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スタンピード

 剣と槍がぶつかり合う。

 均衡はすぐに破れるが、槍は軌道を逸らされて地面を叩く。


 身体強化をかけていても、力で対抗するには消費魔力の問題と身体への負担を考えれば、力任せの勝負に持ち込むのは問題外だ。


 「ちっ!余裕ぶりやがって!」


 槍を振るうオークの少し奥にいるハイオークへと視線を向ける。


 オークと戦う俺にあいつが追いついたのは、どれくらい前だったか……。追いつかれたと思いきや、戦いには参加せずに仲間のオークをけしかけるだけで、自分は高みの見物ときてやがる。


 オークに囲まれたこの状況で、ハイオークにまで襲われれば隙を突いて逃走できるかすら危うくなるのは目に見えているから、高みの見物でも何でも、あいつがこちらに来ないというのは俺の命を救ってくれている。



 確実に一匹ずつ。大きな隙が生まれた時にだけこちらから攻撃を仕掛ける。

 小さな隙を狙って動こうとする本能を抑えながら、オークを倒していくが、倒しても倒しても、またどこからかオークがやってきて数が減らない。


 少しずつ焦りの色が濃くなっていく俺を、ハイオークはニヤニヤとしながら見続ける。


 ……このままではジリ貧になって集中力が切れた時が俺の終わりになってしまう。

 こうなったら魔力が減らないように消費魔力を抑えていたが、少しずつ減っていくのを覚悟するしかないな。


 身体強化に使う魔力をほんの僅かだが増やす。迫ってくる槍が完全に目で捉えられるようになる。


 「遊びは終わりだ!」


 槍を振り終えた体勢のオークの顎を左拳で打ち抜く。

 グラッと体勢が崩れるオーク。無理な体勢から、とりあえず振り抜いただけの槍の大振りがくるが、そんなものに当たってやるつもりはない。

 倒れ行くオークの顔面に剣を突き立て、地面に串刺しにしてやる。


 「ちっ……わかってるんだよ!」


 攻撃を終えて、一瞬動きが止まった俺に対して三匹のオークが突撃してくる。

 剣を引き抜くのは止めて回避を先回しにする。馬鹿みたいに突撃してきたオークを回避するのは慌てなければ簡単だ。横を通り抜けようとする俺に対して二匹のオークが慌てて槍を振るう。


 遅いんだよ。身体強化をかけている俺に対して、1メートルも無い距離から槍を構えて振るうなんて間に合うはずがない。


 二匹のオークがお互いに振るった槍を受けて倒れる。

 所詮は力任せの集団戦に慣れていない奴らだ。囲っていても隙はあるし、ちょっと揺さぶれば簡単に引っかかる。


 残りの一匹のオークが突撃してくるが、落ち着いて躱し、足払いをかける。倒れるオークの後頭部に全体重を乗せたパンチを自分も倒れながら地面にオークの頭が着く瞬間に叩き込む。

 グォっと唸るようにオークから声が漏れて動かなくなる。オークが死んだことを確認して、剣を取りに行く。



 俺の近くにいたオークが全滅すると、俺を囲うように待機していたオークがジリジリと詰めよってくる。


 戦わないときは不意打ちに対応できるようにしつつ、魔力は温存。

 今ではすでに百匹くらい集まっているだろうか。これだけのオークを相手にするには温存と特攻を繰り返さないと保たない。いや……どう頑張ろうと保ちそうにはないか。


 フゴオオオォォォ。とハイオークが叫ぶ。

 その声を聞いたオーク達は詰め寄るのを止めて、俺から離れていく。

 そのまま、殆どのオークが何処かへ行ってしまい、俺の視界に映る範囲ではハイオーク一匹とオークが五匹しか残っていない。


 どういうことだ?


 意識がハイオークから逸れた瞬間、ハイオークが俺に突撃してきた。


 「くっ……強い!」


 オークとは段違いの速さ。

 オークとは段違いの槍の振り方。


 受け流そうとした俺の腕を弾き、詰め寄ってきた勢いのまま俺に体当たりを食らわす。


 「がはっ!」


 数メートル吹き飛ばされて木にぶつかる。すかさずポーションを飲み干すが、ふらふらとするのはすぐには治らない。


 俺が回復するのを待つわけなく、ハイオークが向かってくる。時間稼ぎになれば、とぶつかった木を間に挟むように逃げる。


 木を中心にくるくると逃げていると、ハイオークの動きが止まり、次の瞬間全力で突進してくる。


 バキバキバキッ!と音を立て、ハイオークの突進に木が負け、押し倒された木が俺を襲う。


 「どんな馬鹿力だよ!?」


 木を避けつつ全力で距離を取る。ハイオークも俺を追ってくる。


 速度はほぼ同じ。

 森の中を走り慣れていないせいでAGIで勝っていても距離を離せない。いや、それどころか近づかれているかもしれない。


 「振り切ってやる!」


 魔力をさらに濃く。魔力の回復力が追いつかないなんて気にするな。

 今は逃げ切ることを考えろ。


 木の隙間を縫うように走る。駆け抜ける。


 今の俺を俯瞰で見れば、アニメや特撮で見るような光景になっているだろう。そのまま、前のめりに転びそうなくらい体を前に倒しながら、倒れそうになる体を前に進む力で維持する。

