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次は

 ドゥーンの部屋を後にして受付に戻ると、ソフィアは受付嬢達による包囲からは解放され、普通に会話を楽しんでいた。迷宮都市では、俺以外にも話せる人ができたようだから、しばらくはペネムではなく迷宮都市を拠点にした方がいいかな。


 「あっ!ケーマ様!どうでしたか?」


 周りの受付嬢に別れを告げて、ちょこちょこと寄ってくるソフィアに書類を見せる。


 呆然とした表情を浮かべ固まるソフィアの肩を揺らす。


 「……これ、本当ですか?」


 流石に信じられなかったようで二度見した後に恐る恐る聞いてくる。額が額なだけにすんなりと受け入れられる方がおかしいか。


 「ああ。金の受け取りとギルドカードの更新は終わらしてきた。特別報酬は二ヶ月程度で行けばいいらしいから、一ヶ月はこっちにいるかな」


 「そうですか。ここにいる間に迷宮にも行ってみたいですね」


 中層の入り口である20層に転移して、上の階に出ることも出来るのだろうか。

 まあ、出来なければ、攻略するまで帰れないなんてことになるから出来るだろうけど。


 中層の転移陣を使って、そのまま上に向かえば、安全に狩りも出来るか。



 「中層の転移陣から上に向かえば安全に狩りができるだろうから、その方法でいけるか情報を集めようか」


 「はい。迷宮の情報なら、ギルドの奥にある書庫で勝手に見れるらしいです」


 じゃあ、最初は書庫で情報収集だな。

 ただ世間話をするだけでなく、しっかりと必要そうな情報を聞いているなんてソフィアはしっかり者だな。


 感心してソフィアの方を見ると、嬉しそうに微笑んでくるので、俺も笑みを返しておく。


 「何をお探しですかー?」


 書庫に入れば膨大な量の資料が所狭しと並んでいる。棚に入りきらずに、箱の中に入っている書類なんかは読もうと思っても取り出すのが大変そうだ。

 入り口にいる受付が声をかけてくれたので、ここはプロに任せよう。


 「迷宮の情報が見たいんだ。1層から20層くらいまでのやつ」


 「それでしたら、こちらの奥にある棚が迷宮用になっております。奥に進むほど下層になっておりますので、20層まででしたら三つ目の区切りまでですね」


 二メートルくらいの高さと一メートルくらいの幅がある棚が三つ。

 いや、多すぎるだろう。


 「お金払えば、言った情報が載っている本を集めてくれるシステムとかないですよね?」


 「ありますよ。情報と本の量、種類によりますが、迷宮の情報なら一回100コルから1000コルくらいですね」


 安……くはないな。宿屋の一泊と同じくらいか。

 だが、今の俺には金がある。


 これが金の怖さというものか。


 「じゃあ、迷宮の20層までのマップと出現する魔物、トラップの載っている本をお願い。あと、迷宮の移動の仕方みたいな心得とか載っている本があればそれも」


 「かしこまりました。では、前料金で150コル頂きます」


 この辺りは簡単な内容だったのか。まあ、こういう内容は探している人も多いだろうから、分かりやすい場所にでも置いてあるんだろう。


 持ってきてもらった資料に目を通せば、迷宮の大変さがよく分かる。トラップの数々、迷路のような造り。先人達が作り上げたマップや迷宮の資料が無ければ、難易度はかなり高くなる。


