出発
「ストレージは本当に便利だな」
「そうですね。10日間の荷物を買ったつもりですが、何も手に持たなくていいなんて便利すぎます」
翌朝ギルドの前で依頼主達を待っているが、腰に剣を下げほんの少し回復役なんかを入れた革袋を付けているだけで手ぶらなのだ。そのせいもあってか緊張感もなにもない。これから遊びに行きますくらいの気の抜けようだ。
荷物があっても邪魔なだけだから、護衛に出たり別の町に向かう冒険者なんかは最小限の荷物しか持たない人も多いが、食事や着替え、睡眠など様々なところで我慢が必要だと、どっかの冒険者が酒場で語っていたのを聞いたことがある。荷物が増えれば重量や場所、荷物番などの労力が増し、荷物を減らせば我慢が増える。普通の冒険者の旅というのはかなり辛いため、人数を多くするかできるだけこまめに休めるように遠回りしてでも町や村のある道を通っていくらしい。
……それを考えると、俺たちの旅はヌルゲーだな。最初のスキル選択で下手なスキルを選ばなくて良かったと常々思う。それこそ、俺だけでは無双するどころか魔物と戦うのはかなりきついが、別に戦わなくとも生きていくことはできるし、戦いたいのなら地道に努力し仲間の力を借りれば良いだけの話だ。
一人で初めから何でもできてしまうとか、それこそヌルゲーすぎてすぐに飽きてしまうだろう。
「お、早いね。お待たせ。依頼を出したセネディだ。迷宮都市までよろしく」
ぼーっと考え込んでいると、いつの間にか俺達の見ていた反対側から親子であろう三人がやってきていた。
セネディは30手前といったところだろうか。旅の疲れからなのか少しくたびれた様子が旅の商人感を強めている。来ている服や持っている小物なんかは他の二人の物も含め、なかなか良さそうな物ばかりだ。やり手の商人ではないが庶民向けの手堅い商人と言ったところだろう。
「妻のアンジュです。この子は娘のセトラです」
「セトラです。よろしくお願いします」
アンジュも村娘という感じの雰囲気で、素朴だが優しそうな可愛らしい人である。セトラもその血を引いているからか可愛らしい女の子だが、朝早いせいで眠たそうにしている。セトラはまだ5歳くらいだろうから、こんな時間から挨拶があるからしっかりしてなさいというのは酷な物だろう。俺は別にそんなに堅苦しいことはどうでもいい。むしろ俺も寝ていたいくらいだし。
「冒険者のケーマです。こっちはソフィアです」
ソフィアは何も言わず礼だけする。
それを見て、セネディたちはソフィアが奴隷だと分かったようだ。さっきソフィアから教えてもらったがこの世界の常識では、奴隷や使用人などは主人が名前を告げ本人は礼だけをするらしい。
俺の見た目と冒険者という職業から奴隷だと判断したんだろう。さすがに俺みたいなのが貴族で、使用人を連れて冒険者をやっていると思うやつの方が少ないだろう。
「もう一人、御者として同行してくれる人がいるんだけど、その人には先に馬車を連れて町を出る手続きをしてもらってるよ」
Cランク上位だという冒険者の人か。馬車を完全に預けているくらいだからよっぽど信頼しているのだろう。
手続きなんて聞いていなかったので、俺達も町から出るのに手続きが必要なのか尋ねたが、必要ないらしい。商人なんかで大量の荷を運ぶ場合は町を出る時にも手続きがいるが普通に出ていく分には勝手に出て行っていいとのことだ。俺だと荷物はストレージにしまえばバレないから商人になれば行商はスイスイいけそう。
セネディたちと共に門まで向かうと、ちょうど手続きが終わったようで二台の馬車と一人の男が門から出ようとしていた。
「ちょうど良かったみたいだね。アルトくん手続きありがとうね」
「大丈夫ですよ。いつもお世話になってるんで」
好青年といった感じの冒険者には珍しい見た目をした青年が馬車の片方をセネディに渡す。アルトが荷馬車の方を、セネディが人用の馬車を操るようだ。
俺とソフィアも馬車に乗せてもらい馬車が動き出す。アルトの馬車が前を行き前方の警戒をしてくれる。俺たちは後方を軽く警戒しつつ、何かあれば出ていくという形だ。
朝の旅路は平穏といっても過言ではない程、何も起こらない。まだ町からそれ程離れていないということもあり、魔物は冒険者によって間引かれている。
また、元よりこの辺りにいる魔物が弱いということもあり、アルトが周囲を警戒している中で襲いかかってくるような魔物もいない。
ふわっとこみ上げてくる欠伸を押し殺して馬車の中を見ると、アンジュは優しそうな笑みでセトラの髪を撫で、セトラはそのアンジュの膝枕ですやすやと寝息を立てている。ソフィアは俺の分も周囲の警戒をしてくれているがソフィアも暇だからか、少し眠たそうにしている気がする。
ふう……とバレないように溜息を吐き、この馬車のガタガタという音以外は静かな空間にいるのは居心地が悪い。
馬車というものに初めて乗ったが、揺れが凄い。荷台には座れるように布が敷いてあるが、薄すぎて尻が痛い。はっきり言って、これで10日程度は俺には無理だ。現代っ子舐めんな。
「お二人だけでペネム周辺で狩りをしているなんて、若いのに実力があるんですね」
セトラの髪を撫でていたアンジュがこちらを見ていた。こう見えて、俺は21歳なんですけどね。ソフィアはまだ14歳だからかなり若いとは思うけどね。
「この子が優秀ですからね。それに、ペネム周辺とは言え、魔の森には入っていませんし、少ない群れを狙って戦っていますから」
できるだけ三匹以下の群れしか戦わないようにしている。先制攻撃で一匹を戦闘不能か、ある程度のダメージを与えることで、後は俺とソフィアが一匹ずつといった感じで戦えるようにしている。
「それでもですよ。あそこはノーマルスライムは弱いですが、それ以外の魔物は他の地域に比べてもレベルが少し高いですからね」
そうなのか。それも魔の森の影響なのか?
