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一日目

 アルトの合図で馬車が森の方へと向かう。街道とは違い、森の中へと入っていけば揺れが少し大きくなる。初めての馬車でこの揺れはきついなと考えていれば、すぐに馬車が止まった。

 馬車の揺れが収まるとセトラがアンジュの腕の中から出て馬車の外をそろっと覗く。


 「もう降りていいの?」


 「気をつけて降りなさい」


 セトラが元気よく馬車からぴょんと飛び降りる。もう眠気はすっかり晴れたようで、体力が有り余っているみたいだ。森の中の少し拓けた場所には誰かが使ったのであろう座りやすそうに切られた木と焚火の跡があった。


 「二人は食料の用意はあるかい?」


 馬に水と餌を与えたアルトがこちらに来る。手には水とパンを持ち、少し早いがここで昼食にするようだ。


 「自分たちの分は持ってきてます。少し余分はあるので、そちらで足りなければ言ってください」


 こちとら料理する気満々で、少しどころか食料にはかなり余裕がある。腰に付けた革袋を示して見れば、アルトは納得した表情を浮かべる。


 「荷物が少ないと思ったらアイテムバックを持っているのか!昨日の今日でしっかり準備してくるとは、本当に初護衛とは思えないよ」


 手放しで褒めてくれるのは嬉しいが、少し恥ずかしい。アイテムバックよりもかなりチートなスキルのおかげだから、反応にも困る。


 「運良く手に入れられたので。それに、初護衛だから念入りに必要なものを確認しましたから」


 手持ちの金を全部使い切ってまで色々買いまくったからな。足りないものを探す方が大変だ。

 セネディとアルトが日を起こしてかんとんなスープを作るために、火の魔石を取り出そうとしたので止めに入る。


 「火種ならソフィアが魔法で作れますので、こちらで出します」


 「おお!それは助かる!」


 セネディが魔石を仕舞いながら喜ぶ。火の魔石は安い方だが、魔石だけで使用するとすぐに魔力が無くなるので10日間という日程を考えれば、少なくとも数千コルは浮くだろう。

 それに温存できる物は温存しておいた方がいい。何が起こるか分からないので、使えるものは置いておき、すぐに回復する俺の魔力を使うべきだ。もっと言えば、ソフィアの魔法の練習にもなるから使わしてほしい。


 「魔力は大丈夫かい?」


 「ええ。今日はまだ魔法を使っていませんし、魔力の回復速度も早いので問題ないです」


 索敵に少しだけ魔力を消耗しているようだが、スキルでも魔法でも無いので消費量は気にも止まらない程度だ。

 それに、火種程度なら数秒も経たずに俺の魔力は回復する。


 「じゃあ、お願いするよ」


 ソフィアに言って、セネディたちの分と俺たちの分の火種を作ってもらう。やっぱり魔法は便利だな。俺も生活魔法でいいから使えるようになりたい。


 「ソフィアは何か食べたいものある?」


 「いえ。何でも大丈夫です」


 何でもいい、か。とりあえず、量の多い肉から消費していくか。最後の方に同じ肉ばっかり食べることになるのは避けたいからな。調味料もそこまで種類が多いわけではないから、計画して食べないと同じ味ばっかり続いてしまうことになる。


 「じゃあ、この肉でも焼いといて」


 まな板用の木の板の上に肉を取り出し、フライパンなどの必要なものと一緒に渡す。一応、少し離れた位置にしているので袋には手を突っ込まずにそのまま出した。

 セネディ達も簡単な料理を始めたので、こちらに意識が向いていない。さっきの話を聞くのなら今だな。


 「そう言えば、さっき言おうとしてたのは何だったんだ?」


 「先程、ショーンウルフと戦うため、ケーマ様が馬車から離れた時に魔力譲渡が切れました」


 全く気付かなかった……

 一定距離以内でないと魔力譲渡はできないってことか?さすがに距離の制限も無しに魔力譲渡が行えるのならば、それはそれでスキルの効果が凄すぎるから問題だとは思うが、あの距離で切れるとは思わなかった。そういえば、さっき火種を作ってくれた時に魔力が吸われた感覚がしなかった。


