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順調な旅路

 「すっかりソフィアちゃんに懐いちゃったわね」


 アンジュが嬉しそうに微笑む。目の前では、ソフィアが水の魔法で手元に水の球を作り出し、セトラがそれを見て凄い凄いとはしゃいでいる。ソフィアはそんなセトラに笑みを返してはいるが、汗が頬を伝う。簡単に見せてはいるが、魔力を制御し水の球を維持、さらにセトラが触れても大丈夫なようにしているため、かなり集中しているはずだ。そんなソフィアにお疲れ様と視線で伝える。


 馬車での旅もこれで七日目だが、日に日にセトラはソフィアに話しかけるようになっていった。

 そうなった理由としては、ご飯を分けたことと、ソフィアが魔法で魔物を一撃で倒すところを見たからだろう。セトラの隣に座ったまま、こちらに向かってくるショーンウルフを魔法で倒す。子供ならその姿にあこがれを抱くのは無理もない。日本で言えば、ヒーローもののアニメを見てヒーローになりたいと言っているような感じだろう。

 それ以来、ソフィアが暇そうにしていると、「魔法を見せて!」と傍に寄っていっているから間違いないと思う。

 それにこのくらい年頃だと、魔法に対する憧れというのは非常に大きいはずだ。


 キラキラと目を輝かせて、ソフィアの手元を見ているセトラは本当に楽しそうだ。ソフィア自身も火、水、風の魔法を使い分けながらセトラに見せているあたり、楽しんでいるのだろう。


 ……というか、セトラに魔法を見せてくれと言われてから、ソフィアが「使える魔法を増やしたいです」と言い出したからな。

 それで、風属性を僅かにだが使えるようになったのだから、俺は文句なんてないが。魔法の練習にもなるしどんどん見せてやれ。


 「それにしても、ソフィアちゃんは優秀な魔法使いね。あれだけ魔法を使っていても魔力に余裕があるなんて」


 「はは……自慢の相棒です」


 苦笑いが溢れてしまうが、それも仕方ないだろう。俺の無駄に回復するMPをガバガバと食っているのだから。そりゃあ、どれだけ魔力が多いんだって思われても仕方ない。


 ただ、楽しそうにしているソフィアとセトラを見ていると、魔法を発動するのを止めろとは言えない。いや、言いたく無い。


 「ケーマくん!8時の方向からゴブリンが追ってきてる!」


 前方を走るアルトからこちらを狙う魔物の報告が入る。

 すかさず確認すると、ゴブリンが五匹こちらに向かってきている。馬車の速度を考えれば、ぎりぎり追いつかれる。


 だったら、先に攻撃を仕掛けて足止めすればいいだけだ。


 「ソフィア。ゴブリンに向けて水魔法を」


 「はい!」


 詠唱を始めたソフィアと、追ってくるゴブリン。どちらが早いかと言えば、確実にソフィアだ。


 「ウォーターボール!」


 ソフィアのウォーターボールが先頭を走るゴブリンの足を捉える。当たったゴブリンが倒れ、さらに地面をウォーターボールが濡らすことで、さらに二匹のゴブリンも巻き込まれる。

