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一人で

「それで、何しに来たんだ?」


 いつまで経っても本題に入ろうとしないので、痺れを切らしてこちらから尋ねる。

 クロードが持って来てくれたお茶もすでに二杯目に入っているのに、聞いたことと言えば、リーシアの話を少しと年末年始は面倒だとかいう愚痴のような話だけだ。


「別に用事は無いよ。王都にいると色々と面倒だから、理由をつけてこっちに来ただけ」


 適当に書いておいてと渡されたのは、必要物資一覧と書かれた紙。付属された紙には、足りないものを書けばその中からある程度援助してくれると書かれていた。

 この調査を名目にして逃げて来たってわけね。視察だとか出張だとか言って観光を楽しむようなもんか。

 面倒な貴族の相手をしているよりから幾分と有意義はことをしていると考えるべきか。


「この時期は特に、お見合いやパーティーの誘いが多いからね。君も数年後には注意するんだよ。適当に返事をしていると、いつの間にか婚約の話になったりすることもあるみたいだからね」

「気をつけるよ。まあ、俺にはエステルがいるんで」


 そういう点でも、早めに結婚しておく方がいいんだろうな。馬鹿な貴族なら、リーシアに喧嘩を売るような真似をしてきてもおかしくは無い。


「婚約者がいたところで関係ないよ。力のある家には第二、第三でも良いからと、ああいう奴らは寄ってくるからね」


 フーレも大変なんだな。断っても断っても毎年毎年、どこかの家から縁談が来るのだろう。

 公爵家であり、騎士団の中の一つの隊を率いる隊長でもある。家柄も、自身の力もあるとなれば、周りは放っておかないだろう。


「君も"手を出せる者がいなく手付かずになっていた広大な土地を一代で開拓した貴族"として優良物件の一つに見られるはずだからね。打てる手は早めに打っておいた方がいいよ」


 下手に婚約を続けていると、どこかの貴族が割り込んで正妻の座を奪われるということか。


「エステルとは半年後くらいに正式に結婚するから、その点は大丈夫だ」

「おお。それはおめでとう。いつになるか決まれば教えてね」


 どうせ、言わなくても情報を仕入れてやってきそうだ。それだったら、来るなら来るで分かっていた方が楽だから伝えるさ。


「他には良さそうな相手はいないのかい? できれば、後一人か二人入れて、周りを固めておいた方が面倒ごとは少ないと思うよ」

「そうは言ってもねえ……」


 そう簡単に相手が見つかれば困りはしない。

 まず、俺の周りにいる女性自体が少ないからな。エステルを除けば、ソフィアとアイリーンくらいか。ディナは年齢的には良い感じだが子持ちだし、ジエノアは子供すぎる。この村にいる他の俺に近い年の女性も結婚しているのが殆どだ。


 まあ、高校卒業してから親の遺産で引きこもり生活をしていた人間にしてみれば、結婚相手が一人決まっているだけで奇跡みたいなものだ。

 というか、重婚なんて日本ならアウトだし。結婚離れだなんて騒がれている日本の若者で、22歳で結婚しようとしている俺は、むしろ頑張っている方だろ。

 こっちに来る前には、遺産で働かずに生きていくには幾ら使えるか計算したりもしていたくらいだから、とてつもない進歩だと言っても過言ではない。


「ヘレナートはどうだい?」

「いや、まず性別がおかしいだろうが。ヘレナートと結婚なんてしてしまったら、そっち方面の奴らに言い寄られそうで嫌だ」


 見た目だけなら問題ないだろうが、あれでもれっきとした男だからな。

 エステルは可愛いと言った方が似合う容姿だから、ヘレナートの方が大人なドレスは似合いそうなのが何とも言えないところではあるが。

 ただ、男色の気は俺には無いから論外だ。


「ヘレナートは結構君のことを気に入ってるみたいなんだけれどね。残念だ」

「優秀だから頼りにはしているからな」


 やっぱり、本物の女性よりは話しやすい。女性に対して免疫が全くないわけではないが、指示なんかを出すのは少し躊躇ってしまうから、ヘレナートを頼ることもある。

 そりゃあ、急に近くにいたりすると、ヘレナート相手にドキドキしてしまうこともあるが、あれは見た目が悪いだけだ。恋愛感情があるかと言われれば、無いと断言できる。いや、断言したい。


「それじゃあ、君の仲間の二人はどうなんだい?」

「ソフィアとアイリーンは、仲間っていう感じが強いからな」

「共に戦場を駆けたが故にか」

「戦場と言えるほどの戦いに身を投じたことは無いが」


 死にかけた二回の戦いも、スタンピードは一人で戦っただけだし、盗賊戦は相性が悪くて苦戦したが戦闘自体はそれほど長く戦っていたわけではないし、背中を預けるような戦闘は今までしたことがない。これからもしたくは無いが。


「でも、あの二人なら君が言えば頷いてくれるだろう」

「形だけになるとしても、結婚なんて重要なことを強要するのは嫌だ」

「君は本当に奴隷に対して甘いね」

「俺の秘密を漏らさないように奴隷であるだけで、仲間として見ているからな」


 異世界から来たこと。馬鹿みたいな魔力。ストレージと転移という空間魔法のとてつもない力。

 隠しておきたいことが多すぎて、でも共に過ごすなら伝えておかないといけなくて。

 知り合いもおらず、信頼できるものもない中で、契約により裏切ることのできない奴隷という存在が、一番安心のできる関係だっただけだ。

 だから、それ以外のことは本人達の自由にしたい。強制なんてしたら、今の良い関係が崩れてしまう可能性だってあるし。


「エステリーゼ嬢と結婚して、さらに他から押し付けられるように別の令嬢と結婚することになったら、君の仲間との関係も今のままではいかなくなるよ」


 エステルとソフィア達は仲も良いし、俺とエステルが結婚したところで、今と変わることなんてほとんど無いだろう。

 だが、他の誰かとも結婚した場合。その相手がソフィア達と上手くやってくれるかと言えば、それは難しいかもしれない。


「これから先なんて分からないのだから、たまには自分で変えてみるのもいいんじゃない?」

「自分で変える……ね」


 目の前のことに流されるだけの人生は、どうなるか分からなくて不安でもあるが、目の前の問題を乗り切ればいいだけなので楽だ。

 今までそうやって生きてきたし、それでなんとかなってきた。


「今が一番悩める時だ。存分に悩むといいよ。僕は一旦失礼するね」


 楽しそうに部屋から出て行くフーレの背中を睨むように見送る。

 選択肢だけ叩きつけ、かき乱すだけかき乱して自分は去って行く。

 フーレからすれば楽しいだろうな。俺だってそっちの立場なら、笑顔で部屋から出て行ってやる。だが、実際に自分がやられるとどうしようもなくむかつく。


 今回は、答えの分からない選択肢だから何も言わないのは仕方のないことだ。その分、こちらも何も言い返すこともできやしないから、いっそうたちが悪い。

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