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ソフィア

 まだ普段なら寝ている時間。日が昇ってから少ししか経っておらず、外の寒さは厳しいものになっている。

 草を踏むとしゃりっと音が鳴る。霜が鳴らす音を楽しみながら庭を抜け、魔力回路の核となる魔石が置かれた場所へとやってきた。


 小さく溜息を吐いて魔石へと魔力を流す。別にこの作業が面倒だとか大変だというわけではない。これから起こることを想像して勝手に緊張しているだけだ。

 アイリーンに告白して断られた。要約すればそうなる昨日の出来事。自信があったわけではないが、心の何処かではなんだかんだ言っても了承してもらえると思っていたようで、ソフィアへの告白がより一層不安になった。


 自分の気持ちを切り替えるためにも、朝からこうやって外に出てきたわけだが、ソフィアを待つこの時間がとてつもない不安感を呼ぶ。

 いつも通りならば、もう少しすればソフィアは森に向かう。冬場だから野草も少ないが、日課となっているようで寒くても散歩がてらと言っていつも行っているのは知っている。


 朝早くから井戸の水を汲みに行く姿が見える。これだけ寒くても、水は必要になるから仕方のないことだが、やはり大変だろう。

 水に関しては、屋敷ではソフィアの魔法と俺のストレージによって困ることなど無かったから、あまり気にしてはいなかった。

 次は水道でも考えるか。井戸の水も使えば魔石の消費は抑えられるだろうから、マリゼに頼めばそれほど時間もかからず考えてくれるだろう。

 違うことを考えて現実逃避をしても、刻一刻と時間は過ぎていき、そろそろいつソフィアが来てもおかしく無い。視線を井戸の方から屋敷の方へと戻そうと横を見ると、ソフィアが小屋の外からこちらを見ていた。


「おはようございます。朝から魔力の充填ですか?」

「おはよう。早く起きてしまったから、散歩ついでに充填しておこうと思ってな」


 小屋の外に出るとやはり俺がここにいたことが気になったのか尋ねて来たので、用意していた答えを告げれば納得してくれた。


「ソフィアは今日も森まで行くの?」

「はい。やっぱり朝は外の空気を吸った方がすっきりするので」

「じゃあ、俺も一緒に行っていいかな? 魔力の充填はすぐに終わっちゃったし、今から二度寝する気もしないから暇だし」

「そうですね。一緒に行きましょう」


 第一段階の誘うのは問題なくできた。心の中でガッツポーズをしながらも、問題になるのはここからなので気持ちを引き締める。


 ソフィアと二人で並んで歩くのも久しぶりな気がする。すぐ近くまで行くのに着いてきたりなんかはあっても、二人でどこかに行こうとしたりは無かった。

 今回も、表向きは目的のないただの散歩だとはいえ、こうしてゆっくり二人で何かをする余裕も、俺には無かったのか。

 何かを話すわけでもなく、たまに思いついたことを軽く話しながら歩く。15分ほど歩いたところで少し歩くのをやめて休憩する。

 地面に水を通さないシートを引き、木にもたれかかるように座って、空を見上げる。ひんやりとした風の先に見える空は、雲ひとつない快晴だが、それでもこの場所まで暖めてくれるだけの熱は無い。


「お茶でも飲むか?」


 ストレージからコップを取り出してお茶を注ぐ。

 少し寒いが、たまには外でこうしてゆっくりするのもいいだろう。ソフィアも同じ気持ちだったのか、コップを受け取り俺の横に座る。

 でも、さすがに寒さの対策をしてきた俺とは違い、ソフィアは歩いていることが前提であったのだろうが少し薄着だ。ローブは羽織っているし、慣れていれば問題ない程度ではあるが、こうやってゆっくりするには向かない。

 ストレージからブランケットを取り出してソフィアに渡すと、少し何か悩んだそぶりを見せ、ブランケットを自分と俺の膝の辺りを覆うように被せる。


「こ、こうした方が二人とも寒くないと思うので」

「ああ、ありがとう」


 ストレージの中にはまだブランケットも防寒具もあるが、今はこのままがいい。そっとストレージを閉じて、ほんの少しだけソフィアの方に寄り、ブランケットに隙間ができないようにする。