 情報って大切だな。

 対策の有無で生死が分かれると言っても過言ではない。特に俺たちみたいな経験も浅く良い状況での狩りを続けてきたパーティーでは。


 持ってきてもらった資料に一通り目を通せば、時間はかなり過ぎ去っていた。廊下にある窓からは夕日が射し込み、急がなければすぐに暗くなってしまうだろう。


 「ありがとう。見終わったから片付けといて」


 100コルに相当する銀貨を資料の上に置けば、快く承諾してくれる。

 チップなんて初めてやったが、金がある状態だと払う側としても気持ちがいいな。金で人を動かしてる感じが良い。

 この感覚に慣れてしまうのも問題はあるが、これもこの人の仕事の一部であるのだから金のある内くらいは使うべきだろう。


 「そういえば、宿屋の予約とってなかったよな……?」


 「……はい。急ぎましょう!」


 ソフィアの案内のもと、ざわざわと賑やかな街並みに少し嫌な予感が過ぎりながらも宿屋へと向かう。


 これまたギルドの受付嬢から教えてもらったという宿屋へと到着する。

 これぞRPGの宿屋と言いたくなるような木造の綺麗な宿屋。ギルドから迷宮の逆側へと行った所だけあって、冒険者で溢れているということは無かった。代わりに、中に見えるのは少し身なりの良い奴が多い。貴族とまでは行かないが、旅行客といった感じだろうか。



 「泊まりたいんだけど二部屋空いてますか?」


 裏から出てきた女将に声をかければ、申し訳無さそうに台帳を確認する。


 「今日はもう一部屋しか空いてないんだよ。明日から始まる四ヶ月に一度の迷宮市のせいで、宿泊客が多くてね」


 「迷宮市?」


 「この迷宮都市で行われる大きな市の通称さ。明日から一週間続くから、余裕があるなら見に行くといいさ」


 迷宮市ね。それで旅行客のような奴らが多いのか。

 大きな市なら品揃えも豊富だろうし、この前のスタンピードでアイテムもかなり消費したから、色々買いに行くのもありだな。


 「ケーマ様。それよりも一部屋しか空いてないのが問題です」


 「ああ、そうだったな」


 耳寄りな情報を手に入れたせいで忘れかけてた。

 さて、どうするか。

 迷宮市があるせいで人が多いというのならば、別の宿屋を探すにしても、部屋が空いている保証はない。


 「ソフィアはここに泊まるか?他を当たっても空いてるか分からないから、俺だけで探しに行くよ」


 「あ、あの……それなら……」


 何か言いたげだが言葉が出てこないソフィアの顔がどんどん赤く染まっていく。


 「うちの部屋は二人くらいなら余裕で泊まれるよ。今回は部屋が空いてないせいで同じ部屋になるから安くしといてやるから、二人で泊まってきなよ」


 ソフィアを見れば、コクコクと頷いていて了承の合図を送ってきている。


 ……本当に?一緒の部屋で寝るの?


