迷宮都市
街中に堂々と存在する迷宮の入り口。
大きさは小屋程度のものだが、地下には人口が10万人をも超えるこの街を飲み込む程の大きさの階層が数十回と続いている。
現在、迷宮は66層まで攻略されている。
だが、それは迷宮がこの場所に現れてから20年経っての話だ。20年。この時間のかかり方が、この迷宮の広大さと難易度の高さを示している。
迷宮と街。二つが同じ場所に存在する冒険者の街とも呼ばれるこの場所は、今日もまた若き冒険者たちで溢れかえっていた。
「これじゃあ、街の外で狩りをしている方が良さそうだな」
迷宮の入り口に列をなしている冒険者の群れを見て、自然と溜め息が溢れる。広大で難易度が高いとはいえ、低階層に関しては外よりも楽に狩りができ、広大さは変わりないので数多くの新人冒険者が狩りを行っている。
そのため、ダンジョンに入ろうとする冒険者が、そのダンジョンの広大さとはかけ離れた小さな入口に列を成しているというわけだ。
高ランクの冒険者。20層を突破しそれ以降の階層で狩りが行えると、その実力が認められた者には転移門の使用が許可されるため、この長蛇の列に並ぶ必要は無くなる。とはいえ、20層より下は難易度が高くなるようなので、大半がそのあたりで狩場を迷宮から魔の森、すなわちぺネムへと変えるようだが。
「そうですね。ギルドマスターに来るように言われた時間を考えれば、ダンジョンに入れてもすぐに帰らなければいけません」
せっかく、怪我から復帰したというのに幸先の悪いものだ。思い出せば蘇ってくる痛みの記憶に、少し顔を顰めながら引き返すことを決める。一か月も経てば痛みはもうないが、記憶というのはまだ鮮明に残っている。
街の外まで狩りに行くのも面倒だしどうしようか。リハビリがてら簡単に狩りが出来ればと迷宮の入口まで来てみたが無理そうだ。
「どうかしましたか?」
ふと、隣を歩くソフィアの顔を見て思いつく。せっかく暇なのだから、たまにはソフィアの行きたいところに行くとしよう。
「狩りはやめにしよう。ソフィアはどこか行きたいところはあるか?」
行ってから気づく。手持ちの金の少なさに。
護衛依頼の為に買い込んだ物資のせいで、金は殆ど飛んだ。怪我で寝込んでいる間に、幾つかの素材やアイテムをソフィアに売ってきてもらったが、奮発してやれるほどの金は持っていない。
「それでしたら、ギルドの近くにある喫茶店に行ってみたいです。美味しいケーキがあるそうなので食べてみたいです」
そういえば、ギルドの受付の女性とかと話をしていたな。そこで教えてもらった店なのだろう。喫茶店でお茶をするくらいならば、今の手持ちの金でも問題ないか。
「それくらいなら時間も潰せてちょうどいいな。行く途中で気になる店があれば見て行ってもいいし」
「はい!」
ペネムとは活気が違う街並みをソフィアと共に歩く。迷宮都市メイヴィス。冒険者の街だけあって活気が凄い。ペネムも冒険者の町ではあるが、向こうは中堅者以上が大半なので数も少ない。それに中堅者ともなれば、泊まり込みで狩りに行く者も多いため町にいる冒険者の数はそれほど多いわけでもなかった。
店を見ながら歩けば時間は過ぎていく。目ぼしい何かは見つからなかったが、ソフィアも楽しそうにしているので悪くはなかったな。
「ここか……」
「そうです!ここのケーキが美味しいらしいです!」
お洒落な店内。中に見えるのは女性かカップル。チラッとソフィアの顔を見れば、楽しみで仕方のないといった表情を浮かべている。
ここに入るのか……。
重たい一歩を踏み出して、隣を歩くソフィアに気取られないように店内へと入っていく。
「いらっしゃいませー」
視線が痛い。
ソフィアは絶世のとかそんな大層な感じではないが、純粋で可愛い。そんな隣に立つのが俺なんて……と、自然と卑屈になってしまう。ある意味自意識過剰とも言えるこの感情を頑張って抑えて、周りをシャットダウンすべくさっさと席に着いてメニューを開く。