「ソフィアは最近の状況は楽しいと思う?」

「はい。村での仕事も楽しいですし、皆良い人ばかりなので」


 前にもした気がする質問をまたしてみる。ソフィアの答えは変わらないが、変わらないからこそ、今の状況を変えてしまうかもしれないことを告げるのは怖い。

 人の心を完全に知りたいとは思わないが、こういう時は少しくらい知れればいいのにと思ってしまう。意外とアイリーンに断られたことが心に響いているようだ。


「もし、今の状況が変わるかもしれないことがあれば、ソフィアならどうする?」


 漠然とした質問。その答えに意味があるのかすらわからない。どう答えられようとも、俺がすることには変わりないのだから、ただの気休め、むしろ逃げ場を作ろうとしているだけの質問だ。


「してもいいと思います。どうせ、この先のことなんて誰にも分かりませんし、悪い方向に変わってしまったなら、また変えればいいだけです。この村にいる人達となら問題なく乗り切れると思います」

「そうだな。次第に悪くなっていくくらいなら、いっそ変えてみて、ダメならやり直す方がいいよな」


 そうだよな。逃げる方が楽だからいつも逃げ道を探していたが、どうせ崩れていくものなら自然と悪くなる前に、変えてみる方がいいか。


 10分程だろうか、最後の一歩を踏み出すための気持ちの切り替えをするために休憩と銘打って時間を潰したのは。

 最後の一歩と言っても、またそこから次が始まるのだから、ここで踏み止まっていることは無駄でしかないのだけれども。


「そろそろ戻るか」

「そうですね。あまり冷えすぎるのも良くないですし」


 ブランケットとシートをストレージに仕舞う。ソフィアに背を向け、聞こえないように息をゆっくりと長く吐き出し、気持ちを引き締める。


「なあ、ソフィア」

「どうかしましたか?」

「俺達も変わらないといけないと思ってさ。奴隷の契約を解除しに行かないか?」


 しっかりと気持ちを伝えるのならば奴隷という関係は良くない。

 アイリーンは奴隷であることを全然意識していなかったから気がつかなかったが、ソフィアは細かなところで気にしているように見える。


「……もう私は必要ないということでしょうか?」

「奴隷である必要は無い。ソフィアのことは信頼しているから契約で縛る必要は無くなった。俺としては、そういう強制的なものは無しにして、ソフィアと一緒にいたい」


 今の関係に甘えるのをやめるのであれば、ソフィアには自由に選択してほしい。


「このまま一緒にいてもいいのであれば、私は契約に関してはどちらでもいいです」

「じゃあ、また時間のあるときに行こうか」


 少ししょんぼりとした雰囲気を漂わせるソフィアを見て、可愛いなと思ってしまう。

 やはり、考えれば考えるほどに、ソフィアには支えられていて、ソフィアのことを大切に思っていたんだな。

 いつからだろう。思い返せば、かなり早い段階からだった気がする。だって、スタンピードの時には、すでに自分の命よりもソフィアの命を選択していた。自分自身がどうしようもない人間だからと思っていたが、それでも命をかけるくらいには大切な存在だったわけで、誰でも良かったわけではない。


「奴隷じゃなくなったソフィアに言いたいことがあるんだけど」

「なんでしょうか?」

「俺と結婚してください」


 さすがにじっとソフィアを見ていることはできずに、差し伸べた手に視線を落とし答えを待つ。うるさく鳴り響く心臓の音が、それでもなおゆっくり感じるくらいに緊張している。

 視線の先に水滴が一つ落ちる。なんだろうと思い顔を上げれば、ソフィアの頬に涙が伝っていた。


「わ、私でいいんでしょうか? ケーマ様の役に立てるとは思えません……」


 空をさまよっていた手を、そのままソフィアの頬に添え、涙を片側だけ拭き取る。


「一緒にいて欲しいんだ。何ができるかなんて関係ないさ」


 頬に添えていた手をソフィアが取り、涙で潤んだ瞳で俺を見る。


「私で良ければ一緒にいさせてください」

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