アイリーン
「どうすりゃいいんだか」
変えるったって何をすればいいのやら。
あれか?ソフィアとアイリーンに俺と結婚しないとか聞けばいいのか?いや、無理だろ。そんなこと簡単に聞けるようなら、今まで彼女の一人や二人は余裕で作れていたさ。
アイリーンなら適当に聞いても大丈夫そうだが、ソフィア相手は変な雰囲気になりそうで嫌だ。
まずは、エステルと相談するべきか。
俺一人で決められる問題でもないし、どちらでも良いならエステルが嫌がるならしない方がいい。
エステルを探しに部屋を出ると、ちょうどルセフィが帰るのを見送るためにエステルが玄関にいたので、頃合いを見計らって声をかける。
「今いいか?」
「大丈夫ですよ。もうフーレドリヒ様は帰られたのですか?」
「ああ。ヘレナート達の所にでも行ってるんじゃないかな」
他に行く所も無いだろうし。何も無い村だからこそ、どこかに行った時に行った先が予想できるのは楽でいい。
「結婚することを決めたばかりでこんなことを聞くのは悪いんだが、エステルは俺に他の嫁ができるとしたらどうする?」
どう言えばいいかも分からないし、悩めば悩むほど空回りするので、勢いで聞いてみる。
「ケーマさんのいた国では一夫一妻制だったんですよね。だから気にしているんだと思いますが、私としては貴族になると聞いた時から分かっていたことなので大丈夫ですよ」
大丈夫ね。大丈夫という表現は難しいな。全然問題がないから大丈夫なのか、我慢できるから大丈夫なのか。それによって選択肢も変わってくる。
「できれば、仲良くできる相手か、逆に全く関わらない相手だったら、いざこざが無くて良いんですが」
「相手にもよるってところか。俺としてはエステルが一番だから、そこを分かってくれる相手か」
「あ、ありがとございます」
無意識に口にしてしまっていたようで、顔を赤くするエステルを見て、俺も顔が熱くなってくる。
恥ずかしさを隠すために、飲み物を取ってくると行って、一度キッチンの方へと避難する。ストレージからコップとお茶を取り出して、深呼吸をしてから部屋に戻る。
「フーレドリヒ様からは、誰か勧められたりはしなかったのですか?」
エステルにもお茶を渡してソファーに座る。
フーレなら準備していそうだったが、今回は誰かを押し付けられることもなく、ただかき乱して楽しんでいただけだったな。
「フーレはこれから先大変だから、早めにもう一人か二人相手を作った方が良いとアドバイスをくれただけだな。変な虫に寄られたくないなら、ソフィアやアイリーンでもいいからと言われはしたが」
「それいいですね! フィーも喜びます!」
「お、おう」
いつの間にやら、そんなに仲良くなっていたのか。ソフィアも喜ぶということは、ソフィアは意外と俺のことを好きだったり……いや、ぬか喜びはよそう。これで断られたらショックがでかすぎる。
「エステルはあの二人は嫌じゃないのか?」
「私より長い間ケーマさんと一緒にいたことは羨ましく思いますが、二人とも独占したり対立したりすることは無いですから。それに、ちゃんとケーマさんのことを分かっていますから」
エステルが乗り気だと言うのなら、後は俺が決めるだけか。
「ありがとう。後は俺が決めるから、まだ内緒にしておいてくれ」
「そうですね。ケーマさんから直接言われる方が喜ぶと思います」
本当に喜んでくれるかは分からないが。二人とも俺のことを好きかどうかまだ分からない。
アイリーンなんてよく一緒にいるが、全然そんなそぶりは見せない。嫌われてはいないことは分かるが、そもそもあいつに恋愛感情というものが存在しているかどうかすら怪しい。
断られた時を考えると不安が押し寄せてくる。まともに告白すらしたことが無いから、こういう時にどうすればいいのかも分からない。
こんなにグダグダと悩んでしまう俺には、チートでハーレムなんて無理だっただろうから、意外と今の環境で良かったのかもしれないな。
部屋に戻り、ベッドで横になりながらどうするか考えていると、まるで自分の部屋に戻って来たかのようにノックもせず堂々とアイリーンが入ってきて隣に横たわる。
普段ならなんということのない行動なのだろうが、意識してしまうと緊張する。
「おい、自分の部屋で寝ろよ」
声が上ずらないように注意しながら、アイリーンの方を見ずに言う。
「疲れた……ここの方がベッドがふかふか」
それは理由にならないから。
俺のベッドとエステルのベッドは他と比べて良いものを使っている。買ったわけではなく、フーレが用意してくれたものなので、どれくらい高いのかは知らないが。
だから、たまに俺がいない時なんかにはアイリーンがここで寝ているようだ。俺がいない時間なんて昼間くらいなのに。
「フーレ強かった」
「戦ったのかよ……」
アイリーンが強いと言うからには、相当強いんだろうな。相性の問題があったとしても、俺では勝てそうにない。
だから疲れているのか。と思いはしても、ここで寝ることを許可したわけではないのだが。仕事をしていたわけでもなく、単純に興味から戦うことになったのだろうし、そもそもここで寝る理由にはなってないし。
大方、フーレに仄めかされたのだろうが。
「なあ、アイリーン」
「ん?」
俺の呼びかけに対して、起き上がるわけでもなく、転がってこちらを見てくる。
いつも通りのその態度に苦笑いが出てくるが、おかげでそれほど緊張することもなくアイリーンを見ることができた。
「お、俺と結婚しないか?」
さすがに口にするのは緊張して、少し吃ってしまった。
じっと俺のことを見るアイリーン。時間がとてつもなく遅く感じるのはそれだけ俺に余裕がないということだろう。
「……フーレに何か言われた?」
「う……まあ、ちょっとな。でも、ちゃんと自分でその後考えたさ」
「それもわかってる」
本当に勘だけはいいな。
まあ、フーレが来た日にこんなことをいきなり言えば、疑いたくもなるか。アイリーンの場合は、俺がちゃんと考えたことまで見通しているからやり辛いのだけれど。
なかなか答えを言わないアイリーンに、緊張して俺の額から汗が一筋流れ落ちる。
長い沈黙。アイリーンもいきなり言われたから真剣に考えてくれているのだろう。何をどう考えているかはわからないが、人生に関わってくることだから、いつものように軽いノリで答えられたら、こちらが困ってしまうからな。
ごろんと転がり反対側を向き、そこからさらに一分ほど沈黙が続いたところで、アイリーンがようやく声を出す。
「いい。私はいらない」
「へ?」
思っていた返事と違ったために素っ頓狂な声が出てしまった。
「主のことは好きだし尊敬してる。でも、結婚をしたいという気持ちはない。それは主も一緒」
アイリーンとなら上手くやっていけそうな気はするが、愛があって結婚するわけではない。
アイリーンにとっても同じなのだろう。だからこそ、結論を出すのに時間がかかった。
「特に今回は、ちゃんとした結婚式。エステルは言うまでもなく、ソフィアもちゃんと主のことが好きなのに、私だけ中途半端な気持ちで一緒にいるのは良くない」
ソフィアはどうなんだろうか。まだ本人からは聞いていないから分からないが、エステルもアイリーンもそう言うのならば、前から俺のことを思っていてくれてたのだろう。
「だから、私はいい」
「ああ、考えてくれてありがとう」
そのまま起き上がって部屋から出て行くので、黙って見送る。
これで、今までの関係が崩れなければいいのだが。アイリーンといる時間は結構好きだったから。
「私を数に入れてくれたことは嬉しかった」
ドアが閉まる直前にアイリーンが俺にぎりぎり聞こえる声で呟いた。




