趣味には
村の様子も随分と落ち着いて来た頃。
ルセフィとエステルが中心となって子供達に文字や計算を教え、それに飽きてきた子供達が俺のもとに来て魔法の練習をするのが日課のようになってきた。
今日も一足早くやってきたジエノアの様子をぼーっと見ながら、鑑定を発動させ魔力切れを起こさないようにだけ注意しておく。
「りょーしゅ様。ほら」
差し出された手に持たれたコップの水がちゃぽちゃぽと表面を揺らす。 別に手が震えているから揺れているわけでは無い。普通に揺らすだけでは水が溢れることなく跳ねるように動くことは無いだろう。
「おー。随分と動かせるようになったな」
これはエステルから教えてもらった魔法の練習方法だが、魔力で物体を操作するのだそうだ。何かを作り出す魔法よりも、何かを動かす魔法の方がイメージしやすく初心者には良いらしい。俺も少し試したが全く感覚が分からなくて挫折したが。
クロードが最初に土魔法を覚えたのも、周りにある土で練習していたのがあったからかもしれないな。
「魔法って楽しいですね」
「そうだな。自由に使えると楽しいだろうな」
俺はストレージと転移魔法しか使えないから便利だとは思うが、楽しさってのはそれほど無いが。
初めて使えた時のワクワク感は言いようが無いほどだから、気持ちは分からなくない。
一番最初に始めたからか、子供の中では一番魔力の操作が上手いジエノアが、他の子にも教えながら練習を続ける。
暇な時にでも、こいつらのレベル上げをしてもいいかもな。レベルがステータスに与える影響はそれほど大きくは無いが、俺の経験では魔力なんかはレベルが上がると増えやすい気がする。
幸い、すぐそこが魔物の住む森だから、遠足だと言って連れて行って、弱そうな魔物を魔法で倒させればいい。
「領主さん。言われていたやつが殆ど完成したからちょっといいかい?」
もう出来上がったのか。まだ一ヶ月くらいしか経っていないぞ。早くできた方が嬉しいから、文句はないが。
魔力の減っている数名に休憩するように声をかけてから、呼びに来たマリゼについて行く。
「計算上では、あの見せてもらった魔石を一つ使って四日間動かせるってところだね。二つをまとめれないかと考えたけれど、魔力の消費量の問題で別々にさせてもらったよ」
「構わないさ。二つならすぐに使っても問題ない」
改造版の魔石は三つしかないから勿体無い気もするが、残しておいたって他に使う予定も無いから、使った方が有意義だ。
「ちょうどいい所にいた。話すことがあるから、一緒にいっていいか?」
「俺も追加購入してもらいたいものがあったからちょうど良かった。このままマリゼの部屋に行くから、そこでいいか?」
「場所は何処でもいいが、また追加か。金は問題ないからいいが、変な物なら却下するからな」
廊下を歩きながらマリゼの話を聞いていると、スタインが俺を探そうと部屋から出て来て一緒についてくる。
一階の隅の部屋。使用人として住んでいるディナ達の部屋の近くにマリゼには部屋を与えている。研究をするには少し手狭なので、後々は専用の建物を用意する予定だが、他にも建設予定の建物があるので、今は後回しにさせてもらっている。
「あれが、お風呂用の魔道具で、向こうが灯り用の魔道具ね。魔石を付け替えて少し調整をすれば使えけれど、あれを繋げる設備がないと垂れ流しになるだけだよ」
マリゼに頼んでいたのは、銭湯用の湯沸かし器と、村や街道の灯りと魔物避けになる魔道具の作成だ。
お風呂に関しては、完全に俺の希望だ。無くてもいいものだが、やはりあった方がいい。入りたくても入れないのと、入れるが入らないのでは、全然違うものだ。
灯りに関しては、夜に何もできないという状況が俺としては不満がある。冒険者として活動していた時は疲労で暗くなったら寝ていたが、こうやって定住していると暗くなってもまだまだ何かしたいと思ってしまう。
他にも作りたいものは色々あったが、とりあえず現実味があって、俺の欲しいものを頼んだ。
「設備の方は作らせるから大丈夫だ。ありがとう」
「これが私の仕事だからね。研究者は結果を出さないとただの金食い虫だから。それにこれは既存のものを改良したものだし、消費魔力量を無視できたから作れたものだけれどね」
「それでも、マリゼがいなければできなかったことだから、成果としては十分だ。これからも期待してるよ」
「はいはい。任せなさい」
マリゼに使い方の説明をしてもらい、必要なものなども教えてもらう。
「じゃあ、スタイン頼んだよ」
「追加購入はこれか。結構な値段になるぞ」
銭湯の方はすでに建築を始めてもらっているし必要なものも高くはないから大丈夫だ。
だが、灯りの方は、魔力を行き渡らせるために核となる魔力回路を灯りに繋がないといけない。電線のようなものを用意しないといけないが、それに特殊な加工をしないと魔力が行き渡る前に霧散してしまう。灯りの方は時間も金もかかるだろう。
「金に関しては、この前渡した計画書に開発費としていれてあっただろ?」
「あの金は、このためか。何の金か聞きに来たが、このためなら仕方ないな」
スタインもこの二つの利点は分かっているから簡単に許可してくれるようだ。
他の奴に決定権を与えると、趣味に金を使おうとしても却下される可能性があるのは欠点だな。まあ、自分で全部やるのは面倒だから、任せるが。
「ただ、加工のできる職人の手が空いているかが問題だな。量も必要になるから今から注文したら、いつになるか」
専属にでもなってもらわないと、大量の発注をしても納品に時間がかかる。コストも時間もかかるようでは、後回しにするしかないか。
俺の屋敷だけでも先にできるといいのだが。
「私も職人の当てはないからね。教会にいた時は、教会のお抱えがいたから困らなかったし」
「俺も魔道具を作れるような職人は、商会にも通じている奴しか知らない。大量の注文を専念して仕上げてくれる程、手が空いているような職人の伝手はないな」
「俺はまず伝手が、スタインかリーシアかフーレ経由でしか無いから無理だな」
スタインが無理というなら殆ど俺も無理なのと等しい。リーシアとフーレには頼みたく無いし、向こうはお抱えみたいなのが大半だろうしな。
弱ったな。せっかく目の前にあるというのに、使えないのはもどかしい。代用の灯りの魔石は安いが、消費量が大量になるので、結果としては金額も嵩む。量が量なだけに、輸送費もかなりかかるから、俺が転移で取りに行かないといけなくなり、俺の仕事も増えてしまう。
他に代用できるものも無いから、どうすることもできないか。時間と金がかかろうとも、長い目で見ると元を取れるだろうから、スタインに発注してもらうように頼むか。