それか、あの大量のノーマルスライムの影響かもな。大量に増えたノーマルスライムを魔物が倒すことでレベルが上がり、その魔物をさらに上の魔物が倒し、という循環があるのかもしれない。
通りで経験の浅い俺たちでもこの依頼ができるとギルドの受付嬢が判断したわけだ。
アルトがいるということだけでなく、ペネムを拠点に活動している冒険者というだけで評価が高いのだろう。
「それに、良い冒険者で良かったです。ペネムのギルドにはよく護衛依頼を出しますが、急遽依頼して、これだけ良い冒険者をすぐに紹介して貰えたのは運が良かったです」
「良い冒険者ですか……?」
まだ何もしてないと思うんだけどな。ここまで、自己紹介して軽く話をしただけだぞ?
「実力のある冒険者や上手くいっている冒険者は、冒険者としての自分に誇りを持たれている方が多いので、少々乱暴だったりぶっきらぼうであったりと気難しい方が多いんですよね」
冒険者と言えば、野蛮。そのイメージはこの世界でも確かにある。ペネムの冒険者はかなりマシな方と言われているが、それでも冒険者の集まる酒場は騒がしいし、喧嘩も少なからず起こっている。
「僕も実際はそういう人間かもしれませんよ」
「奴隷にそこまで気遣いが出来る方が、そんなに荒れている訳ないでしょ?」
ニコッと笑ってソフィアを指差すアンジュに何も言い返せない。
自分でも、ソフィアの扱いは普通の奴隷に対する扱いとは一線を画すとわかっているから苦笑いで返すしかなかった。
「今回の旅はセトラもいますから、アルト君以外の冒険者も良い方が来てくれて助かりました」
「そう言って頂けると嬉しいです」
すやすやと眠るセトラのあどけない寝顔を見て、この10日程度の旅路に対するやる気が少し増した。
ピクッとソフィアの体に力が入る。
「来たか?」
「はい。7時の方向からショーンウルフが二匹です」
ショーンウルフか。ゴブリンより動きは速いが、慣れさえすればゴブリンよりも弱くて狩りやすい。
二匹なら俺一人でも十分だな。下手に二人で動くよりもソフィアには警戒を続けてもらう方がいい。
「ソフィア。こっちは任せた。ショーンウルフは俺が行く」
「はい。お気をつけて」
剣を握りしめて馬車から飛び下りる。スピードは人が軽く走る程度の速さだったので問題なく着地した。
ショーンウルフを視界に捉え、一気に駆け出す。落ち着いて右手を振り抜くタイミングを計り、先を走るショーンウルフの足を狙って剣を滑るように振る。
ギャン!と鳴くショーンウルフを横目で確認し、振り切った体勢の俺の横を抜けようとするショーンウルフの頭を左手で地面に叩き付ける。
「ここは通さない。さっさと止めを刺させてもらう」
まずは右の前足を切られ、引きずるように足を動かしながらこちらを睨むショーンウルフに近づき剣で止めを刺す。
もう一匹のショーンウルフは、やられた仲間を見て逃げようとするが、ダメージからか足取りがふらふらとしていたので簡単に追い付くことができた。
「はあ……こっから馬車に追い付かないといけないのか」
事前にソフィアとアルトと話し合い、馬車から魔物にこちらから向かって行った場合は馬車を止めずに進むように決めていた。
この辺りだと、別の魔物に襲われるよりも、止めきれなかった魔物が馬車に向かう可能性の方が高いので、馬車を進めることで残った誰かが対応できるようにするのが目的だ。
今回だとソフィアが残っているため、詠唱の時間を稼ぐためにも距離は遠い方がいい。
ストレージに魔物の死体を入れて馬車に向かって走り出す。馬車は小さく視界に映る程度だが、馬車の速度と俺の速さを考えれば数分で追い付くだろう。




