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迷宮へ

 「よし、それじゃあ迷宮に行くか」


 「はい!」


 昨日は一日かけて迷宮市で買い物を済ませた。宿屋を出る俺たちが身につけいている装備も昨日の買い物によって数段良くなっている。ローブはペネムで買った物が優秀だったので代わりはないが、それ以外は全部新調した。


 俺はワイバーンの皮と雪蜘蛛の糸を使って作られた動きやすくて軽い防具で全身を包み、その上に移動中はローブを着ている。剣も新しくし、魔力を込めれば切れ味が上がるという俺向けの剣を腰に下げている。


 無手の方が強いかも知れない……いや、強いだろうが、敵に触れることができない可能性もあるので剣も持っている。

 手には水馬の毛を使った薄手のグローブを着け、素手でも戦えるようにしている。


 ソフィアは魔法効果を高める装備で固めている。水色の半袖のレザージャケットも、紺色の短パンも、生地には魔法陣を埋め込み魔法の威力と耐性を上げてくれている。

 脛の下辺りまであるブーツは機動力を上げる効果があり、手に持っている杖は魔力の伝導率を高める。


 装備だけで60万コル程飛んでいったが、それに見合うだけの買い物は出来たし、生存率や狩り効率が上がると考えれば、必要な出費だ。


 宿屋を出て、迷宮の入り口近くまで行けば、今日も今日とて行列が出来ている。


 その行列の周りには、迷宮とその行列を見る為に観光客が多く見える。迷宮都市くらいでしか、ここまで冒険者が並ぶ姿を見れないからな。


 その人で溢れかえった広場を堂々と突き進む。ソフィアは少し周りに怯えているようだが、ここは堂々としている方がむしろ良い。ソフィアは奴隷だからおどおどしていてもいいが、俺までびびっていると、転移陣を使える中級者以上の冒険者がこんなものかと舐められたりしたら、ドゥーンに申し訳ないからな。

 無駄に堂々と歩けば、周囲の奴らからは尊敬の眼差しが向けられる。列を無視しているということは転移陣を使える冒険者であるということ。初心者冒険者からすれば、20層に到達して実力を認められるということは、まだまだ先の目標だからな。


 「良かったら俺たちも連れてって下さい!」


 俺の前に立ちはだかり行く手を遮るのは、まだ若そうな男二人組。冒険者に成り立てと言った感じの生き生きとした表情は、絶対に迷宮の怖さも何も分かっていないだろう。


 ……俺も資料を見ただけなんだがな。偉そうに言える立場ではないが、格上の魔物と戦い死にかけた経験があるから怖さは分かっているつもりだ。


 「足手まといの介護をしながら、迷宮に潜るなんて真っ平ごめんだ。せめて、20層近くまで行ける実力を持ってから声をかけてくれ」


 鑑定で見た二人のレベルは10と7。スキルの組み合わせ、装備の質を見ても、こいつらでは10階層にも行けないだろう。


 「俺たちだって本気になれば20層くらい行ける!まだ時間が足りていないから5層までしか行けていないだけだ!」


 5層って……

 5層の魔物の強さはペネムで買っていたゴブリン程度だ。それこそ迷宮という環境もあるから難易度は変わるが、20層に到達しようと思えば、オークを倒すくらいの実力は必要だ。


 「自分の実力も把握出来ていない馬鹿は余計に連れて行けない」


 「なんだと!何も知らないくせに、自分達が転移陣を使える実力者だからって調子に乗りやがって!」


 ……こんな人混みの中で剣なんて抜くなよ。

 声を張り上げて切りかかってくる馬鹿の剣を横から押して軌道を変える。地面へと向かう剣の腹にそのまま魔力と力を込めれば、綺麗な音を立てて、剣が真っ二つに折れる。


 「な……け、剣が!化け物かよ!?」


 そう言って逃げ出していく馬鹿を見て、大きく溜め息を吐いて隣にいた奴がこちらに向き直る。


 「連れがすいません。一週間で5層まで行けてちょっと浮かれてただけなんです。今回はこの剣に免じて許してください」


 「あー、いいよいいよ。俺だって怒ってるわけじゃないから」


 手をひらひらと振って怒ってませんよーとアピールすれば、目の前にいる馬鹿の連れだけでなく周囲の冒険者達からも安堵の声が聞こえる。


 あれ?さすがに剣を折るのはやりすぎたかな?