「へぇー。色々種類があるんだな」
日本と比べればシンプルなメニューばかりかも知れないが、他の文化の発展を考えればケーキなどのスイーツ関連の発展は目覚しいものだ。
……やはり、女性って怖い。
こっちの世界の名前で言われても何が何か分からないので、とりあえずオススメらしき飲み物を頼むことにする。
ソフィアを見てみると、挙動不審かと言いたくなるようなほど、きょろきょろとメニューを忙しなく見続けている。
これはあれか。初めてこんな店に来た緊張と、勧められた物が複数あってどれにするか迷っているのか。
「別に一つじゃなくてもいいぞ。俺も食べてやるし、周りを見たところ一つの大きさはそれ程でも無さそうだしな」
別段小さいとかではないが、食べやすく、値段も手頃というスタイルの為だろう、一つの大きさはコンビニで二つ入りで売っているようなケーキの一つと同じくらいだ。
あの程度のサイズなら、一つでは逆に物足りないだろう。
「じ、じゃあ、これとこれ……あと、これもお願いします」
おずおずとメニューを指差すソフィアを見ながら、頭の中で金額を計算する。
一つ一つがお手頃なだけあって手持ちで十分足りるな。
店員を呼んで注文を告げる。
少し待てば運ばれてきたケーキと飲み物に、ソフィアの表情が緩む。可愛らしく微笑むソフィアを見ながら、コーヒー擬きを啜れば、意外と甘くて吹き出しそうになった。
「大丈夫ですか?」
「あ、ああ。こんな味だとは思わなくてな」
真っ黒で匂いも甘い感じはしないのに、コーヒー牛乳並の甘さ。分かっていれば咽せることもないので、落ち着いて飲む。
……甘い。
「美味しいです!こんな美味しいの初めて食べました」
ここに来て良かったな。ソフィアがケーキを幸せそうに堪能しているのを見れば、そう思えた。
「ケーマ様も食べてください」
差し出されたフォークの上には、ケーキの一欠片。
え?まじでこのまま食べるの?
視線でソフィアに訴えかけようとすると、「どうぞ」と退路を断たれた。
ドキドキと高鳴る鼓動を抑え、ポーカーフェイスを意識しながら、差し出されたフォークを口に入れる。
美味い。濃厚なミルクの味が口の中に広がる。砂糖の量はそれ程多くないからか、甘すぎることもなく、自然と口の中に広がり消えてゆく。
「美味しいな」
「はい!食べれて良かったで……す」
ケーキを取ろうとフォークを動かした途端、ソフィアの動きが一瞬固まる。
顔が赤く染まっていき、チラチラとこちらを伺ってくる。
「ケーマ様が咥えたフォーク……」と呟いているのが聞こえてくる。テンションが上がっていたのが収まったせいで、恥ずかしくなったのか。
この反応は嫌がられてるわけじゃないよな?
異世界に来て良かった。
そんなことを内心考えながら、コーヒー擬きを啜る。格好つけてはいるが、甘いコーヒーだ。
ソフィアが二つ目のケーキに手を伸ばす。ちらちらとこちらを伺ってくるが、俺も何度も耐えられるほど精神的にタフではないので、使われていなかったもう一本のフォークを取る。
「ちょっともらうな」
「はい。どうぞ」
これはこれで何だか恥ずかしい。そもそも、女子と一緒に喫茶店でケーキを食べるなんてイベントに慣れてなさすぎて耐性が全くないせいで、ちょっとしたことでも気になってしまう。
意識してしまえば、もう後戻りできない。ソフィアのちょっとした仕草が気になって仕方ないので、視界を鑑定モード全開で意識を逸らす。
俺が甘かったコーヒーを飲み終えて口直しに水を頼み、それも飲み終えた頃に、テーブルの上のケーキも姿を消していた。
「じゃあ、ギルドに行こうか」
「はい。ありがとうございました」
喫茶店を出れば俺のペース。とは、ならない。歩きながらチラチラとこちらを見てくるソフィアに、心を乱されながら足を進める。