 「もう一度、魔力譲渡を繋いでおく。ちょっと使えるスキルがないか探すから、食事ができたら声をかけてくれ」


 ソフィアの返事も聞かずに魔力譲渡をかけなおし、すぐ獲得できるスキル一覧を開く。

 残りステータスポイントは10。このポイントで必要なスキルを手に入れられるか……


 一覧を高速でスクロールしながら気になるスキルだけ中を確かめる。

 これも違う。これは有効範囲の変化が少なすぎる。

 効果時間延長や対象増加のスキルはすぐに見つかるが、効果距離延長のスキルは殆どない。


 魔力譲渡を継続で扱うような使い方をする奴……いや、できる奴が殆どいないというのが問題か。

 魔力譲渡と高レベルのMP自動回復を持たないと継続使用なんてできないからな。これだけ相互に補い合っているスキルセットは、普通ならば易々と手に入らないだろう。


 一向にヒットしないスキル一覧に少し苛つきが溜まってきた時、ソフィアから声がかかった。


 「焼けましたので食べてください。ケーマ様と私が離れて戦う状況に陥ることがあるかもわからないので、今は休憩しましょう」


 「……そうだな。別に焦る必要はないか。冷める前に食べてしまおう」


 問題点が早いうちに分かっただけでも十分だ。今は考えることはやめ、何かアイディアが浮かぶのを待つことにしよう。

 ストレージからサラダも取り出して食べ始める。

 塩だけの味付けの肉も食べ慣れた。脂が多くない肉は、シンプルな味付けで肉の味を楽しめば中々飽きることがない。肉の種類や育ち方の差で、少しずつ味が違うのだ。養殖では無く、肉の素になる魔物の種類が豊富な世界ならではの肉の味の差。

 日本では感じことの無かった些細な違いを感じ、それを楽しむ。この世界に来て良かったと今なら自信を持って言える。


 もし、今から日本に帰れるがどうするかと尋ねられても、今の俺ならばこう言うだろう。


 「帰るつもりはない」


 「? 何か言われましたか?」


 「最近楽しいなって」


 「そうですね。私も楽しいです」


 休憩が終わると馬車の旅がまた始まる。日が暮れるまでに野宿のしやすいポイントまで行かなければ、暗闇の中移動するか寝にくいのを我慢して寝なければいけなくなる。

 旅の日程が伸びるのも、それはそれで体力的にも物資的にも辛くなるので避けたい。


 セトラもその辺りはここまでの旅路で判ったのか、花を眺めて楽しんでいたようだが声をかけられるとすぐに馬車に戻っていた。


 昼からも平穏なのは変わらない。他愛もない会話を交わしながら、馬車はただ先を目指して進んでいく。




 俺はスキル一覧と睨み合い、どのスキルを獲得するか悩んでいた。


 魔力譲渡の問題点を解決できるようなスキルは見当たらない。

 そうなると、獲得するスキルとしては戦闘能力を向上させるもの、日常的に役立つもの、索敵系のスキルが有力か。


 ……それとも、ロマンを求めるか。


 現状、レベルはすぐに上がる。それこそパーティーメンバーを増やしてもう少し上の狩場に行けば、さらにレベル上げは楽になるだろう。

 そう。ステータスポイントはまだまだ簡単に手に入る。


 俺としては、空間魔法のレベルを上げて転移が使えるようになりたい。


 「なあ、ソフィア」


 「はい。どうされましたか?」


 「ソフィアとしては、堅実にいくか、夢を追うか、どちらがいい?」


 ソフィアは少し考える素振りを見せ、笑顔で答える。


 「私は夢を追っていいと思います。今には満足していますから、失敗しても今の生活を続ければ良いだけです」


 奴隷として買った時から比べると、随分明るくなったよな。前は奴隷として奴隷らしくご主人様に尽くそうとしている感じだったが、今はそのよそよそしさが無くなってきている。

 さすがに奴隷であるという前提があるからか、敬語だったり俺を優先しようとするところは変わらないが。

 「そうだな。ダメだったらまた一緒に頑張ろう」


 「はい!」


 スキル一覧を閉じ、自分のスキルを表示する。久しぶりにステータスを見るが、あまりステータス自体は伸びていない。


 空間魔法レベル1


 この世界に来る前のスキル選択で取ったスキルの一つである空間魔法。

 最初は、転移が使えればと取ってみたが、転移は使えなかったがストレージだけでも十分に取った価値があった。


 ごくりと唾を飲み込み、空間魔法を選択すると、ステータスポイントを消費してレベルを上げるか聞かれる。


 使用するポイントは10。

 今持っているポイントを全て使えばレベルが上がる。


 ……レベルくらいもっともっと上げてやる。上限が何レベルかは知らないが、少なくとも100程度でないことは説明書に書いてあった。


 どうせ、引きニートとなって終わると思っていた人生だ。少しくらい足踏みしても問題ない。



 最後は勢いでレベルアップを選択する。すっと、右上に表示されていたステータスポイントが0になるのを確認すると、空間魔法のレベルが2に上がっていた。


 「空間魔法のレベルを上げた。しばらくはスキルが取れないから地道に頑張って行こう」


 「頑張ります。それで、何か新しい魔法は覚えましたか?」


 空間魔法の欄を選択し、新しく加えられた説明文を表示する。


 "空間魔法レベル2 使用可能スキル、ラポール"


 ラポール?どういう能力だ?

 さらに詳しい情報を表示するように設定してラポールの能力の詳細を見る。


 "ラポール 対象にラポールを使うことにより、転移先の指定及び状態の把握が可能になる。対象の選択は空間魔法のレベルが上がるごとに一つずつ増える。現在、選択可能数2"


 転移!?

 これは空間魔法のレベルを上げれば転移を使えることができるということか!

