開戦
「私はケーマ様と一緒に残ります!」
アルトが引いてくれたと思えば、今度はソフィアが俺の横に来る。
いつもの、どこかに奴隷としてという意識が垣間見える目ではなく、真っ直ぐと自分の意思でこちらを見て目を離さない。
「ソフィア。気持ちは嬉しいよ。でも、今は護衛の最中だ。俺もアルトもセネディさん達から離れる。そうなれば、ソフィア以外セネディさん達を護れる人はいないんだ」
「でも……」
「それに、セネディさんもアンジュさんも馬車を操縦する。だから、ソフィアにはセトラに着いていてやって欲しい」
どれだけ平気そうにしていても、まだ小さいセトラは不安でいっぱいなはずだ。
そんな中、馬車の中で一人にするのは酷ってもんだろう。
冒険者としては、無謀な戦いに挑むなんてクソみたいな選択だが、今は護衛中だ。
……それに、ソフィアには死んでほしくない。
彼女はまだ若いのに、奴隷としてという意識により全うな人生を諦めかけていた。せっかく、人として考えてくれるようになってきたのに、今死ぬなんて勿体なさすぎる。
まだ、ソフィアの中で俺という存在はそこまで大きくないだろう。きっと、俺がこの戦いで死んだとしてもしばらくすれば乗り越えてくれる。
俺なんて親からもらった生をニートなんていう無気力な使い方をして、さらにそれまで捨ててこの世界に来たような人間だ。死にたくはないが、もし誰かが死ぬとして、その誰かが選べるとするならば、俺は自分を選択したい。
だが、死ぬとしてもただでは死んでやるものか。最後まで抗い続けてやる。
そのためにも、一番生き残る可能性の高い俺がここに残り、アルトに援軍を呼んできてもらう。ハイオークなんて倒せないと思うが、倒さなくとも生き延び道はあるはずだ。
「皆行ってください。ここは俺が足止めしてみせます。こんな所で死ぬつもりは無いので、絶対に生き延びて見せますから」
自分でも不思議なくらい自然な笑みが浮かぶ。
この状況で頭の中が冷静でいられるのが自分で理解できない。
元々、俺はこんな人間だったのだろうか?
それともこの世界に来た時から、自分は自分で無かったのだろうか?どこかでゲームか何かをしているような感覚でいるのだろうか?
そんな考えても答えの出ないであろう考えが頭によぎっている中、皆が悔しそうな表情を浮かべながらそれぞれのするべきことを始める。最後まで笑顔でソフィアを見送り、馬車の中に入ったのを見てから、御者台へと座ったセネディとアンジュに向かって声をかける。
「もし、俺が死んだらセネディさん達にソフィアを引き取って頂きたい」
「……っ。分かった。セトラも気に入っているようだからね」
「ありがとうございます」
何も言わずに引き受けてくれることに感謝し、セネディとアンジュさんの頬に伝う液体を見て見ぬ振りをして背を向ける。
セトラとも仲良くなっていたから、もしもの時はセネディたちならばソフィアも楽しくやっていってくれると信じたい。
人に思われることは嬉しいが、こんな状況に陥ってしまえば、俺のことを思ってくれる人の存在というのは辛いな。
もう直ぐそこまできているオークを捉え、剣を鞘から引き抜く。
自分の体が僅かに震えているのが、剣を構えたことで分かってしまった。視界に映る剣が小刻みに震え、手にもうまく力が入らない。
ああ……やっぱり恐怖はあるのか。あまりの出来事に動揺しすぎて、感覚が鈍り気づかなかっただけか。
良かった。気づかなかっただけで、死を恐れなくなってしまったわけではなかったか。自分が自分のままであることに気づき、少し気持ちが落ち着く。
近づいてくるオークを見据え、自分の気持ちを奮い立たせて集中する。
「旅の護衛ってのは、命をかけてでも依頼主を目的地に到着させるものなんだよ。だから、お前達は俺が止めてやるよ」
初撃が重要!
突進と言っても過言では無い勢いで突っ込んでくるオークの先頭を走る少し小柄なオークに、体を振ってフェイントをかけながら真正面から剣を真っ直ぐと突き出す。
ミシッと剣から嫌な音が聞こえた気もするが、そんなことに躊躇していられない。オークの胸元を力技で貫き、体は少し横から当てることでオークを自分の突進の勢いのまま吹っ飛ばしながら剣を引き抜く。切ってもダメージがあまり通らないなら、通るように貫けばいい。
「グォォ……」
バキバキと音を立てて細身の木を押し倒しながらオークが力尽きる。
剣を一払いして、残りの足が止まったオーク達の方へ体を向ける。
「俺が相手だ。ここは通さないぜ」
言葉が通じたとは思わないが、オークが雄叫びを上げて俺へと槍を振るう。
そんな大振りに当たってやるもんかと軽く避けさせてもらうと、仲間同士で槍をぶつけ合う。
やはり、指示されていないと馬鹿だな。さっきのハイオークがこっちに来るまでに、こいつらの数を減らさなければ。
槍を避けつつチラリと視線を奥にやると、ハイオークは他の魔物に指示を出しながらゆっくりとこちらに向かってきている。
あいつがここに到着するまでここで戦い続ければ、ソフィアたちは逃げ切れるだろう。
「ああ、嫌な役回りだなぁ」
そう言いながらも悪い気分では無い俺は可笑しいのだろうか。
夢に見ていたゲームや小説の中の世界のようなワンシーン。死にたくは無いが、これが最後になるのかも知れないならば、せめて最後は楽しんでやろうじゃないか!




