新たなる
「こちらの檻にいるのが戦闘用奴隷。経験のある者達になります。そして、こちらが通常の奴隷ですが戦闘能力は有る者。あちらの檻は、ソフィアと同じような戦闘をさせることはできる者になります」
戦闘用奴隷は駄目だな。殆どがデカいか厳ついか怪しいかだ。その見た目にソフィアが少し引いてる。契約はあっても反乱されそうで俺も落ち着けないし、近接系の仲間が必須になるまでは止めておこう。
一人ずつ鑑定を使いながら観察する。気になる奴はいるが、これだという奴はなかなか見つからない。
檻から檻に視線を移す瞬間、奥にある檻に目がいく。鑑定が発動し見えたスキルの中に疾風迅雷という見たこともない超レアスキルがあった。
「彼女は?」
舞い上がるテンションを抑えて、ガゼフに詳細を求める。
「彼女は引き取ったばかりで教育も済んでいないんですよ。戦闘経験は森での生活であるようですが、冒険者としての経験は無いです」
こちらに来た用事の一つは彼女を引き取るということだったのだろう。教育もしていない奴隷を売るというのは、ガゼフにとってはナンセンスなのだろう。だから、集めた時に声をかけなかったのだ。
「彼女を見たい。いいか?」
「ええ、もちろん。アイリーン。こちらに来なさい」
嫌そうな気配を微塵も見せずにガゼフは俺が指定した奴隷を呼ぶ。これが本職の商人というものなのだろう。
もしかしたら、こう俺に思わせることすら駆け引きの一つかも知れない。
やってきた少女はソフィアと同じ年齢。疾風迅雷というスキル以外にはステータスにはこれと言った特徴はない。強いて言えば、猫系の獣人だからかVITが少し高めだというくらいか。
「彼女はアイリーン。引き取ったばかりで教育はできていませんが、素材の価値としてはかなり高いでしょう」
ピョコっと揺れる猫耳。俺のことを観察するように少し見つめ、目を伏せる。
確かに、素材の価値は高いだろう。獣人ではあるが、猫耳と尻尾以外は人間と変わらないタイプのようだ。
容姿も悪くないどころかかなり良い方だろう。少し緑の入ったような銀髪も緑色の瞳も綺麗だ。
「俺は冒険者をしているが、魔物と戦えるか?」
「大丈夫」
たった一言で返されて、少し固まってしまう。ガゼフも笑みが一瞬引きつり、ソフィアが何故かあわあわとしている。
だが、良さそうだ。俺としては奴隷としてへこへこされるよりは、素っ気ない感じの方が良い。人の上に立つというのは慣れていないから変な感じがするのだ。
「こいつ幾らだ?」
アイリーンの態度は気にしていないが、少し癪にさわったかのように言っておく。
「そうですね……今回は20万にしておきましょう」
仕方ありませんねとガゼフが告げる。
20万か。ソフィアよりは高いが、求めている能力を考えれば仕方ないか。
ソフィアの時は戦闘をさせるが素人の方が良かったし、普通の村娘だったから安かった。今回は、有用スキルを持っているし、戦闘に関しては獣人の奴隷は高めになる。本来なら、アイリーンの値段はもっと高い設定だろう。教育できていない、アイリーンの態度が悪かった。この二点と、俺とガゼフの関係……端的に言えばスタインのおかげもあってこの値段なんだろう。
「その値段で買わせてもらおう」
「ありがとうございます。サービスで服は一着つけておきますね」
「あと、あの少年も見せてくれ」
指差された少年が少しビクッと反応する。こいつは求めている素材ではないが、使えそうなスキルを持っているので買いたい。
持っているスキルは隠蔽と交渉術、そして探知だ。狩りを続ける上で探知スキルは有用なのは言わずもがな。隠蔽もこれから先、ステータスを見れる鑑定持ちが俺以外にいないとは限らないから、持っていたいスキルだ。
クロードと呼ばれた少年がオドオドとおちらにやってくる。顔は少し女顔だが美形で、しゃんとしていたらモテそうだが、オドオドとしているせいで可愛らしいペットのような感じがする。
「クロードは貴族の傍流の家系で生まれたんですが、本家が没落してしまいそれに巻き込まれて売られてしまい奴隷となりました」
貴族の血を引いてるのか。交渉術はそちら譲りの遺伝スキルかな?
「貴族の血が入っていることと、男性奴隷の中ではかなり整った容姿もありまして、少しお値段は高めになっております」
クロードの見た目は一部の性癖持ちには人気だろうな。中性的なイケメン。頑張れば女装もできるであろう容姿だ。
「そうだな……30万コルでどうだ?」
先に金額を提示してやる。今までとは違う攻め方をされ、ガゼフは楽しそうに答える。
「それは安すぎます。40万コルでどうですか?」
「それは吹っかけすぎだろう。30万だ」
「適正価格でいきましょう。35万コルです」
適正価格。吹っかけもせず、値下げもせずの価格が適正価格なわけないだろう。
最初の設定価格なんて、利益ばりばりの売れたらラッキー価格だろうが。
「31だ」
「それでしたら、34です」
「31」
「仕方ないですね。33です」
にこやかな表情を崩さないガゼフに揺さぶりを掛けたいが、俺ではこれ以上は無理そうだ。
ソフィアやエレンが破格だったのと、スタインのおかげで安く買えたのがあったからな。今回は少し安くなっただけでも良しとするか。
「33で妥協してやるよ」
「どうもありがとうございます」
ソフィア三人分以上だぞ。ソフィア自体は魔法適性があれど魔力は殆ど無く、家事くらいしかできることはなかったとはいえ、俺としては当たりだったからな。三倍とは言わず同じくらいは役に立ってくれれば良いが。
そう考えれば、ソフィアを買えたことは運が良かった。戦闘面でも生活面でも役に立っている。生憎、俺は家事なんて文明の利器が無ければろくにできやしないからな。
「今回は本契約か仮契約か、どちらにされますか?」
……おい。ソフィアを買った時にはそんなこと聞きもせずに本契約をしただろうが。
あれも、人を試してたってことか。
「本契約と仮契約の違いを教えてくれ」
「まずは見た目ですね。従属のアイテムを装備させるのが仮契約。契約魔法で刻印を刻むのが本契約です。仮契約はこの首輪。本契約はソフィアとの契約方法です」
それはソフィアの時にそうだろうとは思っていた。
「本契約の利点としましては、契約した者の間でしか効力が発動しないことですね」
とすれば、仮契約は他の奴でも従えることができるのか?
