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新年

 ゆったりとした時間。

 朝早くから一人で広い風呂に入る。疲れが抜けていくのが、はっきりと分かるような気がする。気のせいだが。

 欲を出せば止まることはないが、これでも十分にリラックスできているから文句を言うことはない。

 窓から吹き込む涼しい風が、のぼせつつある体を落ち着かせてくれて気持ちがいい。


「ケーマさん! 今大丈夫ですか?」

「お、おう」


 応える暇もなく、勢いよく風呂場に入ってきたので肩まで湯船に浸かり端の方に移動する。

 大丈夫……いや、大丈夫だけれども、男湯にエステルが入ってくるのは大丈夫じゃないよ。用があって来たのも、服を着ているからエステルには問題がないのも分かるけれど、俺は裸だからね。見られてもいいけれど、少し恥ずかしいし、見せていいものか困る。


「あ、あの、すいません。お母さんが村まで来てまして」


 クールダウンしたのか、少し恥ずかしそうにしながら放たれた言葉に呆然とする。

 え?リーシアが来てるの?

 来るのは構わないが、連絡くらい寄越せよと、いつもいきなり行く俺が言えた立場では無いが、心構えってものがあるだろうが。


「すぐ行くから、先に戻ってて」

「はい。お母さんも急いでいないから大丈夫だと思います」


 エステルが出て行ったのを見て、力を抜いてもたれかかる。

 十秒ほどぼーっとして現実逃避をした後、お風呂から上がり着替える。


 何しに来たのだろうか。面倒なことが起こらなければいいのだが。

 今は年も明けたところで仕事は切りの良いところで中断しているから問題ないが、この数日のようにダラダラとしていることはできないだろうな。


 屋敷の前には馬車が一台停まっていた。リーシアが乗って来たものだろうが、一台だけということは護衛も最低限で来たということか。

 大人数で来られても対応に困るから助かるが、こんな辺境の地までリーシアのような人物が来るには不安な人数だと思うのだが。


「お迎えできず申し訳ありません。ようこそ、我が村へ」

「前触れもなく来たのだからいいのよ。それに、娘とその婚約者のもとに遊びに来ただけだから畏る必要もないわ」


 遊びにね。教会のトップという権力とこちらを利用しようという気さえ無ければ、来るのは構わない。エステルとも頻繁に会えるわけではないから、時間のある時に会うくらいはさせてあげたいし。


「だから、こうやって集まる必要もなし! 皆、自由にしていいわ」

「はい。では、私達はこれで」


 リーシアが気を抜いたように椅子に腰掛けて言うと、一緒に来た護衛や世話役であろう三人が屋敷を出て行く。

 唖然としながら見ていると、リーシアが俺とエステルに座るように手招きするので、ディナにお茶を頼んで、他の奴らには戻るように伝える。


「思っていたよりも良い村ね」

「皆が頑張ってるからな。リーシアが送ってくれた奴らも良く働いてくれている」

「自分で行きたいと言ったのだから私は何もしてないわ。それに、教会は力を持ちすぎている」


 国から分裂してもやっていけるだけの力がありそうだもんな。

 いざとなった時に、国王と神託の神子の言葉のどちらが強いかと言われれば、信仰心の差で揺らぐほどだ。この国で生きている人達は今までの奇跡を語り継がれ知っている。国王の統治も悪くないようだが、邪魔な貴族によって王都以外の場所に対してはその力が及んでいない所もある。

 ただでさえ、ギリギリのラインなのだ。これ以上力をつければ、何かのきっかけで本当に分裂してしまうかもしれない。

 だからこそ、力を持ちすぎないように、教会で囲う訳ではなく、望むのなら自由にさせて力を分散させているのか。


「いざという時に国を助け、それ以外の時は神に感謝し、便利な物を開発するだけで私は十分なのよ」

「下手に振舞うと自分に返って来るからな」

「そういうわけ。だから、貴方には期待しているわ。ここに新たな都市を作り上げ、そして邪魔な貴族を弾き出して国の力を強くしてね」

「そこまで発展させられる自信はないな。俺は俺ができることをするだけだから」

「それでいいのよ。後は周りが助けてくれるわ」


 助けてくれるね。押し付けられているような気もしないではないが。


 異世界に来た時点で普通ではないが、まだ一年も経っていないのに、話がトントン拍子で進んでいると疑心暗鬼にもなる。


「固い話は終わりにしましょう。休みの時くらいはゆっくりしたいわ」


 俺としても、言葉の裏を探り合うのは疲れるから助かるが、リーシアが相手だと気を抜きすぎても何かやらかしてしまいそうで怖い。


「そういえば、あのあげた魔石は有効活用されているみたいね」

「わかりますか」

「これだけの規模の魔力回路を動かそうとすれば、相応の魔石が必要になることは知識があればすぐに分かるわ。そして、それだけの規模の魔石を定期的に用意できるのは、ダンジョンを抱えているか金が有り余っているかだからね」


 そうなると、カモフラージュは必要か。

 いや、どうせこの村に来る人物で、見ただけですぐに分かるような魔道具の知識を持っている人物は限られている。

 最悪、リーシアの名を出せば切り抜けられるだろうから、下手にカモフラージュする必要はないか。


「何か隠しているとは思っていたけれども、シンプルに使うとはね。もうすぐ何個か作れる目処が立っているから、できたら渡すわ」


 その代わり教えろということか。

 だいたいの内容は推測されているだろうから、これ以上隠す必要はないだろう。

 それに、リーシアがこれ以上力をつける事を望んでいないのであれば、俺を利用してはこないはずだ。知っていてもらった方が、何かと都合が良い点も多いし、何よりあの魔石を更にもらえるのであれば、断る理由はないな。


「いいでしょう。後でまた話しましょう」

「そうね。今は他にも色々と話したいことがあるからね」

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