死闘
というか、やるしかないんだよな。
この状況で使えるものはストレージに入った調理器具か素手かくらいだ。
無手格闘術のスキルを考えれば、下手な物を使うよりも素手で戦う方が良いだろう。
全身に魔力を流し、次に手に魔力を濃く流すイメージをする。素手で戦うのならば、手には魔力をかなり多く流さなければ、槍に触れることすらできないだろう。
スキル : 魔力操作を手に入れました
ダイアログに表示された文章に目が行く。
これは、またなんというタイミングで。運は尽きてないようだ。神が俺に生きろと言っているかのようだな。
そうだ。こいつさえ倒せば生き延びる道はある。目の前のこいつさえ倒せばいいんだ。
「俺は諦めない。最後まで足掻く奴の怖さってのを思い知らせてやる」
ハイオークがまた突進してくる。
落ち着いて槍の穂先を躱し、棒部分を素手で払いのけるように受け流して突進の軌道を逸らす。
すかさず、逆の手でハイオークの背中に一撃を加えるが、力が乗っていないためダメージにはならなかったようだ。
だが、俺が武器を無くしたことを好機と思っていたハイオークは、簡単に受け流されたことに戸惑っている。
この間に少しでも体力を回復させないと。
俺と自分の槍を交互に見て首を傾けるハイオーク。どれくらいだろうか。気づけば、鑑定で普段表示している情報もオフにしていたようで、時間がどれくらい経ったか分からないが、ハイオークが戸惑っていたのは一分程だろう。
大きく槍を振るい、地面を踏みつけると、ハイオークはこちらを睨む。
もっと、戸惑っていればいいのに。そう考えてしまうくらい、体は悲鳴を上げている。
馬鹿の一つ覚えのように突進してくるハイオーク。一撃で戦闘不能……いや、死が待っているから、馬鹿の一つ覚えだろうがなんだろうが脅威には変わりない。
先程と同じように受けながすと、流石に予測していたようで、すぐに切り替えして槍を振るってくる。
こっちは一撃もらえばやばいのだから、そういう悪い方向の予測くらいしている。再び受け流してやり、今度は回し蹴りを叩き込む。
今回はダメージがしっかりとあったようで、ハイオークが声を上げる。追撃しようか迷ったが、さっきみたいなことがあると嫌なので距離を取る。
素手の俺に良いように転がされる混乱と、倒せない苛立ちからかハイオークの動きがどんどんと単調になっていく。
俺の魔力も回復が追いつかずに徐々に減っていたが、ハイオークの動きが単調になったことにより魔力の節約も少しは行えるようになってきた。
スキル : 身体強化のレベルが上がりました
途端に体が軽くなる。魔力の変換効率が上がったような感覚が起こり、ハイオークの顔面に拳を叩き込むことに成功した。
こう、自分に良いように流れが来ていると、戦闘って楽しいな。
気分が高揚しているのが分かる。
ハイオークに攻撃を加える度に、どんどんと形勢が逆転して行くのが感じられる。
「がアァアアア!」
「っ!なんだ!?」
ハイオークが突然叫ぶ。
不甲斐ない自分への怒りからか、一度大きく自分の顔を平手で弾く。
こいつも必死ってことか。追い詰められた時には人間も魔物も同じような行動を取るもんだな。
ハイオークの声に呼ばれたようにオークが数匹集まってくる。
ここに来て集団戦か?それならばそれで良いが、苦手な集団戦で状況を打開させてやる程俺も甘くないぞ。
ハイオークが集まってきたオークのもとへと歩み寄り、小さく呟くと槍を大きく振りぬいた。
「なっ……」
同族殺し。それもこのタイミングで?何がしたいんだ?せっかく呼んだオークを殺すなんて……。
混乱する思考を押さえ込み、ただ目の前の状況に集中する。
どれくらいか分からないが、辺りを包んだ静寂がハイオークによって破られた時に、その理由が理解できた。
「がっ……グオオォォォ!」
ハイオークが天に向かって吼える。ミシリとハイオークの体から音が聞こえ、俺の思考に不吉な予感が走る。
止めなければ。と体が勝手に動き出し、ハイオークに殴りかかる。
「えっ?」
思いもよらない結果に自然と声が漏れた。
殴りかかった俺を受け流したのだ。ハイオークが。
力で戦っていたハイオークが、受けながすなんて行動を取ると思っていなかったせいで派手に転んでしまう。ただ、そこに追撃が来ることはなく、ハイオークは何かに耐えるかのように全身に力を込めていた。
オークロード(進化中)
鑑定結果に驚愕してしまう。
どういうことだ?進化?