 少し間違えれば、木にぶつかる。だが、それを怖れて前に進まなければ倒れる。


 足を止めれば、ハイオークに追いつかれる。結局、逃げるのが今取れる一番の選択肢なのだから突き進むしかないのだ。



 ハイオークとの距離が少しずつ開く。ちらっと後ろを見れば数十メートルの距離が生まれている。


 これならば、逃げ切れる。


 安堵の声が無意識に溢れた。だが、轟音が鳴り響き、その声は無情にも掻き消された。


 「なっ……そんなのありかよ……」


 もう一度後ろを見た瞬間、俺の希望が崩れ去った。

 これは……逃げ切るなんて不可能のようだ。

 スピードでは僅かに俺の方が上だが、ハイオークは藪なんて全く気にせずに突っ切って追いかけてくる。

 それどころか、細い木なんてものともしないかの如く薙ぎ倒しながら、速度を落とすことなく走り続ける。


 スピードで勝っていても、ショートカットを連発されれば、離せないどころか追いつかれる。

 逃げ回ったせいで道のない森の中まで来てしまっている。こんな中ではスピードを活かすこともあまりできない。



 「回避不可能イベントかっての……」


 距離がまだあるうちに逃げることは諦めて剣を構える。

 大きく一つ息を吐き、ハイオークを見据える。


 「死にたくねえからな……足掻かせてもらう!」


 ハイオークが突き出す槍を躱しながら、横っ面から剣を叩きつけて追撃できないように弾く。互いに体勢が崩れるが、立て直すのは俺の方が少し早い。


 だが、攻撃に転じれる程の隙は無い。次の振り回しに対して距離を取って対応する。

 俺の目の前を槍が音を立てて通過する。振り切った体勢のハイオークに、ほとんどダメージになりはしないであろう体重の乗り切っていない切りつけを食らわせて、すかさず距離を取る。


 懐に飛び込むのは、もっとハイオークの動きに慣れてからだ。


 何度も躱しては隙を突いて、軽い攻撃を繰り返す。時折、鑑定でハイオークのHPバーを見るが、微かに減っている程度だ。

 一撃一撃が命を刈り取るような威力を持ち、こちらも余裕が無く紙一重での攻防。


 ……明らかに俺が不利だ。見るからに精神的に消耗し続けている。身体強化のお陰もあり肉体的には余裕があるはずだが、精神的な消耗により息が切れ始める。


 オークの攻撃を受け流す。

 そして出来た隙を突いて一撃を入れる。


 幾度と無く繰り返し続け、タイミングが掴めるようになる。徐々に俺の攻撃の威力は増し、ハイオークのHPバーを少しずつだが削っていく。


 「グオオォォォォッ!」


 ハイオークが雄叫びを上げて力強く槍を大振りする。

 攻撃が当たらないこと、ちまちまと攻撃され続けていることに苛立ったのか、力任せの一撃を受け流せば大きな隙が生まれた。


 「焦るなってことだよ!」


 ようやく体重を乗せた一撃を入れられる。ハイオークの肩へと振り落とされた剣は、肉を少し切り裂く。


 「グオオォォォォ!?」


 痛みでハイオークが後ろへ飛び退く。

 崩れた体勢から飛び退いたせいで、ハイオークは転び槍を手放す。


 ここは攻める!

 もう一撃追撃でハイオークの腹へ剣を突き刺す。苦悶の表情と声を発するハイオークに、さらに攻撃を加えようとしたところで自分の失態に気づく。


 「くっ!やばいっ!」


 剣を突き刺されながらも、自らの槍を再び手にしていたハイオークが、俺の追撃に合わせてがむしゃらな大振りを繰り出す。


 前のめりで剣を振りかぶろうとしていた体勢からでは回避は不可能。

 俺の技量とハイオークとの膂力の差では、真正面から受け流すのも不可能。


 込められるだけ魔力を身体強化に込め、剣を槍の軌道に合わせて振り抜く。


 剣と槍がぶつかる。激しく音を立ててぶつかった双方は、力の差で槍が押し勝つ。


 キィーンと音が聞こえた瞬間、俺の体に衝撃が走る。


 「……っあ……ぐっ」


 声が出ない程の衝撃が体を走り、吹き飛ばされる。何が起こっているのか分からないままゴロゴロと数メートル吹き飛ばされ、地面へと這い蹲る。

 やばい!早く立ち上がらないと!


 立ち上がろうとしても力が入らない。途中で崩れ落ちそうになる体をなんとか木に凭れかかることで支え、必死の思いで起き上がる。


 ハイオークはどこだ?


 自分が吹き飛ばされてきたであろう方向を見ると、ハイオークが立ち上がろうとしていた。


 向こうも向こうで、ダメージはしっかりとあったようだな。

 槍を杖代わりに立ち上がり、こちらを睨むハイオーク。

 ダメージで言えば、圧倒的に俺の方が上だ。だが、戦いによる高揚なのか、痛みが強すぎて鈍っているのか分からない。体を動かしにくいが痛みはそれほど感じないことが今は有難い。


 身体強化を再びかけ直し、体を無理矢理動かす。

 これなら、まだ戦えそうだ。


 そこで、どちらの手にも剣が握られていないことに気づく。


 俺とハイオークの中間地点辺りに、無情にも真っ二つに折れた剣が見えた。


 「……さすがに、さっきので折れたのか」


 武器は予備も無い。満身創痍か。

 随分と状況が悪くなったものだ。素手に魔力を込めれば、槍を受け流すくらいは出来るだろうか……

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