 三匹のゴブリンが足止めされたため、残りの二匹のゴブリンは追ってくるのを止めて仲間の元に引き返していく。



 細かいことを言えば、倒さないのは素材が勿体無いが、護衛としては近づかさないで倒す方が良い。

 それにゴブリン数匹の素材なんて端金も良いところだ。楽に処理するのが一番良い。


 多分、この護衛で追い払っただけの魔物を全て合わせれば5000コル程度になりそうな量だが、馬車を止めてまで戦っていれば日程は一日延びていただろう。


 逆に言えば、ここまで魔物に馬車を止められることなく進んできたから、八日……つまりは明日に迷宮都市まで着けるであろう所まで来ることができたのだ。

 ただここからが問題でもある。

 アルトの話では今から入る森にはオークがいるらしく、俺たちが相手にした事のない強さの敵になる。

 通る道はオークの出現エリアから少し離れているが、数匹のオークがふらっと来ることはあるらしい。


 基本的にしっかりと索敵をしていれば、逃げ切ることはそれ程難しくないらしいが、索敵能力に関しては並だからな。正直言って不安だ。


 ここはアルトの索敵能力に期待しつつ、俺たちもできる限り周囲の警戒には気を張ることにしよう。


 「そんなに気を張ることはないよ。私たちも数十回はこの森を通っているが、オークに出会ったことはまだ無いからね」


 エリアは外れているから出現自体稀なのは分かっている。

 ただ、初めて戦う魔物を、護衛しながらだなんて不安すぎるだろう。


 「それに、オークだって単体では所詮Cランク下位の魔物のよ。貴方達なら余裕で倒せるわよ」


 アンジュが心配無いわよと笑うが、何だか嫌な胸騒ぎも伴って素直に安心できない。


 とはいえ、俺たちにできることも少し気を張って警戒するくらいしか無いので、馬車は変わらずに進んでいく。


 森の中とは言え、人がよく通る道だ。木々は切り払われ一本の馬車がすれ違えるだけの道ができている。

 それでも、ここまでよりは道が少し悪くなっていてスピードは落ちている。


 ただ、魔物も同じように追いかけにくいし、魔物がいる森の奥とは木々のせいで互いに見つけにくい。

 だから、戦闘回数が増えるなんて事もなく馬車は順調に進み続ける。

 道の両側を木が埋めているため、暗くなるのが早い。ここまでの旅路ではこの時間でもまだ進んでいたが、今日は早めに馬車を停める。

 暗くなると、夜目の利く魔物が相手では分が悪い。

 不意打ちを食らえば、ショーンウルフなんかでも大ダメージを食らう可能性は十分にある。ゲームの世界みたいに攻撃を食らっても回復薬を使えば一瞬で元通りになる訳でも、防御力が高ければ不意打ちでもダメージを殆ど食らわないなんてことは無い。


