かう。
ドゥーンから貰った地図を頼りに歩いていくことになるが、護衛をする必要もないからピクニック気分だ。
なんせ、迷宮都市から最初の目的地までの間は弱い魔物しかいないらしい。よくてゴブリン程度なので、今の俺達ならば気を張り続ける必要はない。
それに、アイリーンが魔物と戦いたそうにキョロキョロしているので、警戒は任せておいても大丈夫そうだし。
「夜はどうする?村とか旅の宿で泊まれるようにペース配分していくか。それとも気にせず進んで野営をするか。どっちがいい?」
「野営がいい」
間髪入れずにアイリーンが答える。三人で苦笑いしつつ、別にどちらでも良かったので野営をすることに決めた。
ぼーっと鑑定も発動させずに歩く。足元にチビノーマルスライムを召喚しては踏み潰してはいるが、それ以外は何も考えず、何も気にすることなく歩いていれば、これから教会と関わる面倒さも忘れられる。
歩きながらノーマルスライムを踏み潰すのはいいな。歩いているだけで経験値が貰えているみたいだ。難点は核を回収できないことくらいだが、今は金も残っているからいいや。
そう言えば、ノーマルスライム以来、核を手に入れていないから作成できる魔物が増えていないな。
スライム系は核が絶対あるが、それ以外の魔物ではある程度育った個体じゃないと核は無いらしい。
核は魔力の結晶のようなものなので、体内に溜まっていった魔力が核になるらしいが、生まれたてではまだ存在せず、進化した魔物は進化にその魔力を使うため無くなるらしい。
オークロードになる前に、あのハイオークを倒すことができれば、育った核を手に入れることができたんだろうか。
考えていても仕方が無い。今はまだモンスター作成を有効に使えることもないから、スライム潰しだけで十分だ。
「迷宮もいいですけど、やっぱり外の方がいいですね」
「そうだな。のんびりしていられるからな。このくらい平和なまま、ずっと過ごして入られたらいいんだけど」
これが教会からの依頼じゃなければな。別に俺は悪いことはしていないから、堂々としていればいいんだけど。
「ご主人様は冒険者として、ずっとやっていくのですか?」
慣れるために歩きながら剣を構えていたクロードが剣を仕舞ってこっちにくる。魔物はアイリーンが見張っているから、クロードもやることが無くて暇していたようだ。
「できれば、冒険者はやめたいかな。どうしても命懸けの場面に遭いやすいからね。俺の能力的に、クランでも作ってメンバーに魔力を与えるってのがいいかもな」
自分は動かずに人に動いてもらう。
夢といえば夢だよね。そんなに上手くはいかないだろうし、今の周りの評価的にそんな隠居みたいなことはさせてもらえなさそうだ。
「僕がご主人様の分まで戦えるように頑張ります!」
そう言ってアイリーンのもとへと走っていく。クロードは良い部下になれそうだ。余裕ができて奴隷から解放してやった後でも、俺の役に立ちたいと言ってくるなら、そのまま雇いたい。
「ケーマ様なら名を上げて貴族になることもできると思います。私達も頑張りますので、しばらくは冒険者として頑張りましょう」
「あはは……さすがに、これ以上は無理だよ。スタンピードは運が良かっただけだし、またあんな命懸けはしたくないからね」
それに、貴族なんかになったら責任やら付き合いやら面倒そうだ。
「危ないことはしなくても、ケーマ様の評価は上がると思います。人柄も良いですし、能力も戦闘だけでなく色々なことに使えるので、ケーマ様だからこそできる依頼もたくさんあるでしょうし」
魔力譲渡のおかげでソフィアは体力の続く限り魔法が使えるし、ストレージのおかげで運搬系の依頼は余裕だ。転移が使えるようになれば、更に運搬系の依頼ではチートレベルでこなせる様になるからな。
戦闘はしなくても、運搬やら工事系の依頼だけでも生きてはいけそうだが、それはそれで疲れそうだな。
楽に生きたい。
そう思う自分がいるのと同時に、ソフィアやアイリーン、クロードのように俺について来てくれる奴隷や俺に期待してくれている人達がいることを考えれば、簡単に全てを捨てることなんてできないよな。
俺にチートでもあれば、好き勝手にできたかもしれないが、生憎チートは持ち合わせてない。
チートがないのはこれはこれで、この世界の良いところも悪いところも知れるから良かったのかも知れない。今、こうして歩いているだけのことに幸せを感じれるのだから。
「向こうに湖があるので、今日はそこで野営しませんか?」
アイリーンと共に周囲を見ていたクロードが走って戻ってくる。指差す先を見るが、ここからではまだ湖の存在は分からない。
わざわざ、こんな嘘をつくはずも無いから、もう少し行けばあるんだろうな。
「じゃあ、そこで野営するか。少し早いが、移動した距離を考えれば十分だろ」
「はい!では、アイリーンさんにも伝えておきます」
もともと、村や旅の宿みたいな所に泊まる予定で日程を考えていたから、そこに寄らない分予定よりもかなり進んでいる。ほぼ最短距離で森の中を進んでいたから予定の三倍くらい進んでるんだよな。
「楽しそうですね」
「ソフィアも行ってきてもいいんだぞ」
「いえ。私はここでいいんです」
本人がそれで良さそうな表情をしているからいいか。ソフィアも頑張っているから、今度ゆっくりできる時はやりたい事をやらせてやらないとな。
「湖ってあれか」
「そうみたいですね。湖というよりは泉ですかね」
アイリーンとクロードが剣の打ち合い……クロードが一方的に攻めて、アイリーンがそれを躱しているだけだから打ち合いではないが。
その先にあるのは少し大き目の泉。湖と言うには小さすぎるが、指摘するのはせっかく楽しんでいる二人に悪いので黙っておこう。
アイリーンが俺に気づく。一蹴。クロードの腹に蹴りを入れて倒すと、俺の方に向かってくる。
「主。ゴブリンから拾ったからあげる」
アイリーンがポケットから取り出したのはゴツゴツとした綺麗な石のようなもの。
「ゴブリンの核か! でかしたアイリーン!」
鑑定で見てみるとゴブリンの核としっかり表示される。ノーマルスライム以来の核が、こんな形であっさりと手に入るとは思わなかった。
「倒してたら出ただけ。また出たら拾っておく」
「頼むよ。でも、無理して探す必要はないからな」
「わかってる。狩りのついでだから」
全く安心できない。アイリーンの言う狩りのついでなんて、もっと狩りをしたいと言っているようなもんだ。
……まあ、戦うのが楽しいなら止めはしないけど。
よろよろとクロードがアイリーンに蹴られた腹をさすりながらやってくる。思いっきり決まってたからな。かなり痛いだろう。
「クロードとアイリーンは野営の準備をしておいてくれ。ソフィアは食事の準備な」
ストレージから必要な荷物を取り出して渡していく。
楽しそうにテントを立てるクロード。焚き火の準備をするアイリーン。献立を決め、野菜を切っていくソフィア。
うん。完全にキャンプだな。