 「ありがとうございます。では、失礼します」


 「ちょっと。君みたいな礼儀正しい子なら連れて行ってやってもいいけど?」


 立ち去ろうとする馬鹿の連れに声をかければ、一瞬考えた様子を見せるがすぐに笑顔で断られた。


 「一応、あんなのでも幼馴染なんで放っておくわけにはいかないんで止めときます。もう少し強くなった時に、まだその言葉が生きていればその時はよろしくお願いします」


 「そうか。じゃあな」


 立ち去る少年に背を向けて、小声でラポールと唱える。

 成長して、俺に声をかけてくれるのを待ってるよ。


 空間魔法のレベルは3に上がっている。オークロードとの戦いでレベルが上がりまくってはいたが、戦闘中に生き延びる為に自動である程度ステータスポイントが使用されていたようで、空間魔法のレベルを4まで上げるには少し足りなかった。


 しかし、空間魔法のレベルが3に上がったことにより、ラポールをかけたソフィアとのストレージの擬似共有化が出来るようになり、ストレージを介すことで魔力譲渡を遠距離でも行えるようになった。ストレージを介すせいで、戦闘中に分けることは難しいが無いよりかはましだろう。

 再び歩み出す俺たちに声をかけようとする冒険者はいない。ささっと道をあけてくれる新人冒険者たちに少し苦笑いが溢れそうになるが、表情には出さず、あけられた道を歩いていく。


 「転移陣の使用許可はあるか?」


 転移陣があるらしい入口の前に立つ騎士のような男が立ちはだかる。ドゥーンに貰った書類を渡せば、騎士に中に入るように言われる。


 中に入れば、さらに検問所のような場所があり、その奥に転移陣がある部屋が見えた。


 「君がスタンピードを止めた冒険者か。君のお陰で街に被害が出なくて助かったよ。ありがとう」


 この中で一番偉いであろう、他の騎士には無いマントを着けた騎士が出てきて感謝を述べられる。


 「たまたま出くわしただけだ」


 「そうだね。わざわざ飛び込んで行くのは馬鹿か相当な実力者のすることだ。最後の手続きをするから、ギルドカードを貸してくれるかな?」


 ギルドカードを渡せば、部下に指示を出して処理をさせる。すぐに戻ってきた部下からギルドカードを受け取り、それを俺に渡してくる。


 「次からはギルドカードの提示で転移陣を使えるからね。転移陣の部屋に入るには扉の取っ手部分にギルドカードをかざせば鍵が開くから」


 なかなかハイテクなんだな。ICカードみたいなものか。魔法は使い方次第で化けるってか。


 「気をつけてね。君は迷宮に入るのは初めてのようだから言っておくよ。安全地帯以外では気を抜かないようにね」


 「分かってる。情報はしっかりと仕入れてきているからな」


 奥へと向かう。転移陣の部屋へと入れば、台座の上に魔法陣のようなものが描かれていた。


 二つある魔法陣。右側の魔法陣に20層行きと書かれていたのでそちらに入る。

 これに魔力を流せば転移できるのか。転移先は固定で、双方向の行き来しか出来ない。それでも、あると無いとでは全然違うので有難く使わせてもらうが。


 「いよいよですね。なんだか緊張します」


 ソフィアがギュッと杖を握る力を強める。緊張もあるだろうが、楽しみといった表情が見えるだけ、ソフィアも冒険者になってきているのだろう。


 「じゃあ、行くぞ」


 「はい!」


 転移陣に魔力を注げば、足元から眩い光が溢れ出す。体に伝わる浮遊感に耐えれば、視界が黒く染まっていく。


 真っ黒。視界が染まりきったと思えば、今度は少しずつ視界が戻ってくる。先程とは違う景色に、これが転移かとテンションを上げようとしたところで、体が一気に重くなる。


 「大丈夫ですか!?ケーマ様!」


 膝をつき、前のめりに倒れかけた俺の体をソフィアが受け止める。


 ゆっくりと壁際にもたれ掛かり、息を整える。


 「大丈夫だ。思っていたよりも魔力を持っていかれて、目眩がしただけだから」


 びっくりした。1000を超えるMPが半分近く持っていかれた。通りで、一昨日見た資料の中に"転移陣を使う場合は、魔法使い二人以上の同行と魔力回復薬の準備が必要"なんて書いてあったわけだ。


 ……ドゥーンも、さっきの騎士も、先に言っといてくれよ。なんだ?俺だったら大丈夫とでも思ってたのか?


 普通に考えれば、オークロードと一対一で戦って勝つと人間なんて近接職だと思うだろう。俺にそんな魔力があるとでも……そうか。ソフィアか。アルト辺りからドゥーンの奴に話が行っていたのだろう。

 護衛依頼中、ずっと魔法を使い続けていたソフィアの魔力量は普通に考えれば異常だもんな。


 俺とソフィアの情報はドゥーンやさっきの騎士ならば仕入れているだろうから、止められたり注意されなかったのも仕方ないか。

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