 かなり上等な装備をしていて、たまたま装備のある場所を魔物が攻撃してくれれば、ダメージが無いなんてこともあり得るが、そんな奇跡を期待するだけ馬鹿らしい。


 「今日は見通しが悪い場所で野営をするから見張りだけでなく、僕が簡単な罠を仕掛けておくよ」


 馬に餌と水をやり終えるとアルトが罠を仕掛けに森の奥へ向かう。


 「ソフィア。ここを任せても大丈夫か?」


 「大丈夫です。ケーマ様たちが戻るまで持ち堪えるくらいなら任せてください」


 「じゃあ、ここは任せるよ。何かあれば大きな声か音を出してくれればすぐに駆けつける」


 ソフィアに晩ご飯の分の食料を渡して、アルトの後を追う。

 罠の仕掛け方なんて知らないから、一度見ておきたい。


 「罠の仕掛け方を見に来ました。周囲の警戒はしておきます」


 「じゃあ、警戒の方は任せたよ。と言っても、僕も罠を仕掛けるのはそれ程上手いわけでは無いから、こんな方法もあるんだ程度に見ておいてね」


 苦笑いをしながらアルトが罠の準備を始め出した。

 まず、取り出したのは細い紐と鈴。これはよくある敵が来たら紐に引っ掛かり、音で敵が来たことが判るあれか。……名前は知らん。


 馬車を中心にぐるっと一周紐を通す。内側に引っ張った紐に鈴をつけ、一度軽く紐を引っ張ると少し濁った鈴の音が聞こえる。


 「後は逃げ道を二方向設定して、残りのルートに使い捨てのトラバサミを何箇所か置いて終わりだね」


 逃げ道の方向は覚えておいてねとトラバサミを仕掛けながら言ってくる。罠と言うには粗末なものかもしれないが、敵の感知と足止めには十分だろう。


 魔物が来ることさえ分かれば、灯りを点ける時間もできるし、遅れを取って不意打ちを食らうことは無くなる。この森の魔物ならば、それだけで十分だ。


 トラバサミを設置し終え、アルトと共に戻るとタイミング良く食事が出来上がっていた。

 短いようで長かった七日間の旅路。この旅路の最後の晩ご飯になることを願ってというセネディの言葉で食事を始める。


 かなり多めに食料を持ってきたのと、ここまでの旅路がスムーズ過ぎて二日程迷宮都市までの日程が短縮されたおかげで、食料はかなり余った。

 道中で食べられる魔物や植物を集めたのもあるが、これならば迷宮都市で数日狩りを行っても帰りの分の食料は足りそうだ。


 肉っ気たっぷりの食事を取り終えれば、次はお風呂だ。

 とは言え、野営地でお風呂になんて簡単に入ることは出来ない。さすがにお湯に浸かることはできないので、お湯につけたタオルで体を拭くだけだ。


 生活魔法の一つでもある"浄化クリーン"があれば体を綺麗にできるが、生活魔法のくせに浄化は習得難易度が非常に高く、ソフィアも使えない。


 次の長旅の時は、人が浸かれるくらいの容器をストレージに入れておいて、ゆっくりとお湯に浸かりたいものだ。

 順番に体を拭き終えると、すっかり日は沈み辺りは暗くなってしまっている。

 セネディたちが馬車の中に入っていったのを見送った後、今日の見張りの順番を決める。


 「今日は俺が最初で、ソフィア、アルトさんの順番だな」


 今の時間が夜の八時。三人ならば、約三時間毎の見張りをすれば日が昇る。

 真ん中のソフィアは睡眠時間を分割しないといけないので辛い時間帯だが、三人で見張りを回すのならば我慢するしか無い。


 「じゃあ、先に寝かせてもらうよ」


 「お先に失礼します」


 アルトとソフィアがそれぞれのテントへ入って行ったのを見届けて、一人焚き火の横に腰掛ける。


 ふうっと大きな溜め息を吐いて木にもたれかかれば、綺麗な夜空が目に映る。

 野宿も七日目だが、簡単には慣れるものじゃないな。日に日に疲れが溜まっていくのが分かる。冒険者として色々やるのは、初めてのことばかりで、それを上手く熟していけるようになるのは楽しいから耐えられるが、迷宮都市に着いたら少し休憩しないとな。

 やっぱり護衛や長期の狩りみたいなのは駄目だな。日帰りでできる狩りや採取が良い。そのためにもレベルを上げて転移魔法を手に入れることが重要だ。行動範囲も広がりながら日帰りで狩りをするには移動系の魔法が必要になる。


 星が綺麗に輝く空を見ながら、焚き火で焼くと美味しい木の実を焚べてちまちまと摘む。


 ぼーっとしながら時間を潰すが、魔物が罠を踏むこともなく、ただただ時間だけが流れていく。

 ストレージの中身を確認したり、これからのことを考えたりと、静かな時間は俺は好きだ。


 それも何日も続けばやることも無くなってくるのだが、引きこもりだった俺にはこんな時の時間の潰し方は心得ている。今まで何度やっていたネトゲが緊急メンテになり、やることもなくぼーっとしていたことか。

 暇つぶしがてら自分のステータス画面を眺めていると、どうしても一箇所に目が行ってしまう。


 ステータスポイント 0


 自分の性格と今まで温存してきたのもあり、0という表示には一週間経っても慣れない。

 溜め息を堪えつつステータス画面を閉じて辺りを見渡すと違和感を覚える。


 「静かだな……この辺りには夜行性の魔物はいないのか?」


 焚き火のパチパチと鳴る音、微かに聞こえる寝息、風が葉を擦る音。

 それ以外の音が何もない。魔物の気配も一切感じない。


 まるで作られた森の中にいるかの如く、周囲に何かがいるという感覚がしないのだ。感知能力に関しては、俺はズブの素人だが、それでも最近は近くにいれば少しくらい判るはずなのに。


 結局、その原因が何かも全く分からないまま時間だけが過ぎていき、気づけばソフィアと見張りを交代する時間になっていた。


 考えていても仕方ないと、立ち上がってソフィアの眠るテントへと向かう。

 テントなんてノックをする場所も無いので、軽くテントを叩いて起きていないのを確認すると、声をかけながら中に入る。

 この護衛の間、何度かこうやってソフィアの眠るテントへと入ったが、やはり女の子が眠るもとへと行くのは少し緊張する。


 「ソフィア起きろ。交代の時間だ」


 しっかりと肩の位置を確認して揺すり起こす。

 ソフィアは少し寝起きに寝呆けるので、起きたのを確認したらすぐにソフィアから目を離す。眠そうに目を擦るソフィアが起き上がったのを音で判断してテントからすぐに出る。


 「……おはようございます」


 テントに背を向け、他の人を起こさないようにソフィアには届く程度の声の大きさで返事をする。


 「おはよう。交代の時間だから後は頼む」


 「はい。ケーマ様はゆっくりお休みください」


 最後に顔を洗ってからテントへと入る。

 あと一日だ。何もなく迷宮都市に着ければいいんだが。

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