「仮契約は、契約ワードを唱え従属アイテムに一度触れさえすれば、その相手を従属させることができます。ですから、契約ワードを他人に漏らさないようにしないといけません」
パスワードは大事にしろよってことか。他人に漏らせば、悪用されても自己責任というわけね。
「本契約の場合、契約解除を行うか、主人が死ぬまで契約が続きます。仮契約の場合、契約ワードを唱えて従属アイテムに触れながら解放と言えば契約が解除されます」
そうだな……今後、ずっと奴隷でいさせるわけではないから、仮契約の方が解放する時に楽なのか。
ソフィアには悪いが、この二人は仮契約にしておくか。
「二人とも仮契約でいい。装備も整えなければいけないから、すぐに連れて帰れるか?」
「大丈夫ですよ。お買い上げありがとうございます」
ガゼフに金を払い、契約ワードとその変更方法を教えてもらう。簡単な手続きの書類を書いている間に二人の準備は終わり、そのまま店を後にした。
二人を連れて装備を買いに行く。防具はアイリーンには動きを殺さない服とローブを。クロードにはそこまで重たくない鎧と盾を。盾は俺のストレージに仕舞い、相手に合わせて装備することにした。だって、盾を装備しながら、片手で剣を振るなんて今のクロードでは無理なのだ。
防具は何の異論も、二人の希望も無く、俺が二人に合わせて適当に選んで終わってしまった。そのまま、隣の武器屋へと向かい、今度こそ希望はあるかと二人に尋ねる。
「僕は戦ったこととか無いので、ご主人様の希望が無ければ、基本的な剣でお願いします」
「軽いの」
対照的な二人の返事に苦笑いが溢れる。今のところ遠距離よりは近距離が欲しいから二人とも近距離でいいか。
クロードには使いやすいシンプルな剣を渡す。騎士が使っているような直剣は、両手で振るうにも片手で振るうにも使いやすい。
アイリーンには何を装備させるか……短剣やナイフでは軽いがリーチも短く与えるダメージも少ない。魔物相手に戦うならば、魔力付与のできる物でないと厳しい。
「アイリーンは魔力の扱いに関してはどうだ?軽く流すくらいならできるか?」
「……出来るけど、魔力が少ない」
ステータスを見た限り、MPは並か少し低いくらいだ。疾風迅雷で消費するMPを考えれば、使える魔力自体は少ないということなのだろうか。
まあ、扱えるのであれば、魔力付与系の装備でも問題は無いということか。
そうは言っても、魔力付与を高精度で行えるような武器というのは簡単には見つからない。
俺が使っている剣も、何軒も当たってようやく見つけた一振りだ。俺のこの剣をアイリーンに渡してもいいが、この剣は俺が扱うのに丁度良い剣だ。アイリーンには少し重くて扱いにくいだろう。
「別の店を当たるか」
「任せる」
「あはは……良い武器が見当たらないのなら違う店も見た方が良いですね。武器は効率にも生存率にも関わってきますし」
自分の杖を持つように手突き出すソフィア。杖を装備しての戦闘を行ったことで、武器の性能差を体で痛感したのだろう。
「ちょっと待て。お前さん、スタンピードの英雄か?」
聞きなれない呼び名。だが、思いっきり心当たりのある呼び名に体がビクッと反応してしまう。
「英雄さんか!それなら言ってくれれば、見せてやったのに」
ついて来いと言わんばかりに歩き出す店主に、逃げ出したいという気持ちを抑えてついていく。カウンターの横にある扉を開ければ、地下へと続く階段が見える。
その階段を下っていけば、工房のような場所へと辿り着いた。
「良い武器は、上には置いてねえんだ。実力の無い奴が良い武器を買って、舞い上がって無茶をして死ぬ。そんなことが無いように、実力のある奴にしか見せないようにしているんだよ」
俺もそんなに実力は無いですけどね。オークロードとの戦闘は運が良かったのと、無意識的に魔闘術を扱えたから勝てただけだ。
魔闘術はあれ以来、発動は出来てもあの時程の精度を出すことが出来ない。極限状態の中だったからこそ扱えたのだろう。
今の俺では、無いよりはマシだが、あれば劇的に変わるわけではない。
「ここにあるのは自信のある武器ばかりだ。お前さんとそのパーティーメンバーなら、ここにある武器を使っても振り回されることはないだろう」
見せてくれるというのならば、存分に見せてもらおうじゃないか。
それに、武器に振り回されるなんてことはさせない。俺は自分が死ぬのも嫌だが、仲間に死なれるのも嫌なんでね。