 これは燃えてきた。空間魔法のレベルを上げるにはステータスポイントがかなり必要だが、転移が取れるならば話は別だ。

 頑張ってレベルを上げなければ。今はまだ拠点も無いし、行ったことがあるところも、行かなければいけないところも無いから必要無いが、冒険者としても普段の生活でも転移があれば随分と楽になるはずだ。


 「ラポールというのが使えるようになった。指定した対象の状態が判るようだ」


 「ラポールですか。一度、私に使って試してみますか?」


 「試してみたいから頼むよ」


 ソフィアを選択してラポールを使う。

 ラポールを発動した直後、上位鑑定による視界内のデータ表示にソフィアのHPとMPが表示された。


 これがソフィアの状態を把握できるということか。完全にネトゲのパーティーを組んだ時の表示と同じだ。HPの状態が判れば指示も出しやすくなるから便利と言えば便利だな。


 「ソフィアのHPとMPが鑑定を使わなくとも常に見えるようになったな。あとは……ソフィアの周囲に人とか物があるかがなんとなく分かる」


 薄っすらとソフィアの周囲の情報が頭に流れ込んでくる。

 転移先の状態が分からなければ、転移したら"壁の中にいた"なんてことがあるから、それが起こらないようにしているのか。


 「もっと空間魔法のレベルを上げれば、転移も使えるようになるみたいだから、しばらくは空間魔法を上げるのにステータスポイントは費やしたい」


 「転移があれば移動が楽になるので頑張って手に入れましょう」


 ソフィアも乗り気なので、しばらくは他のスキルはお預けだな。自然に手に入るスキルで良いのが手に入れば問題は無いのだが。


 日が沈み始め、鮮やかなオレンジが空を染め始めた頃、馬車を停め野営の準備を始める。


 セネディたちは馬車の中で寝るらしく、馬車の中に布団を敷いていた。

 俺たちとアルトはそれぞれ簡易テントを立てておく。


 「今日は予定よりも進むことができたから、この調子ならば8~9日で迷宮都市まで着くだろう」


 「二人のおかげだよ。ありがとう」


 アルトもセネディも褒めてくれるが、普通の護衛がどんなものか知らないから素直に受け取って良いのか分からない。


 昼と同じように火種を用意してご飯の準備を始める。


 「それがアイテムバックか。見た目の割に量が入るみたいで羨ましいな」


 今度は隣で調理するため、袋から取り出したように見せたが、上手くいったようだ。


 「かなり入るみたいで重宝してます」


 今のところストレージの限界量に達したことは無い。適当に詰め込んでも良いってのは楽だ。


 「ソフィア。水お願い」


 ソフィアに魔法で鍋に水を入れてもらいスープを作る。作るとは言っても、ソフィアが作ったスープの素をお湯に入れてかき混ぜ、ソフィアが切った具材を入れるだけなのだが。


 「ソフィアちゃん。こっちにも水もらっても良いかい?」


 セネディもアルトも水はそれ程多くは用意していないので、ソフィアが水属性も使えることを知り詰め寄る。

 ソフィアがどうすれば良いか目で訴えてくるので、水くらい出してやれと許可を出す。


 一応、迷宮都市までのルートでは水場がある程度の間隔であることにはあるが、何が起こるか分からないため手持ちの水は節約するのに限る。

 適当に買ったよくわからない調味料を鍋に入れ、肉と野菜を適当に放り込む。ソフィア曰く、この調味料は少し辛く、スープや肉など何にでも合うらしい。日本でいう唐辛子のような感じみたいだ。


 アプキンと言う唐辛子擬きをふんだんに使ったスープに肉がゴロゴロと浮いているが、匂いは美味しそうな食欲をそそる匂いだ。


 「お前らそんなに食材をもってきているのか!?」


 隣で塩スープに干し肉を投げ入れていたアルトが詰め寄ってくる。

 ……屑野菜の塩スープ干し肉入りか。まあ、冒険者的には鉄板と言っていい食事だな。今日は食べられる魔物も現れなかったから、完全に持ってきた食材だけだもんな。


 「少し分けようか?肉と調味料は余るほど持ってきたから分けても問題無いよ」


 「ほんとか!?」

 「セトラも食べたい!」


 アルトの声に被せるように、セトラが俺たちの足元からひょっこりと顔を出して、元気よく手を上げる。


 「ソフィア。全員分作れるか?」


 「そちらの鍋も借りて混ぜれば、少し味は変わりますが作れます」


 「じゃあ、それで頼む。アルトさんもそれで良いか?」


 「僕は少しでもまともな食事ができるならなんでもいいよ」


 「セトラも!ありがとうソフィアお姉ちゃん!」


 セトラがソフィアの腰に抱きつくように突撃する。

 バランスを崩して倒れそうになったので、ソフィアの肩を持って倒れないように支えてやる。


 「あ、ありがとうございます。ケーマ様」


 抱きとめたような形になったのが恥ずかしかったのか、ソフィアはサッと体勢を直して調理に戻る。


 その横でセトラが楽しそうにソフィアに話しかけている様子は仲の良い姉妹のようだ。

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