 護衛で野宿をしていた時と違って、普通に泊まるとなれば心持ちが全然違う。

 やばい、緊張してきた。


 金を払って部屋へと向かう。安くすると言っていただけあって、食事込みで一人分の料金にしてくれる太っ腹ぶりだった。

 部屋へと向かう少しの道のり。ソフィアとの会話は無い。ミシリと木の板が軋む音が二人の間に響き、緊張がだんだんと高まっていく。


 「これは……大丈夫か?」


 部屋に入って視界に映るのは、一つのベッド。そう一つのベッド。


 確かにダブルベッド並みのサイズはあるが、一つであることには変わりは無いんだよな。



 ……だめだ。この空気に耐えれない。


 「さっさと飯でも食べに行くか」


 ええ。ここで押し倒す勇気なんてありませんよ。そんな勇気があるならば、仕事の一つくらい真面目にやっていたさ。


 「そ、そうですね。ここの料理は美味しいらしいので楽しみです」



 食堂でオススメを頼み、食事をする。

 あの女将の旦那が作っているとは思えない凝った料理は確かに美味しかったが、その味を十分堪能できる程、心に余裕が無かったのが残念だった。


 食事を終えれば、また二人の間に緊張が走る。

 いや、確かにソフィアは可愛い。淡い金色の髪に、白い肌。緊張で赤く染まった顔は15歳らしく可愛らしい。

 考えれば考えるほど、どつぼにはまって行きそうなので、迷宮のことでも話して気を逸らすことにしよう。


 「迷宮楽しみですね」


 「ん……ああ。そうだな」


 俺が話そうとしたタイミングとほぼ同時にソフィアから声をかけられて肩透かしを食らってしまった。同じタイミングで気を逸らそうと、同じ話題を考えるなんて。


 「明日は迷宮市にでも行くか。迷宮に潜る時に必要な物を買いに行くのと、適当に見て回れば時間も潰せるだろう」


 「そうですね。また何が起こるか分からないので準備は万端にしておきましょう」


 次は一緒に戦うとでも言いたげに握りこぶしを作るソフィア。気持ちは嬉しいし頑張ってはもらうけど、そんなに気合を入れられても困るんだけどな。


 ソフィアのステータスを鑑定で見てみる。前にしっかりと確認したのは護衛に行く前だったので、どれくらい変わっているだろうか。


 ソフィア レベル25

スキル:

火属性魔法レベル3

水属性魔法レベル2

風属性魔法レベル2

護身術レベル1


 かなりレベルもスキルレベルも上がっている。護衛中に魔法は遊びでかなり使っていたからスキルレベルが上がっているのは分かるが、レベルまで上がっているのは何故だ?


 「ソフィアもかなりレベルが上がっているし、今日手に入れた情報から考えれば、迷宮でもそこまで苦戦はしないだろうな」


 俺のレベルがインフレし過ぎているのもあるが。オークロードとの戦闘は俺にかなりの経験値をもたらした。レベルだけでいうならば、上級者の仲間入りをしてもおかしくない程に。


 「ソフィアのレベルは25になっている。レベル20あれば、20階層までのモンスターならば戦えるみたいだし」


 レベルというのは、強さに絶対的な影響を与えるかと言われればそうでもないが、一応レベル別で区分のようなものがある。

 簡単な分け方で言えば、レベル30までが初級、レベル31~60までが中級、レベル61以上が上級冒険者となっている。


 レベルよりかはギルドランクの方が、実力を表すには正確かもしれないくらいだが。


 この世界では、レベルによるステータス上昇値というものが低すぎる。レベルアップによるステータスポイントのおかげで、スキルが覚えやすくなるから、レベルは上げた方がいいが、それもこの世界の住人は自動振り分けのようなので絶対的な差を作るのは難しい。


 簡単に言えば、レベル61となった俺でも、レベル41だったアルトと戦えば、魔闘術の恩恵無しには勝率は60%くらいしかない。


 とは言え、レベルが上がっていることは良いことだ。ほんの少しのステータス上昇でも無いよりかはマシだからな。その少しの差で生死を分ける可能性すらあるのだから。


 「一ヶ月間、ギルドの人達に訓練してもらったので、レベルも随分上がってますね」


 訓練していたのか。俺が怪我で動けない間なんかは世話もしてくれていたから大変だったろう。


 迷宮について話していくうちに緊張も解れ、会話が弾めば時間はどんどん過ぎていく。


 この世界に来る前はあんなに夜更かしばかりしていたのに、この世界に来てからは早寝早起きに慣れてしまった。

 それも、夜に出来ることが少ないせいというのが大きい。パソコンも無ければ、ゲーム機もテレビすら無い世界で、夜更かしなんてする意味が無い。


 日が沈んで辺りが暗くなれば、眠気が少し現れる。話していれば時間は経ち、すでに二十時を回っている。まだ寝るには早いが、やることも無いので寝る準備を始めることになった。


 お風呂なんて無いので、何時ものようにタオルで体を拭く。ソフィアのおかげでお湯は大量に用意してあるので、拭き終わればお湯を被ることも出来る。

 浸かることは出来ないので不満は少しあるが、他の人と比べれば良い思いは出来ているので不満は捨てて浴場を後にする。


 部屋に戻ってゆっくりしていればソフィアも戻ってきて、完全に寝る体勢に入る。


 背中合わせで布団の中に入れば、心臓が途端に騒がしくなる。


 「おやすみ、ソフィア」


 「おやすみなさい。ケーマ様」


 必死に目を閉じていれば、いつの間にか意識が薄れていく。今日はなんだか、精神的に疲れたな。

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