考えがまとまらず動けないでいる俺と、進化による負荷に耐えるハイオーク……いや、オークロードの間に再び静寂が訪れる。
ミシミシとオークロードの体から聞こえる音に正気に戻り、相手が動けずにいることを確認して、最初に持っていた説明書を取り出す。
進化 : 一定レベル、一定条件を満たすことで進化が可能になる。同一種族内で上位系統へと変化できる。
進化なんてあるのかよ……本当にゲームのような世界だな。謎は解けたが、これはやばい。ステータスも力以外は軒並み上昇している。力が下がっているのはレベルのせいなのか選択された系統の特性なのかは知らないが、その分受け流しなんて覚えられたのならばきつい。
オークロードがこちらに向かってゆっくりと足を運ぶ。
ごくりと唾を飲み込んだ音が響いた瞬間、互いに距離を一気に縮める。
受け流し、反撃。それを受け流され、反撃される。さらに受け流し、距離を取る。
オークロードは自分の拳を見つめ、動きが良くなったことを実感しているようだ。
本格的にまずい状況になってきた。進化により、欠点であった脳筋と小回りの利かなさがある程度改善されていやがる。素直に打ち合えば、負けるのは俺だ。かと言って対抗する方法があるわけではない。
シンプルに接近戦で隙を狙い続けるしかない。
距離を詰め拳を振り抜く。受け流され空いた横腹に拳が飛んでくるが、体を捻りながら左手で軌道を逸らして肘で顔面を狙う。
オークロードが半歩下がることで肘は空を切り、今度は俺の顔面にオークロードの拳が向かってくる。それを魔力をかなり乗せた拳で逸らし、そのまま腹に拳を叩き込む。
慌てて距離を取るオークロードを逃さないように距離を詰め、もう一撃食らわそうと横から顔面を狙う。
それを腕で受け止め、オークロードが力のそれほど篭っていない一撃を俺の腹に入れる。
「身体能力の差ってやつか……っ」
軽い一撃でもかなりの衝撃が俺を襲う。距離を取った状態で睨み合う。今回のやり取りのダメージだけなら、俺の方が多く与えているが、ここまでのダメージ差のせいで辛そうに見えるのは俺の方だ。
スキル : 見切りを手に入れました
互いに距離を詰めようとしたところでダイアログに表示が現れる。
殴りかかってくるオークロードの動きの予測がしやすくなり、綺麗に受けながすことに成功する。すかさず一撃を加えると、オークロードが大振りの一撃を加えようとする気がしたので距離を取ると、オークロードが大振りのフックのようなパンチを繰り出して距離を取った。
スキルの恩恵か。これまた良いスキルが手に入ったものだ。
スキルにより戦闘能力が向上したとはいえ、もともとのステータスに差があるため、少しずつ圧される。
オークロードも進化したところだからか、戦えば戦うほど動きが良くなっている。俺とオークロードのどちらが最後まで気を抜かずに相手を殺しきれるか。それが勝負を分ける一番の要因になりそうな戦いが続く。
スキル : 魔力操作のレベルが上がりました
スキル : 身体強化のレベルが上がりました
ダイアログに表示される文字が、俺の成長を物語る。それと同じく、鑑定の結果がオークロードの成長を物語る。
この世界では戦闘中でもレベルが上がる。進化したことにより、レベルが1に戻っているオークロードはレベルの上昇分、俺よりも成長が早い。決め手がないせいで戦いは終われないが、着々とダメージは積み重なってくる。
オークロードが俺の側頭部を狙って大振りの一撃を放つ。
当たるつもりはないので躱そうとすると、それを狙って攻撃を中断してすかさず体勢の崩れた俺に蹴りを加える。
腕に魔力を込めて蹴りを受ける。ダメージは少し軽減されるが衝撃が体を揺さぶる。
連続で攻撃を仕掛けてくるオークロードをなんとか捌くが逃がしきれない衝撃が体を打つ。
「ちっ……」
なんとか距離を取るが、食らったダメージはかなり多い。受け流しどころか、コンビネーションまで考えた戦闘の流れを作るなんてハイオークの時では考えられなかった。
着実に頭脳面でも進化してやがる。
一番の欠点であった脳筋が、進化するだけでここまで変わるのか。こいつが望んだ結果であるのか、それとも、たまたま進化した結果であるのかは分からないが、運が悪かったとしか言えない。
オークロードが頭を使い戦闘スタイルを組み立てることにより、戦況が一気に傾く。
互いの成長により、これ程まで戦況が読めない戦いなんて初めてだ。
一つ言えるのは、始めから今のオークロードが現れていたならば、俺だけでなく、ソフィアやセネディ達もやられていただろう。ハイオークの状態で現れてくれたのは、俺たちにとって救いであった。
状況はオークロードが優勢のまま進み、完全にオークロードが攻め、俺がなんとか耐えしのぐという形で時間が過ぎていく。
「なにっ!?」
オークロードのフェイントにより完全に崩された体勢。その顔面へと拳が襲いかかる。
ガードは間に合わない。
受け流そうにも、この体勢から受けながすのは今の俺では不可能だ。
ダメージをできる限り減らすためにはどうすればいい?
スローモーションに感じる世界の中で、思考だけがぐるぐると駆け巡り、解決策もなんの対応も出来ないまま、拳だけが俺の目前までやってくる。
これは死ぬ。
この一撃を食らえば良くて瀕死、普通ならば即死コースだろう。
駆け巡る思考が何の成果も出さずに諦めを告げる。
……悪い。生き残れなかった。




